第435話 農民、踏み込む
『…………いいの? 今のって?』
「良いも何も……わたくしたちの管轄外では?」
『でもさー、うちたちの目の前でああいうのって……』
「どうでしょう? もしかすると、面白がられているかもしれませんよ? エヌ様ご自身は。何せ、あの御方は――――」
――――予定調和が嫌いですから。
そう、半眼を向けてくるユアハトに対して返すのは奈々ちゃんである。
『かもしれないけど、これ、色々と台無しだよ? そもそも、ルドルフちゃんってば、どうやって11階までついていけたのさ? あそこって、一度到達してないと転移できなかったはずだよね?』
「わたくしにもわかりませんが……さすがは『教会』の『三賢人』というべきでしょうか。以前、エヌ様も仰られておりましたが、やはり、あの組織は底が知れませんね」
『どうしようー、もしかして、うちたちって、もうお役御免?』
「元より、エヌ様の気分次第ですからね。ですが――――」
『うん?』
一瞬だけ口ごもった奈々ちゃんに、ピンク色のコッコが疑問の表情を投げかける。
その疑問に対して、男装したナビが頷きを返して。
「あちらの方々にも、エヌ様より『報酬』の交渉がなされていたはずです。容易く終わりになるとも思えませんが」
『そうなの?』
「ええ――――それよりもユアハト。正攻法で『お城』に挑戦する皆様も増えてきましたので、わたくしたちも忙しくなりそうですよ?」
『うん、そうだねー、仕方ない……お仕事の方に戻ろっか』
「はい。どうせ、なるようにしかなりませんからね」
◆◆◆◆◆◆
「いいのかな……これって?」
「ここまで来て、今更何言ってるんだよ、セージュ?」
「いや……だってさ」
今、俺たちがいるのは『玉座の間』に通じている通路で。
もうすぐ先には荘厳そうな扉が重々しく鎮座しているのが見えるのだ。
うん。
間違いなく、重要そうな場所という雰囲気がありありというか。
いや、いいんだよ? 俺的にも。
さっさとルーガを助け出すって決めていたわけだし。
たださ……。
「さすがに『ラストダンジョン』の途中イベントをほとんど全飛ばしでゴール地点ってのはどうなんだろう?」
「いや、だって、エヌのやつもゼラティーナのやつも、ルドを連れてくるのはダメだって言ってなかったしさ」
使えるものは使うのがセージュの信条じゃなかったのか?
そう、カミュが突っ込みを入れてくるんだけど。
いや、確かにこれが最善手であるってこともわかってはいるんだけどさ。
余計な時間をかけられない以上は、無駄なことでいちいちダンジョンを地道に攻略するよりもずっと効率がいいってことも。
――――と。
戸惑っている俺に対して、カミュの鋭利な言葉が飛んできた。
「セージュ……あんた、もしかして、ルーガを助けたいのもゲーム感覚だったのか?」
「――――!?」
その言葉で、自分の頭が冷めていくことに気付く。
……そうだな。
今、俺が感じていた動揺は、ゲーマーとしての感覚だよな。
『これでいいの?』っていうのは、『現実』を無視した勝手な意見に過ぎない。
そういうのは、どこかにいるかもしれない傍観者が感じていればいいだけの話だ。
ふぅ、と一息つく。
――――『ここ』も『現実』だった、と。
もう一度、認識をきちんと切り替えておく。
そんな俺の表情を見て、カミュがシニカルな笑みを浮かべる。
「ああ。それでいい。どうせ、エヌのことだ。ここから先も一筋縄ではいかないだろうしな。精々、気を緩めるなよ?」
「わかった」
俺がカミュの言葉に頷くと。
「ふむ……では、足手まといは退散するとしようか」
「え……?」
「おい、一応、まだこの『町』の周辺には残ってろよ? もしかすると、あっさり終わりとはいかないかもしれないんだからな?」
「わかっている」
そう言ったかと思うと、そのまま、ルドルフさんの姿がその場から消えた。
おそらく、『転移』か何かによって去ったのだろうけど。
「ここから先は一緒じゃなくていいのか?」
「まあ、ルドの能力は戦闘向けじゃないからな。下手にここで死なれても困るし。さっきは色々と嫌味を言ったが、ここに来てもらうのにかなり無理を言ったのも事実だからな」
そう言って、苦笑しながら肩をすくめるカミュ。
ふうん?
ルドルフさん本人がいない場所だと、意外と素直なんだな?
やっぱり、この不良シスターってば、ちょっとひねくれた感じがあるよなあ。
「そんなことより」
そう言って、カミュが俺たち全員を真顔で見比べて。
「たぶん、この先に待ち構えているやつがいるぞ? 覚悟はいいか?」
「もちろん」
俺が頷くのと同時に、一緒にいたビーナスやウルルちゃんたちも同様に頷く。
待ち構えているのが、ノーヴェルさんだろうと誰であろうと――――。
「ルーガを助け出す。それは決めたことだ」
すでに覚悟は定まっている。
誰が敵に回っているとしても関係ない。
俺たちが――――俺が目指すのはただひとつ――――。
その想いを秘めたまま。
「じゃあ、踏み込むぞ」
そのまま、俺たちは『玉座の間』へと突入した。




