第420話 農民、領主に問いかける
「クリシュナさんは、まだ戻ってきていないんですね?」
「そうですね。そもそも、セージュさんたちと一緒だと思っておりましたが?」
「あ、すみません、ラルさん。途中から別行動になってしまいまして」
説明をしながら、頭を下げる俺。
今、俺たちがいるのは『オレストの町』のラルさんの『木のおうち』の中だ。
ビリーさんたちと別れて、町に戻ってきた時にはすでに夕暮れで、もうすっかりと日が落ちてしまっている。
本来であれば、ラルさんも『夜のお仕事』のお時間なのだが、そこはそこ、クエストの報告も兼ねて、時間を融通してもらったのだ。
ちなみに、まだ、クリシュナさんはこちらの世界には戻ってきていないようだ。
たぶん、向こうもいそがしいんだろうな。
そのせいもあって、ラルさんの側で護衛しているのは妖精のイージーさんと、犬系の獣人のフルブラントさんだけのようだ。
そして、ここに来る前に、もう一度、『お城』の扉から入ることができないかを挑戦してみたのだが、やっぱり、扉はびくともしなかった。
びくともしないというか、硬めのこんにゃくみたいな感じで、何をやっても弾かれてしまうというか。
いや、それは扉だけじゃなくて、城壁の全部がそんな感じなのだ。
触れるだけだと硬いのに、打撃系の攻撃をすると少し沈み込んで、そのまま弾かれてしまうんだよな。
ただ、『けいじばん』や近くにいた人たちの話から、どうやら、ヴェルフェンさんが侵入に成功したっぽいことはわかった。
ダークネルさんからも直接聞いたし、コッコさんたちもその場面は見ていたようだ。
――――ただ、その後の連絡が取れなくなっている、と。
一応、『死に戻り』の場合、現実から『けいじばん』は吹き込めるようになるので、そっちの可能性は薄いとして、あと考えられるのが、この『お城』の中は『けいじばん』使用不可エリアになっているケースだ。
だとすれば、今も中で頑張っている可能性が高い。
なので、最悪、その地上十階あたりのバルコニーから侵入するのが経路として、検討すべき内容になりそうだ。
もっとも、他にチャレンジした人たちの話だと、ボルダリングの要領で登ろうとしても、外壁の感触が不安定すぎて無理だったとのこと。
……ほんと、ヴェルフェンさんはよく登れたよな?
一応、獣人の脚力と、それとダークネルさんの話によると。
『どうやったかは知らないけど、何回か、ヴェルさんってば、空中を蹴って足場みたいにしてたよ』
ということらしい。
それこそ、詳しい方法をヴェルフェンさんから聞きたいところだよなあ。
当の本人は、バルコニーにたどり着いた後、興奮したまま『お城』に消えて行っちゃったみたいだけど。
ひとまず、他のみんなで、空中を蹴る『スキル』がないかを調べているそうだ。
あと、大至急で、『飛行系』の能力持ちの人に協力を仰いでいる最中だ、と。
とりあえず、今日のところはすぐに『お城』に挑戦できる状況にはなさそうだ。
…………ルーガのためにも、あんまり悠長なことはしてられないんだけどな。
そんなわけでラルさんのお知恵を拝借するためにも、ここに来たのだけど。
「そういえば、セージュさん。チドリーたちから報告を受けましたか? 畑に関するお話なのですが」
「はい。それは来る途中に受けました」
そうそう。
色々あって、畑のクエストを鳥モンさんたち任せで、放置状態になってたんだよなあ。
それはそれで申し訳ないと思っていたんだけど。
いつの間にか、そっちのクエストも自動で進展してしまっていたらしくて。
畑に寄って、チドリーさんから報告を受けた途端に、いっぺんに複数のクエストへと発展してしまったのだ。
『クエスト【栽培系クエスト:鳥モンたちの好物栽培】が発生しました』
『クエスト【栽培系クエスト:畑の管理指導】が発生しました』
『クエスト【商業系クエスト:農作物の仲介】が発生しました』
『クエスト【日常系クエスト:ハヤベルと薬草栽培】が発生しました』
『クエスト【日常系クエスト:ドランのための新野菜開発】が発生しました』
『クエスト【討伐系クエスト:地下に潜むもの】が発生しました』
『クエスト【栽培系クエスト:ホルスンのエサ作り】を達成しました』
いや、ちょっと待ってくれ。
収拾がつかなくなってるって!
