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第430話 農民、下層迷宮を駆け抜ける

『緑の扉は、草原か樹海、あとは世界樹系だけど、その海辺からなら草原だねー』


 そのユアハトさんの言葉を受けて、次のフロアへと飛び込んだ。

 言われた通り、新しい区画は草原エリアだった。

 見た目は広大なサバンナ風。

 そして、モンスターもあちこちを徘徊しているのが見える。


 フロアを移った直後は、モンスターとの遭遇率が高いそうだ。

 一気に囲まれることもあるから注意が必要だと、ユアハトさんが助言してくれた。


 とはいえ。


 これだけ見晴らしが良い場所だと、だ。


「セージュー、あっちに扉があったよー」

「向こうにもひとつあるみたいね。赤の扉と紫の扉ね」


 さすがというべきか、ウルルちゃんたちの『精霊眼』の精度が凄すぎる。

 モンスターへの索敵もそうだけど、異物の存在の発見には想像以上に効果を発揮してくれた。

 というか、出会った当初のウルルちゃんよりも、その手の視野が広くなっているように感じるのは気のせいだろうか?

 もしかすると、ウルルちゃんたちも俺たちと一緒に色々な経験を積んで、その分、この手の作業に慣れてきているのかもしれない。


 現れたライオンと虎が混じったようなキマイラ風のモンスターも遠くから襲い掛かってくる途中で気付いて、あっさりと迎撃できたし、これだけ視界が開けた場所だと、ビーナスの『苔弾』の良い(まと)だ。

 後は、麻痺になってるモンスター相手に『土魔法』や鎌などでとどめを刺せば、呆気なく戦闘が終了してしまう。

 そのまま、モンスターが残した『ゼラ』を回収しつつ、扉に向かって駆けぬけて次のエリアへ。


 そうこうしているうちに、予想よりも早く10階まで到達できてしまった。



◆◆◆◆◆◆



「ここが10階ですか」

『うん、一応、チュートリアルの最後のフロアのひとつだねー』


 小一時間でユアハトさんの『サポート』が切れてしまうので、先を急ぎながらも『ゼラ』を集めては、その都度、『ゼラ交換』を実施。

 そのままの勢いで、ぽんぽんとフロアをクリアしていくことができた。

 ほとんど会話だけだけど、その有用性は明らかだろう。


「ボスモンスターとかはいないんですね?」


 ここまで、それっぽいモンスターを見かけなかったので、そう尋ねてみると、ユアハトさんの苦笑する声が聞こえてきた。


『あのね、見た目はそんな大きさとか大差はないけど、一応、強さの違う『はぐれ』ちゃんも混じっていたんだよ?』

「そうだったんですか?」

『うん。一頭で複数の『ゼラ』を入手できる子がそれ』


 思わず、他のみんなを振り返ると。


「きゅい――――?」

「強いって言っても別に迫力とか感じなかったわよ? ほら、マスター、あっちで出会ったベニマルとかの方が迫力あったじゃない」

「そうそうー、あと、こっちで会った変な『鎧』とかねー」

「あれは怖かったわよね」

「ぽよっ――――!」


 うん。

 今、冷静に振り返ってみても、俺たちが今までに遭遇してきたボス級って、やっぱり少し程度がおかしかったぞ?

 むしろ、今の方がそっちと比べて、ゲームバランス的にどうなんだ? って話のような気もするけど。

 そのことをユアハトさんに伝えると。


『あー、これね、たぶん、エヌさまとの差だと思うのね。やっぱり、エヌさまってば、無茶なことをやらせたがる(ひと)だからー』


 そういう意味では性格悪いよねー、とユアハトさん。

 どうやら、『眷属』さんといえども思うところがおありのようだ。

 

 って、あれ?

 その言葉を聞いて、少しおかしな点に気付く。


「もしかして、このダンジョンって、エヌさんの管理じゃないんですか?」

『ひゅーひゅーひゅー』


 いや、誤魔化そうとしてますけど、口笛がかすれてますよ?

