第423話 農民、領主の家で考える
「誰、なのかはわかりません。わたしが『守護者様』のことを眷属のひとりとして認識させられていたのと同様に、ノーヴェルについても元々の認識からは歪められていたようですので」
ですが、とラルフリーダさんが考え込むようにして。
「わたしと同様に、ノーヴェル自身の認識も歪められていたようには感じます。ここ最近の様子については、おかしなところもありましたから。おそらく、ですが、今までわたしに向けられていた畏敬の念は、本来、誰か別の存在に向けてのものだったのでしょう」
今思い出してみると、そういう節がありました、とラルさん。
小さすぎて、気付けなかったけど、そういう違和感があった、と。
なるほどな。
「ちなみに、アリエッタさん、シプトンさんはその点については何か言ってました?」
「何も……それに今、シプトンと連絡が取れなくなってる」
「そうなんですか?」
「うん。『魔女』の『遠見の水晶玉』でも反応がないし」
だから、少し困っている、とアリエッタさんが眉根を寄せた。
それは少し残念だな。
あの人も色々と助言してくれそうだったんだけど。
こっちの世界へと俺たちを戻してくれた後は、音信不通だしな。
もしかすると、こちらの世界で動くための身体が失われているせいかもしれないけど。
――――と。
「セージュー、戻ったよー。大変大変ー」
「少し落ち着きなさいよ、ウルル……ごめんなさいね、騒がしくて」
「ん、合流」
「あ、ウルルちゃんたち」
『木のおうち』の玄関の方からウルルちゃんとリディアさんたちがやってきた。
フローラさんも一緒みたいだし、どうやら、無事合流することができたようだな。
さっき、サティ婆さんの家に立ち寄った時、アルルちゃんたちの話だと、まだフローラさんは家に戻ってきてなかったって話だから、心配してたんだけど。
俺たちと別れた後、ずっと『森』の中で所用を済ませていたらしい。
そして。
ラルさんはウルルちゃんたちが来ていたことも察知していたらしく。
「それで、大変とは? 何かまずいことが起こりましたか? もし差し支えなければ、私たちにも教えて頂きたいのですが」
「あ、うん、そうそうー。まずいというか、何というかねー」
「ん、セージュの予感、的中」
「えっと……リディアさん、それって、つまり……?」
「そうね。ちょうど、ラルフリーダさんたちの前でもあるし、好都合かしら」
言いながら、フローラさんが真面目な表情をして。
「あの『手順表』に関してだけど、あれを作ったのは私に知り合いでもある『土精霊』のルートヴィッヒ、それで間違いないわ」
「ルートヴィッヒさん?」
「ええ。それなりに力を持った精霊よ。元は『ナンバース』のひとりだったわね。今はグリードに後を引き継いでいるけど」
へえ、そんな人が。
そういえば、グリードさんも『土系統』の魔法が得意だったもんな。
精霊さんも長生きのイメージが強いけど、時々代替わりをしたりするようだ。
その言葉にラルさんも頷いて。
「そうですね。ルートヴィッヒ翁です。今の『グリーンリーフ』における、『精霊種』のまとめ役のようなことをして頂いております。お婆様からの信頼も篤かったはずです」
この世界でもそうなのかはわかりませんが、とラルさんが付け加えて。
「では、術式を施したのはルートヴィッヒ翁でよろしいのですね?」
「そうね。作り手は、ね」
「作り手……は?」
フローラさんの言葉に気になる含みがあるぞ?
つまり……?
「そもそも、あんな『手順表』を精霊種がわざわざ自分から作ることはないわ。前にセージュ君にも言ったけど、私たちにとっては『家』という概念が薄いから。誰かに頼まれでもしない限りは」
「つまり、その依頼者が?」
「うんー! ノーヴェルって人だってー」
「そうだったのですか? お婆様の依頼ではなく?」
「ラル様、たぶん、そこ『認識阻害』されてる」
「ええと……ちょっとお待ちください……ああ、確かに。お婆様からの依頼という形で、私がお仕事を頼んだことになっていますね。ですが、この要件ですと、この『町』で住人が家を建てる手段として、その手筈ということになっています」
「そうね。おそらく、他の『手順表』は普通だったんじゃないかしら? そのうちのひとつだけ、妙な術式のものを紛れ込ませただけで」
つまり?
例の『商業ギルド』で俺たちが見せられた『手順表』は、前もってラルさんたちによって用意されていたものだ、ってことか。
理由は、『オレストの町』を作るために、と。
一応、依頼の大本はラルさんのお婆さん……『千年樹』さんということになっているけど、俺たちはクリシュナさんから聞かされて知っている。
こっちの世界だと、エヌさんの能力限界で『千年樹』さんが活動できないということを。
つまり、これって……。
「エヌさんが意図したこと? あるいは……」
「ノーヴェルが何らかの意思を持って、行なったことでしょうかね。もしかすると、その時点では当の本人も意識していなかった可能性もありますが」
うん。
ラルさんも言っているが、そんなところだろうな。
だから、流れとして、例の『手順表』が生み出された理由はわかった。
問題はその後だ。
「話を戻すわね? ルートヴィッヒの話だと、この『手順表』の場合、術式を発動させる時、協力した『精霊種』に管理者権限が与えられる、ということだったわ」
「だから、今、管理者権限を誰が持ってるかはわからないんだってー」
「……ノーヴェルさんが持ってる可能性もあるってことか」
うーん……。
だから、あの『お城』の入り口が開けないんだよな。
と、そこまで考えて。
ちょっとおかしな点があることに気付く。
「ちょっと待ってください? あの『手順表』、そもそも、俺たちがあっちに行く前に発動中でしたよね? というか、あれ、動かしたのって」
――――アルルちゃんだろ?
あ! もしかして……。
「あれれー? そういえば、そうだよねー?」
「もしかして、途中からの介入?」
「……ルートヴィッヒも複数の精霊が協力してはいけないとは言ってなかったわね」
つまり……?
「……アルルちゃんも管理者権限を持っているかもしれない?」
「そうなるわね」
俺の言葉にフローラさんも頷く。
不意に、俺たちがどうすべきか、光明が見えた気がした。




