第437話 狩人少女、休む/農民、元魔王に挑む
「うぅ……気持ち悪いよ」
「…………あまり無理をなさらないでください」
頭の中の奥底からのジンジンする痛みに耐えながら、寝具に突っ伏すように倒れこんでいるルーガに対し、少しでもその痛みを緩和させようと優しくなでてくるノーヴェル。
「ありがとう、ノーヴェルさん」
「…………ノーヴェル、あるいはノヴェとお呼びください」
「いや……あの……」
少し前に再会した以降のノーヴェルの態度の豹変に、ルーガ自身も戸惑ってしまう。
不器用だったけど、どこか優しかったかつての彼女。
もちろん、今も優しいは優しいのだけれども、その優しさからは『尽くします!』と強い感情が見え隠れしているため、ルーガとしても素直に甘えられない状態であった。
そもそも。
ルーガがなぜ、ノーヴェルからここまで尽くされるのか、その理由について、まったく思い出せていないから。
「……本当にわたしがノーヴェルさんの?」
「…………はい。飼い主です」
私はヴェル様のペットでした、と一切の笑いなく真摯な表情で言われてしまうと、ルーガも黙るしかないわけで。
せめて、その記憶を思い出すべく、お爺ちゃんが持っていた『魔王の欠片』を飲むことにしたのだが――――。
「まだ、全然思い出せないね……」
そう、ぽつりとつぶやく。
おまけに、頭の痛みはずっと続いているし。
もしかすると、これが自分の身体の中で起こっている、記憶喪失から回復しようとする自浄の痛みなのかも知れないけど。
普通に立っていられないほどの苦痛、なのだ。
少しずつではあるけど、今の自分を取り巻く状況についてはわかってはきた。
今、ルーガがいるのは『魔王城』の中の寝室だ。
お城の中でも高いところにあったはず……ということは何となく感じていた。
少しずつだけど、記憶が戻ってきているようだ。
もっとも。
――――その記憶が、本当に今の自分の物かはわからないけど。
とだけ、心の中でつぶやく。
――――だって。
――――わたしは、セージュたちと違って、違う世界から来た『迷い人』じゃなさそうだから。
自分が何者であるか、ということに気付くのは難しい。
それは、『魔女』のシプトンさんも言っていた言葉だ。
だからこそ、今、ここに至ってもなお、ルーガ自身、本当に自分が『魔王』なのかに疑問を抱いているのだ。
ふと。
ひとつの疑問が浮かんだので、ノーヴェルさんに聞いてみることにした。
「ノーヴェルさん」
「…………何でしょうか?」
「ノーヴェルさんって、魔王だった時のわたしを知ってるんだよね?」
「…………はい」
「なのに、どうして? わたしの記憶とか、能力が戻った方がいいと思っているんじゃないの?」
二言目には『無理をなさらないでください』、だ。
その時の言葉のニュアンスから、ほんの少しだけ違和感を覚えるのだ。
……ノーヴェルさんって、もしかして、『魔王』のわたしに戻ることを望んでいないんじゃないか、って。
何となく、そう感じた。
そこがお爺ちゃんと違うところ。
お爺ちゃんは、何が何でもわたしに『魔王』になって欲しいようだった。
「お爺ちゃんとは違うの?」
「…………ブリアン様が正しいとは思います。ですが……」
そこまで口にして、ノーヴェルさんが言いよどむ。
「ですが?」
「…………それで主さまが幸せになるとは思えませんので……僭越ですが」
「そうなの?」
「…………はい」
――――どういうことなんだろう?
「ノーヴェルさんは、何を知ってるの?」
「…………確かに、主さまがそうなられたおかげで、ずっと続いていた戦乱は収まりました」
「つまり、平和になったってこと? だったら……」
「…………ですが」
有無を言わせない強い口調。
どこか、何かに対する怒りや苛立ちを感じさせる態度のまま、ノーヴェルさんが続ける。
「…………結果として、主さまの想いが犠牲となりました」
「え……?」
一瞬、どういう意味なのかわからなかった。
想い? 犠牲? どういうことだろうか?
「…………『王』としては正しいことだと理解はしているつもりです。ですが……」
「――――」
「…………申し訳ありません。私としましては、主さまに幸せになって欲しい、ただそれだけです」
……やっぱり、よくわからないよ。
「どういうこと?」
「…………申し訳ありません。私に言えるのはそれだけです。ただひとつだけ、はっきりしていることは、どの種であれ、主さまのことを『王』として以外に見るものがいなかったということです」
そこまで言って、はっきりとした苛立ちをノーヴェルさんが浮かべて。
「…………男は皆、獣ですから」
◆◆◆◆◆◆
「くっ――――!?」
『攻撃が効かないよーっ!?』
「わたしの『苔弾』もっ!?」
――――強い!?
いや、元魔王って話だから、弱いはずはないとは思ったけど。
ブリアン翁が一方的に受け手に回っているにも関わらず――――。
『ふむ……『魔王』と戦ったことはないようだの? であるのなら、ヴェルガゴッドが世話になった礼で、こちらからは攻めぬこととするか』
その言葉に、最初は舐められている、と思ったのだが――――。
こちらの放った攻撃すべてが。
その身体に直撃したにも関わらず。
綺麗に無効化されてしまった。
「ふむ……その程度の力では、我が孫は渡せぬな」
不敵に笑うその姿は、確かにかつての『魔王』の風格を感じさせるものだった。




