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第433話 闇魔術師、ダンジョンを進む/裁縫工房の一幕

「ヴェルさん、今、どの辺にいるのかな?」

「コケッ?」

「一番進んでいるセージュ君たちで12階層という話だったね? もし、バルコニーからの侵入が11階以上へのショートカットだとすれば、もう少し先まで進んでいる可能性もあるだろうね」


 ダークネルの問いに答えてくれるのは、臨時のパーティーとして一緒になったクラウドやコッコたちだ。

 今、彼女たちがいるのは『魔王城』の下層ダンジョンの6階だ。

 すでに、周囲のモンスターを一掃しているため、穏やかになった平地エリアを話をしながら、扉を探して進んでいく。


 この場にいるのは三人と三羽。

 『闇』と『光』系統の魔法を得意とする人間種の魔術師のダークネル。

 情報収集などが得意な盗賊(シーフ)のクラウド。

 そして、オレストコッコでケイゾウさんの部下でもある、『くー』『りー』『かー』の三羽のコッコトリオが助っ人に加わっている。

 チュートリアルで簡単に説明もあったが、6人に満たなかったパーティーについては、コッコさんたちの協力が得られるようだ。


 そして――――。


「そ、う、だ、な……っと、その猫娘の力量にもよるだろうが、挑戦が一日以上早いんだったら、結構進んでるんじゃね?」


 もう一人、一緒のパーティーに加わった剣士の男。

 名はアルフといい、『デザートデザート』の方で入手したという曲刀を使って戦うタイプらしく、この6階に至るまでもその剣の腕で道を切り開いてくれた。

 ここまでほとんどソロで活動していたそうで、クラウドの情報網にもほとんど引っかかっていなかった存在でもある。


「アルフさんもそう思うの?」

「んー、まあ、推論かね? 進んでるってのが間違いだとすれば、変な『クエスト』に巻き込まれたとかな」


 ダークネルの問いに、くるくると剣を回しながら答えるアルフ。


「ここまでの俺の経験上、『裏ルート』っぽいとこに入ったら、ほぼ確実にヘンテコなクエストが配置されてたからな。用意されてたチュートリアルをすっ飛ばすなんて、まさにそっち系だろ?」

「そうなの?」

「ネル、身に覚えはないか? ないんだったら、周囲の他のやつから聞いたとか。イレギュラーな選択をすれば、即座に『運営』が対応してくる、とか」

「そういえば、確かに……」

「クラウドはどうだ?」

「ええ、割とよく聞く話ですね。ユウ君やセージュ君などはそんな感じでしたよ」

「というか、アルフさん、わたしのこと、ネルって呼ばないでくれる?」

「んー? ただの愛称だろ?」

「そうだけど、知り合ったばかりの人にも言われると、ゲームを楽しんでる感じじゃなくなるから」

了解(りょーかい)ー。気を付けるよ」


 謝りながらも、どこかツボに入ったように笑うアルフを見て。

 何か変な人だと感じるダークネル。

 初めて会ったはずなのに、どこか違和感を覚えるというか。


 ――――もしかして、現実(向こう)で会ったことがある人?


