閑話:ドワーフ少女、お城の上を目指す
敵に囲まれている。
複数のぴりぴりとした視線を感じつつ、ファンはそれらの敵の立ち位置を冷静に頭の中で整理していく。
「ヨシノ姉さん! 後ろから弓で狙われてる!」
「わかった!」
避けて! という指示を出しつつ、ファン自身も上空へと向けて、鉱石をばら撒く。それらが周囲に配置されることで準備を整える。
――――と。
前方と右斜め後ろから、武器を持つ敵がそれぞれ迫っていることに気付いて。
ほぼ同時に、自分の身体が光に包み込まれ、身体の奥底から力が湧いてくることに気付いて。
少し離れた場所で、膨大な数の敵を退けつつ、リディアさんが自分に対して、『身体強化』の力を使ってくれたことに感謝。
そのまま、普段の踊りの練習の要領で。
頭の中で思い描く軌跡に合わせるように、身体を動かしていく。
「――――!?」
敵が振るうのは武骨な剣。
そして、少し赤黒いものでさび付いた槍だ。
それらによる攻撃を紙一重のところでするりと交わしていくと、眼窩の窪んだ敵の顔にもかすかに驚いたような表情が浮かぶことに、少しだけ愉悦のような感情を覚える。
ファンたちがいるのは『魔王城』の下層ダンジョンの8階。
周囲を取り囲んでいるのは、全身が骨だけの標本に冒険者の装備を無理やり着こませたような存在――――要するにスケルトンたちだ。
今、ファンたちがいる場所はまるで墓場のようなところだった。
物々しい雰囲気。
どこか壊れそうな館の中に迷い込んだかの錯覚を覚えつつ。
今はただ、襲い掛かってくる骨の化け物相手に『踊り』を披露するだけだ。
身体が軽い。
死と隣り合わせの緊張感の中で、ただ頭だけがクリアに鋭さを増していく。
命がけの舞踏。
そのことに、かすかにぶるっと身体が震え、口元にはわずかな笑みが浮かんでいることに自ら気付いて、ファンは内心で苦笑する。
死、といってもあくまでも仮想。
しかし、それをどこまでも現実として信じることで『死』の傍らに己の感覚を委ねることができるようになる。
師が……いや、父がファンにさせさたかったこと。
おそらく、これがそうだと気付いて、思わず苦笑を浮かべつつ。
それでも周囲への警戒は怠らない。
ゆっくりと見えるのはスケルトンたちによる攻撃。
踊っている時の自分は、どこか浮世離れていると周囲の人たちからも言われたことがあるが、ここに至って、己のことながら、それが異常であることに気付いて。
くすり、と笑みを浮かべる。
「ファン君! もうちょっと余裕を持って! 無理しなくていいからね!」
「わかってます!」
『舞踏』スキルの中に、環境下、条件による効能強化、という項目がある。
無茶で、無謀で、命知らずで、危険を顧みない状況に己を置き、ギリギリのところで『舞う』ことにより、組んでいる迷い人への『舞』の効能が飛躍的に向上する。
だからこそ、ファンは決して反撃することもなく、ただ、冷静に目の前の複数のスケルトンの攻撃を紙一重で交わし続けているのだ。
くすり、と笑みを浮かべる。
ファンにとって、それは今更という感覚が強い。
天才子役。
梨園の寵児。
ファンが舞台にあがるたびに、賞賛の声は次第に増えていく。
――――だけれども。
ファンと、師、そして母やヨシノ姉さんたち、一部の者だけが知っている。
その才は、死と隣り合わせで顕現したものであることを。
ファン自身、己の命が決して長くないことを知っている。
だからこそ、師……父はこの話に乗ったことを。
いつも、死は自分の傍らにあった。
失われていく制限時間は容赦なく、己の身体を蝕んでいく。
痛みはない。
見た目からは決して悟られることもない。
だからこそ、その病は恐ろしい。
子供らしい感情を演技する。
すでに擬態ではなく、仮面でもなく、己の一部となったもうひとつの人格。
冷めて、摩耗し、悲しみ疲れた己を温かく包み込んでいく子役の笑みは、その瞬間だけ、傍らの『死』の存在を薄めてくれる。
だからこその『才』。
嗚呼、と思う。
少しずつ、この環境に身を置いていくうちに、と。
『死』の恐怖が揺らいで、少しだけ余裕を持って接することができる自分に気付いて。
ゲームの世界にも関わらず、『生きている』ことを感じる。
足で歩法を駆使して、ひとたび身に受ければ、致死の攻撃であろう斬撃を回避しつつ。
その紙一重の中で、自分が『生きている』ことを感じて、笑みを浮かべる。
――――ああ。
――――愉しい、と。
そのまま、その場のモンスターを同行者が倒しきるまでの間。
ずっとファンは踊り続けた。
◆◆◆◆◆◆
「あ……あの、リディアさん?」
「何?」
「いえ、あの……何でもないです」
気が付くと、周囲を取り囲んでいた数十、数百の死霊騎士たちは土へと帰っていて、辺りの床には『◆◆◆◆の核』というアイテムが散乱していて。
そして、ファンが『舞踏』によるトランス状態から我に返ると、その身体がリディアによって後ろから包み込まれていることに気付く。
そして。
そうされることで、不思議な安心感を得るファン。
リディアは母ではないし、そもそも実の母にもこういうことはされたことがないけど。
それでも、ゆっくりと高揚とかすかな不安が入り混じっていた感情が、ゆっくりと溶けて心穏やかになっている自分に気付く。
こんなきれいな人にこうされていても、あんまり身体がドキドキしないのも、今のファンが女の子になっているからだろう、と思う。
思えば、この人は最初からこうだった。
ファンが持つ何かに気付いて。
それでいて、こうやって接してくれている、という感覚が何となくあった。
以前、どうして、自分たちの護衛として一緒にいてくれるのか聞いた時は『うん? 料理がおいしいから、じゃダメ?』と逆に聞き返されてしまったけど。
もちろん、それも本音ではあるだろうけど。
「何?」
「いえ、何でもないです」
きっと、この人は自分のことを心配してついて来てくれたのだ。
だから、そのことがすごくうれしい。
たぶん、家族やそれに近い人、以外でそういう風に感じることができたのはリディアさんが初めてだったと思う。
そして、それによって、この『PUO』を通じて、少しずつ、自分の気持ちに変化が生まれていくことにも気づいて。
他の迷い人の人たちとも優しく接することができるようになって。
そのことは、今回、家に戻った時、父と母からも驚かれたことだ。
ふふ、と笑って。
リディアさんの飾らない暖かさに思わず目を閉じる。
思い出すのは、リディアさんと最初に会った時の言葉だ。
自分が『運命』について問うた、その答え。
『運命?』
『はい。僕たちはそのためにここにいます』
『そういうのはよくわからない』
『……そうで――――』
『だけど』
『…………?』
『手伝う』
『…………え?』
『ファンが救われたがってるなら。手伝うだけ』
その時、リディアさんは『だから』と付け加えて。
『ファンがここにいる間、その想いを護る』
『…………はい』
やっぱり、と思う。
「ん? どうかした?」
「いえ、なんでもないです」
この一見、無表情で冷たそうな人は、とっても温かい人だと、そう感じて。
今は前に進もうと改めて決意する。
そして――――。
あっちで本体が不明となったヴェルフェンの元へとたどり着く――――と。




