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閑話:巡礼シスター、嘆息する

「……まあ、こんなもんか」


 轟音と共に、目の前に立っていた巨人が倒れ伏すのを見ながら、カミュはぽつりとつぶやいた。

 一瞬前まで対峙していたのは、この毛むくじゃらの巨人のような存在だ。

 今まで、カミュが出会ったことのある『巨人種』は、もっと人間っぽい外見を持っていたので、ここにいるのは『巨人種』に似た別の生物か、あるいはこの『中央大陸』とは異なる場所に生息している巨人の一種なのだろうと推測する。


 ――――と。


 くずおれた毛むくじゃらの巨人の亡骸が、かすかな光と共に消えて。

 後に残るのは『◆◆◆◆の核』というアイテムだけだ。


「やっぱりか……」


 そう言いながら、カミュは口元に手を当てて思案する。

 今、カミュがいるのは『魔王城』の下層ダンジョンの4階に位置する部屋(フロア)のひとつだ。

 もちろん、『部屋(フロア)』と言っても、その中身は明らかな空間拡張がなされた異空間のような場所ではあるのだが。


「話には聞いていたが……これが現状の『魔王城』の模倣なのか? ……確かに、ルビーナたちが言っていた通り――――」


 ――――『教会本部』の構造(からくり)に近いな。


 そう、心の中で納得する。

 やはり、すでに知ってはいたが、『魔王城』と『教会本部』は近しい存在の施設である、と。

 複数の気象・環境が異なるエリアが隣接しており、その境界を一歩でも跨ぐと、まったく別の空間へと繋がっている。

 だからこそ、様々な種族が狭い範囲で生活できる、ということでもあるのだが。


 ただし、そのことについては、あくまでも確認作業に過ぎない。

 むしろ、カミュにとって気掛かりなのは――――。


「――――『ゼラ』か」


 毛むくじゃらの巨人を倒した後に残っていた『◆◆◆◆の核』を指でつまんで。

 はあー、と軽く嘆息。

 この『町』にそっち系のエヌの眷属――――ジェムニーの存在がいたので、その可能性については十分に予想できたのだが。


 カミュにとっても、『まさか』との思いが強い。

 正直、『助っ人』にわざわざ無理を言って、頭を下げてまで頼んだ甲斐はあった、と思えるだけの存在だ。


 そこまで考えて。


 カミュは近くの空間に、不意に現れた存在に気付き、警戒態勢を取る。

 そして、そのまま、その相手に向けて言葉を発して。


「なあ、この辺って、まだ予行練習の場じゃなかったのか? 随分と『はぐれ』の能力が高くないか?」


 口調だけ聞けば、あくまでもその辺を歩いていた古い友人にでも尋ねるような、そんな自然体の問いに。

 聞かれた相手も、同様の穏やかさを持って返事をしてきた。


「まぁね。『練習』って言っても、それは『迷い人』の人たち向けだもの。あなた(・・・)は違うでしょ、カミュ?」

「失礼な、あたしも一応、『迷い人(プレイヤー)』だぞ?」

「わかってて言ってるでしょ? 『一応』って言ってるんだから」


 そう言いながら、くすくすと笑うのは桃色で透明の肌を持つ、だが、きちんとした服をまとった人型の生き物だ。

 その物言いはどこかエヌのそれと近く、だからこそ、カミュは軽く舌打ちをして。


「少し場違いじゃないか? なあ、『粘性種の女王』。あんたがわざわざ出てくるようなヤマじゃないと思うんだが」

「まぁね。でも、いいじゃない。そうなっちゃったんだから」


 揺さぶりをかけるつもりのカミュの言葉にあっさりと同意する『女王』。

 そのことで、更にカミュが渋い顔をせざるを得なくなる。


 ――――まさかと思ったが、本人かよ。


 能力だけ、エヌに貸しているだけだったらどれほど楽だったか。

 『三賢人』による情報によれば、『粘性種(スライム)』を種族としてまとめている存在はひとり。

 真名かは不明だが、表に出てきている名として『ゼラティーナ』と呼ばれている存在だ。


 カミュ自身は、今まで直接遭遇したことはない。

 いや――――ないはず、だ。

 確信が持てないのは、今の相手の態度と、ゼラティーナが持つ能力のせいだ。


「つまり、ここのダンジョンの敵はすべて、あんたの仕業ってわけだな?」

「すべてではないわ。当然だけどね」


 だろうな、とカミュも内心で頷く。

 一部はエヌによる仕込み、それ以外のほとんどは目の前の存在(おんな)の仕業だろうと推測する。

 少なくとも、さっきセージュと会った時に得た情報として、この『城』の中で倒したモンスターのすべてが『◆◆◆◆の核』へと変化した、というのが挙げられる。


 カミュの『聖術(解析)』のスキルなら、この伏せられた箇所もきちんと読み取ることができる。


 つまり。


 ――――『粘性女王(ゼラティーナ)の核』。


「……まったく、信じられん能力だな。あんたの存在を知ってたら、誰も『粘性種(スライム)』が弱い種族だなんて思わないだろうな」

「ふふ、まあ、その辺は長生きしているものの強みよね。エヌもレーゼもそんな感じでしょ?」

「ああ。まったく、この世界はその手(・・・)の存在が多すぎるよなぁ」

「もっとも、あなたも同類でしょ、カミュ?」


 だから、わざわざ来た、とゼラティーナが笑う。


「だから、あなた向けに『部屋(フロア)』も用意したの。それでも、このぐらいだと役不足でしょうけど」

「いや、それは買い被りすぎだっての。何だよ、ここ。見たこともないような『巨人種』の『はぐれ』が集団で襲ってきて、それで連戦って、無茶苦茶だろ」


 大きさの持つ優位性ってのは、想像以上に重い。

 少なくとも、大型のモンスターがここまで密集している状況なら、普段のカミュなら一時撤退をしているレベルだろう。

 その辺は『幻獣島』が踏破不可能と言われているゆえんでもある。


「あら……そうだったの?」


 そう、カミュの言葉にゼラティーナが少し驚きつつも。

 きょとんとした表情で薄く笑うゼラティーナ。


「初見? あら、てっきり……じゃあ、『魔王領』には?」

「行ったこともないぞ。今のところ、別に用もないし」

「それはごめんなさいね。ふふ、なるほどね……」


 どこか満足げに、ゼラティーナがカミュの言葉に頷く。


「いいわね。面白いわね。その若さで……ね。ふふ、だから、ちょっとだけ、ちょっとだけ、ね? あなたの力を見せてほしいなぁ、って」

「……おい、まさか、このぐらいの難易度が続くんじゃないだろうな?」

「もちろん、違うわよ?」


 その表情に浮かぶのは悪戯っぽい笑み。


「……おい!?」

「この程度でおもてなししようだなんて、随分と失礼だったわね。というわけで――――」

「おい! 人の話は聞け!?」

「ふふ、頑張って10階まで一日で到達してみてね♪」


 ばいばい、と手を振ったかと思うと、カミュが唖然としている目の前でゼラティーナの身体が空間へと溶けて消えた。

 その後に現れたのは――――虹色に輝く扉だ。


 その物々しい扉を前に、カミュが思いっきり顔をしかめて。


「うわぁ……潜りたくねえ……」


 一瞬だけ、最初に受け取った『1だけサイコロ』に目をやって。

 そのまま、嘆息しつつ、その扉を潜るカミュなのだった。

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