思わず、そう突っ込んでしまうような状況になってしまっていた。
ゲーマーとしては嬉しい悲鳴と言いたいところだけど、正直、今、取り込み中でそれどころじゃないのも事実なわけで。
本気で頭を抱えたぞ?
というか、この畑、『グリーンリーフ』の恩恵のおかげで、鳥モンさんたちに任せているだけで、どんどん収穫物が増えていくんだよな。
『畑の管理』の権限が俺にあるせいで、下手をすると何もしなくても、お金が儲かってしまうシステムになっているようだったので、さすがにまずいということで、他の迷い人さんにも利権を分けようとした結果、『畑の管理指導』のクエストが発生したというわけだ。
もうすでに、チドリーさんたち鳥モンさんたちには、畑を任せてしまっているお礼に、好きなものを植えていいとも伝えてある。
そっちもクエストになっていたので、『管理指導』のクエストと組み合わせることで、他の迷い人さんを巻き込む形で、どうにか自分の負担を軽減することができたし。
協力してくれたのは、今まで『けいじばん』とかでは、あまり接点を持っていなかった迷い人さんたちだった。
どうやら、俺も知らなかったのだが、『施設』関係の迷い人さんも追加でやってきていたらしいのだ。
『施設』の入居者さんというか、まあ、カオルさんや十兵衛さんと同じタイプの参加者だろうな。
そういう人たちはゲームとかについて、あまり詳しくなかったようで、ほとんどが町の外に出てモンスターと戦ったりとかはしていなかったらしい。
まあ、それもそのはずで。
十兵衛さんが身体の不自由さから解放されるために、このゲームに参加したのと同様に、他の人たちも身体に障害を抱えていて、自由に『施設』の外などに行けないらしく、その代償行動としての意味もあるのだとか。
うん。
だから、普通に『こっち』で生きているだけで、十分楽しんでいるというか。
そういうわけで、その人たちに農業系のクエストを勧めてみた、と。
ビリーさんたちと話して以降、考えてみたけど、ひょっとすると、『PUO』を作っている人たちの目的のひとつが、その辺にあるような気もした。
だから、『施設』でテストプレイをしているんじゃないか、って。
もちろん、それだけでビリーさんたちが動くはずもないので、それだけじゃない可能性も高いけど。
ちなみに、いつの間にか、カミュから頼まれていたクエストも達成されていた。
『クエスト【栽培系クエスト:ホルスンのエサ作り】を達成しました』
『報酬として、教会から乳製品を購入することが可能となります』
『なお、自分発の日常クエストとして、畑関連のものに限り、他の迷い人への報酬に『乳製品の購入』について用いることが可能です』
正直、いつの間に? と思わないでもないけど、鳥モンさんたちも頑張ってくれていたし、案外、俺やルーガがカミュと和解した時に条件を満たしたのかも知れない。
ただ、これはこれで喜ばしいことだったので、興味がある迷い人さんたちには情報を広めておいた。
もうすでに、『けいじばん』などでは反響があったし。
だから、そういう人たちには、純粋にこのゲームを楽しんでいてもらいたい、とは思った。
少なくとも、裏事情を少し垣間見てしまった俺にとっては、今までのように真っすぐな気持ちでゲームを楽しむことはできなくなってしまっていたから。
ともあれ。
「畑については、他の皆さんも手伝ってくれるそうです。この調子で頑張っていきたいと思います」
「そうですか。ふふ、それは何よりですね」
ええ、何よりです。
俺はラルさんに笑顔を返しながらも。
どうしても、聞かなければならない話をゆっくりと切り出す。
「ラルさん、ひとつお尋ねしたいのですけど」
「はい、何でしょうか?」
ふぅ、と一拍だけ息を吐いて。
「ノーヴェルさんの姿が見えませんが、今、どちらにおられるかご存知ですか?」