 そうかもしれない、とダークネルが考えていると、そんな雰囲気などまったく意に介さないような口調でアルフが話を続ける。


「それにしても、ここが『ラストダンジョン』ってのは、随分と思い切ったとは思わないか?」

「確かにそれは思いましたね」

「だろ? 俺、それを聞いて、慌てて、ここに来たんだぜ? ひとりで適当にぶらぶらしてるのが楽しかったのにな」

「そういえば、アルフさん、『デザートデザート』の方に遠出していたんですよね?」

「ああ。そっち方面な。もうちょっと、余裕があればなあ……まあ、それは良いんだ。それよりも、ふたりともどう思う? ここの『城』」

「どう、って?」

「なに、どうすれば、クリアになると思う? って話さ」

「最上階でボスを倒せばいいんじゃないの?」

「普通に考えれば、そうですね」


 アルフの問いに、特に捻ることもなくそのまま答えるふたり。

 だが、そんな答えに納得していないように、どこか不満そうにアルフが嘆息する。


「ふつーだな。ふつー過ぎて面白くないぞ。てか、それって、魔王を倒すってことか? ここ、『魔王城』だしな」

「――――!?」

「あっ! そう……よね」


 何気ない、その言葉に、ダークネルとクラウドが同時にその可能性に気付く。


「つまり、このまま進めると、このクエストって……ルーガと戦ったりすることになるの?」

「ああ、そういえば、『けいじばん』で話が出てたな? その、ルーガってのは味方になるNPCなんだっけな? なるほど……多少はひねりが出てきたか?」

「ちょっと! 楽しそうに言わないでよ。あの子、良い子なんだから」

「悪い悪い。だが、ゲームなんだから、何でもありなんだろ?」

「……そうだけど」


 そうだ、とアルフの言葉に素直に頷けない自分(ダークネル)がいる。


 ――――と。


 内心、困惑していたダークネルの横から、クラウドが真剣な顔でアルフへと向き直って。


「アルフさんは、これがゲームだという認識ですか?」

「うん? うん、まあ、そう……だな。ここはゲームの世界だろ? 違うか?」

「…………ええ」

「まあ、現実とは大差ないぐらいによくできてるってのは否定しないさ。ただ、死んでも生き返るなんて世界は『現実』とは言い難いよな? 少なくとも、俺はそう思ってるぜ? 『現実』は死ねば終わり。それがふつーだろ?」


 クラウドの真剣な表情に、どこか楽しそうにアルフが笑う。

 その表情が、不思議とダークネルの胸に刺さった。

 なぜかはわからないけど、おかしい、という違和感だけが残って――――。


 ――――と。


「お! 扉発見。青系統ってことは、次は水辺か?」

「おそらく、そうでしょうね」

「次はもうちょっと昼間のステージがいいよなあ。二度目に潜った後はずっと夜ばっかりだもんな」

「実時刻に合わせているのだと思いますよ?」

「んー、空間弄ってる割には変なとこだけ合わせてるよなあ。まあ、いいや、先に進もうぜ。特に問題ないよな?」

「俺は大丈夫です」

「わたしも」

「コケッ!」


 そのまま、小さな木の陰に隠れていた扉の中へと進む面々。

 結局、ダークネルのもやもやは解消されることなく、次の海辺の『部屋』へと進んでいくのだった。



◆◆◆◆◆◆



「いーとくるくるー」

「ええ、その調子よ、シモーヌ」


 くるくると、周囲の『小精霊』を感じ取って、それを『糸』として紡いでいく。

 その作業を延々と繰り返して、徐々に大きな糸玉を創り上げていく小さな少女。


 その光景を目の前にして、どこか呆れているのは『オレストの町』では名うての裁縫職人でもあるキサラだ。

 夜遅くにもかかわらず、キサラの工房では、この(・・)作業が続けられていた。


「まったく……びっくりだね。ねえ、これ、本当にわたしが見ててもいいの?」

「別に問題はないわよ? 貴女は『精霊糸』が()であるかわかっているのでしょう? ルートヴィッヒから聞いたわよ」

「そうだけど……秘中の秘じゃないの?」

「状況が状況なので。私の立場として、今回の一件は放置できないのよね」


 だから、手伝ってほしい、とフローラが頷く。


「本当にね……どういうつもりかは知らないけど、私たち(・・・)の技術を勝手に悪用されたとなるとまずいの。だから――――」

「いーとくるくるー」

「つまり、その部分だけを?」

「ええ。そういうこと。それだけでも十分効果があるはずよ――――ええ、シモーヌ、今度は『土』でお願いね」

「わかった、おかあさん」


 フローラの言葉に頷くシモーヌ。

 できあがった糸玉をまたひとつ積み上げて、今度は別の糸を紡ぎ始める。

 それを見て、もう一度、キサラが嘆息して。


「じゃあ、こっちの作業に取り掛かるよ……ちょっと時間がかかりそうだけど」

「明日の朝までにできそう?」

「さすがに無理っ! もっと時間を頂戴!」

「おかあさん、ウルルお姉ちゃんにも頼めば?」


 そういうの得意だよね? というシモーヌの言葉にフローラが首を横に振って。


「ウルルだと影響が大きくなりすぎるわ。あの子、こっちの才能はすごいから。だから、今回はダメね。そこそこの効果じゃないと」

「はいはい、そこそこの腕のものが頑張りますよ」

「お願いね。さすがに建物が崩れるぐらいだとまずいから」

「はいはい」


 こりゃ大仕事だと、内心で苦笑しながら、キサラも複数の糸を編み始める。

 そのまま、工房での作業は続いていくのだった。

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