第421話 農民、魔法屋と出会う
「ノーヴェルさんの姿が見えませんが、今、どちらにおられるかご存知ですか?」
こう切り出したのは、疑惑、というか、違和感だ。
エコさんからルーガを連れ去った存在について。
詳しく、そのことを聞けば聞くほど、おや? と思う部分が重なっていくのだ。
それはビーナスも、俺と同意見で。
俺よりも彼女と接する機会が多かったビーナスは、その際に、特技のような技として、多数のナイフを用いるノーヴェルさんの姿を目撃していたそうだ。
少なくとも、俺も鳥モンさんたちとの戦闘時に目撃している。
実のところ、迷い人で投げナイフを主武器として使っている人は少ない。接近戦と遠距離攻撃を使い分けることができる、と言っても、単純な問題として、お金がかかるので、他の武器に比べると人気がなかったんだよな。
『けいじばん』でもそんな話が出たことがあるし。
やっぱり、この世界、武器単価が他のゲームに比べて高いのだ。
おまけに、たくさんのナイフを収納して持ち歩くにしても、普通のアイテム袋からだと一本ずつしか出せないし、そもそも、『魔女』による制約ってやつで、同一の武器は袋に入れる量にも制限がある。
結論として、迷い人が同様のことをするのは難しいのだ。
本当は、クリシュナさんにも意見をうかがいたかったが、まだこっちに戻ってきていないみたいだし。
そういう意味で、ラルさんに尋ねてみたのだが――――。
俺が想像していた以上の反応が返ってきた。
ラルさんがその問いに答える前に。
周囲にいた、イージーさんやフルブラントさんとも目配せして、頷いたのちに。
「はい。それですが、今、フィロソフィアに調べてもらっているところです。それと――――こちらに来てください」
そう言いながら、ラルさんが奥の部屋へと声をかけると。
そこからひとりの女性が姿を現した。
眼鏡をかけた、金髪の三つ編みの女性。
そして、耳が少し尖っているのが見えた。
どうやら、エルフの人のようだが――――。
あっ……!?
「その方は、もしかして……?」
「ええ。おそらく、セージュさんとは初対面だと思いますが、この『町』で『魔法屋』を開いてくれているアリエッタです」
「よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします、セージュです」
ラルさんからの紹介にペコリとお辞儀するアリエッタさん。
見た感じは普通の人っぽいな。
まあ、クラウドさんやエコさんは、すでに会ったことがあるんだよな?
ふと、クエスト一覧を確認すると、アリエッタさん関連のクエストがいつの間にか消えていることに気付く。
誰かが達成したか、ラルさんがクエストを取り下げたかしたようだな。
「無事、見つかったんですね?」
「ええ、まあ、見つかったと言いますか……」
「アリエッタってば、ラル様と出会わないように姿を隠してたみたいよ?」
「イージーの言う通りね。こっちにも事情があったんだけど」
「事情、ですか?」
「そう」
俺の問いに、アリエッタさんが頷いて。
少しだけ笑みを浮かべて。
「セージュ君に感謝。おかげで、あっちのレーゼ様が救われた」
「――――それって!?」
「うん。ようやく、ラル様たちにも説明ができる。だから、ここに来たの。シプトンからの忠告。あっちの件がひと段落するまでは、極力身を隠すこと。そうしないと失敗する可能性があったから」
う……ん?
つまり?
アリエッタさんによると、アリエッタさんがラルさんたち、というか、この『オレストの町』を離れて、身を隠していたのって、シプトンさんの差し金か?
「ということは、早い段階で顔を合わせるのはまずかったんですか?」
「そう。そして、それがさっきのセージュ君の疑問につながる」
「……え?」
「ラル様が気付くのはいい。クリシュナ様も元々事情を把握しているから問題はない。わたしが警戒していたのはノーヴェルの存在」
……どういうことだ?
「この世界は偽物。だから、わたしたちのように、この世界由来の存在は生まれながらにして、『認識阻害』がかけられている。わたしが『魔法屋』をやっているのもそれ」
「えーと……?」
「『グリーンリーフ』という舞台は同じだけど、『役割』が置き換えられている。『役者』が置き換えられている。だから、自分から気付くのはかなり大変。わたしもシプトンの指摘がなければ、普通に『魔法屋』をしていた」
「ええ。そして、私たちもアリエッタの言葉でようやく食い違いに気付くことができました。一応、エヌさんによる『認識阻害』がかけられているところまでは至ったのですが、どこがどうずれているかに気付くのはかなり難しかったですから」
ですから、セージュさんたち迷い人の方々にも協力を仰いだわけです、とラルさんが苦笑した。
『認識阻害』を崩すためのきっかけ……その取っ掛かりを得るために、と。
なるほど。
ラルさんが前に演説した時に言っていたのはそのことだな。
あの時点で、自分の記憶がおかしいことには気づいていた、ってことか。
「まあ、仕方ない。ラル様と言えど、中にいるままで気付くのは困難。『同期』でもしていれば別だけど」
「ふふ、今は大丈夫ですがね」
ラルさんの言葉に、横にいるイージーさんとフルブラントさんも頷く。
どうやら、ここにいる全員は状況を把握できているようだ。
となると――――。
「では、ノーヴェルさんは?」
「そこが問題。わたしの『認識阻害』が解けたあとで気付く。ノーヴェルによく似た存在は確かにいた。だけど……あれはおかしい。わたしが知る限り、ノーヴェルは獣人だったはず。猫の獣人」
うん?
アリエッタさんの言葉に思わず、首をひねる。
「獣人だとおかしいんですか? ノーヴェルさんも黒豹の獣人だって……」
一応、猫の獣人だよな?
俺はそういう認識ではあったんだが。
アリエッタさんが首を横に振って。
「違う。見た目は獣人に見えなくもないけど、中身が違う」
だって、とアリエッタさんが続けて。
「あのノーヴェル、『闇精霊』だもの。『精霊種』の姿は定まっていない。だから、人型の者もいれば、魔獣型のものもいる。当然、獣人のような存在も」
「ええ……そのことに今更ながらに気付きました。思った以上に『認識阻害』というものはこわいですね。セージュさん、思い出したうえで、私が断言します。『グリーンリーフ』には『闇属性』の『精霊種』はおりません」
「それはつまり――――」
ラルさんたちの言いたいことに気付いて、思わず息を飲む。
「ノーヴェルさんは――――誰なんです?」