 少なくとも、その態度だけで何となく察することができたけど。

 要するに、この簡単なゲームバランスは別の人の手による設定だ、ってことか。


『そ、そんなことより、ほら! ここのボスだよ! 少し調整したから、たぶん、強いと思うよ!』



◆◆◆◆◆◆



 ――――10階、火山地帯。フロアボス。


 俺たちの目の前に現れたのは、溶岩でできたゴーレムのような魔人だった。



名前:溶岩魔人

年齢:◆

種族:魔岩種

職業:火山地帯ボス

レベル:◆◆◆

スキル:『火魔法』『土魔法』『耐炎』『巨大化』『同質吸収(リジェネ)』『岩礫』



「おー、確かに強そう」

『でしょでしょ♪』


 嬉しそうに言葉を返すのはユアハトさんだ。

 というか、この火山地帯。

 今までの場所と違って、活火山で噴火中みたいなところなので、その地形自体がかなり厄介な場所だったんだよな。

 ボスが強そうというより、まず移動が大変というか。


 結局、俺とビーナスがみかんの頭に乗せてもらって、その『浮遊』状態で溶岩帯を飛び越えたりして、ようやく進めるのだ。

 なっちゃんは自前で飛べるし、アルルちゃんとウルルちゃんは『精霊種』の本体に戻れば、そのまま飛行が可能だから、それで何とかなっているというか。

 おそらく、普通の迷い人(プレイヤー)の場合、このエリアを抜けるのがかなり難しいはずだ。

 飛んでいてなお、熱による継続ダメージを喰らうような、そんな感じだし。


『一応、『耐炎』を持ってれば飛べなくても大丈夫だよー、ドワーフとか』


 そんなことをユアハトさんは言ってたけど。

 でも、そのやり方でクリアできるのって、ファン君ぐらいしか思い浮かばないっての。

 後は、別ルートなら、10階の他のエリアにたどり着けるので、そっちからこのチュートリアルをクリアするって方法もあるらしい。


『セージュちゃんたちはここにたどり着くまでの時間が短かったから。だから、他のルートには行けません、あしからず』


 うん。

 つまり、あれだ。

 とんとん拍子で進み過ぎると難易度があがる仕様らしい。

 ……何となく、その辺はエヌさんの修正がかけられてる気もするよな。


 一応、ここで手間取っていると、時間経過と共に、9階に戻る扉も現れるようになっているそうだけど。

 今はただ全力で進むのみ、だ。


 だから――――。



◆◆◆◆◆◆



『何で!? 何で、あっさり倒しちゃうのー!?』

「いや、何でと言われましても……」


 現に倒せてしまったのだから仕方ないと思うのだけど。


 相手が溶岩なので、この場合はさすがにビーナスの『苔弾』は通用しない。

 命中する前に燃えてしまうからだ。

 なので、別の手段を使う必要があった。


 まず、ウルルちゃんたちの『精霊眼』で溶岩魔人を見てもらう。


「周囲の溶岩から、周辺魔素の流入があるねー」


 そこで溶岩魔人の自動回復や巨大化が周囲の溶岩に含まれる魔素によるものだと特定。

 『水魔法』は通用する。

 『土魔法』は相性が悪い。

 なので、『土魔法』は防御に用いるとして。


 今回、鍵になったのは、みかんの能力と『拳銃』の再装填(リロード)の仕組みだ。

 みかんの『吸収』で溶岩に含まれる魔素を吸収する。

 その結果、みかんも大きくなって、機動力もあがって一石二鳥。

 と同時に、ここまでで『切り札』として、ウルルちゃんの協力も得ながら調べてきた、俺のそれぞれの武器の性能について、だ。


 まず『幽幻の鎌』。

 鎌を振るう際に発生する黒い霧状のもの。

 『精霊眼』でも反応したこれは、魔法の一種だと考えられていたのだが、正確には少し違っていて。

 黒い霧は魔素の移動を『停滞』させる効果があることがわかったのだ。


 『停滞』とは、『精霊眼』で見た際の現象であって。

 より正確に言うのなら、この黒い霧に触れた、あるいは包まれた部分は魔法の使用(・・・・・)ができなくなる(・・・・・・・)のだ。


 つまり、『封魔』。


 そして、もうひとつ、ビリーさんから受け取った『拳銃』、その不足した銃弾が再装填(リロード)される際、横にいたウルルちゃんが『周辺魔素』の動きに気付いたのだ。

 結論から言うと、この再装填された銃弾は、周囲の属性に影響を受ける。

 『水魔法』が発動している状態が続けば、『水属性』の弾丸に。

 『火魔法』が発動している状態が続けば、『火属性』の弾丸に。

 それぞれ、銃弾が生成されたのだ。

 向こうの世界ではどうだったのかは不明だが、とにかく、この特性はこちらの世界では有効だろう。


 事実――――『幽幻の鎌』の能力と組み合わせることも可能だったわけだし。


 溶岩魔人をあっさり倒すことができたのは『封魔』の弾丸、それとみかんの能力の合わせ技によるところだ。

 もちろん、『精霊眼』で魔素の動きを見ることで、どこに着弾させれば効果的かも見抜いたし、隙あらば、ビーナスも『苔弾』を空中で炸裂させて、動きを鈍らせることに一役買ってくれたので、複数の要因を組み合わせて、というのが正しいだろうけど。


 ともあれ、チュートリアルの最後の難関は突破した。

 ボスの溶岩魔人を倒した後に現れた金色の扉。

 それを潜って、10階と11階の狭間にある安全地帯(バルコニー)まで到達したところで、無事チュートリアルは終了となった。


 次以降の安全地帯(バルコニー)への転移ポイントを得たことを確認して、ようやく、俺たちは『コッコのお宿』の入り口へと戻ることができたのだった。

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