第41話 農民、採掘所へと向かう
「やあああぁぁぁっ!」
「ぷぎゅう!?」
「ああ、それでいい。ファン、おめえの身体なら、一点に体重を乗っけて突くのが効果的だぜ」
オレストの町を出て、俺たちは採掘所へ向かって歩いていた。
その途中で、当然、ぷちラビットにも遭遇したんだが、俺や十兵衛さんとは違って、ファン君や、ヨシノさんは『討伐系』のクエストを未達成だったので、そっちのクエストのために戦ってもらっていた。
『防具はともかく、ナイフぐらいは持てるだろ?』
十兵衛さんの指摘で、ファン君もナイフを使って戦ってもらっている。
そもそも、身に合った防具がなくて、防具なしで、町の外に行くのが無謀だから、そっちを探して、町の中をうろうろしていたらしく、確かにナイフぐらいだったら、小さな子供の体格でも使うことができるもんな。
まあ、少年エルフの十兵衛さんより、さらに一回り小さいファン君の場合、可愛い女の子が一心不乱にナイフをうさぎに突き刺している絵になるので、横から見ている分には、何だか微妙な絵面にはなってしまっているけど。
十兵衛さんの話だと、こっちの世界の武器……冒険者ギルドで貸してくれる武器のほとんどは、切れ味があんまり良くないのだそうだ。
もちろん、俺も解体とかでも使っているから知ってるけど、向こうの包丁とかと比べても、やっぱり切れ味は良くはないんだよな。
なので、ある程度は力を込めないと、他のゲームとかでよく見かけるような、剣を薙いで、モンスターをスパスパ切断するような真似はできないのだ。
ロングソードだと、衝撃自体で鈍器みたいにもなるので、そっちも併用して、ダメージを与えるという感じだろうか。
いや、十兵衛さんは、そんな武器で一刀両断しちゃってるけどな。
どうやってるのか、本気で謎だが、その辺は技量の差らしい。
うーん、身体の使い方とかが違うのかね?
俺も、ノーマルボアの場合、何度も同じところを斬りつけないと頭を落とせなかったしな。
そして、十兵衛さんの力量とは別に、更に驚かされたのはもう一点。
「ん、次。もう一匹」
リディアさんの側、その身体から少し離れた空中。
その一点に、生きたままのぷちラビットがおどおどとした状態で貼り付けられているのだ。
今、ファン君がナイフを突き刺して倒したぷちラビットも、同じような状態で、身動きをほとんど取れなくされたものに、ただ、ナイフを突き刺すという、何というか、訳のわからない方法で倒してしまったんだけどさ。
「えーと……リディアさん、それどうやってやってるんですか?」
「うん? 監督だから、倒さずに倒させる」
「いや、そうじゃなくてですね……」
相変わらず、話が通じているのか通じていないのかよくわからない人なんだよな。
だから、生け捕りにしたって話じゃなくて、どうやってモンスターを空中で生け捕りにできるのかを聞いているんだけどな。
まあ、とにかく、やっぱりこの人かなりの力量のようだ。
使っているのは魔法か何かなのかね?
さっきも、いきなり現れたノーマルボアを『そーど』とか言って、離れたところから切り裂いて倒しちゃったし。
倒した直後に『あ、間違えた』とも言ってたけど。
何だろう。
見た目は綺麗なんだけど、どこか不思議ちゃんな感じなんだよな、この人。
そもそも、ファン君が装備の話で悩んでいたのに、当のリディアさんは、武装らしい武装をまったくしてないし。
どう見ても、冒険者っぽくないぞ?
ひらひらした白いドレス姿で、普通に町の外を歩いているのって、やっぱり、こっちの世界基準だとおかしいだろ?
貴族とかのお嬢さんが散歩しているようにしか見えないし。
でも、門番の人とかにも咎められるわけでもなかったしな。
逆に、古着に着替えた後のファン君が、その格好を見て、一度止められたぐらいだし。
リディアさんの場合、それで大丈夫って認識が定着してるのか?
まあ、実際、戦ってる……って言ってもいいのかは微妙だが、その姿を見ている限りだと、この辺に出てくるモンスターぐらいだったら、余裕みたいだけどさ。
まあ、カミュもシスター服だけだったから、それなりに強ければ問題ないのかも知れないけどな。
ともあれ。
ヨシノさんも、けっこうリアルだから、無難とは言い難いながらも、順調にこの辺りのモンスターを倒しているようだ。
一応、俺とか十兵衛さんもフォローに回ったりしてるし、いざという時は、リディアさんの能力で、モンスターの動きが封じられるので、それで特に問題なく、という感じだ。
何だろうな。
昨日、カミュと巡った時とはまったく別の感覚だよ。
戦闘についてはイージーモードというか。
まあ、十兵衛さんも『最初はこんなもんでもいいだろ』とか言ってるし、それでいいのかもしれないけどさ。
そもそも、ファン君、小学生だし。
一応、もう仕事をしている身とはいえ、さすがにこんな血なまぐさいことはやったことがないだろうから、少しずつ慣れてもらった方がいいだろう。
『解体』に関しては、ヨシノさんが取っていたらしく、彼女がナイフを突き立てて、無事、ぷちラビットとか、ノーマルボアの素材はゲットできていた。
一応、俺も、カミュから教わった解体方法を実践してみせたけど、どうもふたりとも、ぷちラビットの皮を剥いだりするのは、さすがに抵抗があるらしく、得られる素材は少なくなるけど、『解体』スキルの方でいい、ってことになったらしい。
まあ、世間一般の感覚だとそうなるんだろうな。
ふたりとも、この手のVR系のPRGとかも不慣れみたいだし。
「はぁ、はぁ……ありがとうございます! みなさんのおかげで、クエストを達成できそうです!」
俺が色々と考えているうちに、もう一匹のぷちラビットを倒したらしく、笑顔を浮かべるファン君。
クエストの方もそうだけど、借りた分の服代を早く返却したいってのもあるらしい。
だったら、なるべく、遭遇したモンスターは倒していった方がいいだろうな。
収集系のクエストとは違って、討伐系だと独占とかあんまり気にしなくていいって、カミュも言ってたしな。
この辺……特に、『グリーンリーフ』の近くだと、モンスターのリポップも早いみたいだし。
ちなみに、ファン君とヨシノさんが受け取ったクエストも、俺のやつとはそんなには変わっていなかったようだ。
討伐系と収集系は完全に重複していて、商業系が少し違う内容のものがあったぐらいか。
ファン君は、『酒場で歌を披露する』ってのがあったし、ヨシノさんは討伐系のクエストに『グリーンバットの討伐』ってのが追加されていたみたいだし。
どうやら、スキル構成や種族、職業などでももらえるクエストは変化するようだ。
もしかすると、俺の場合、『鑑定眼』を持っていたから、そっち寄りのクエストがあるのかも知れないな。
アイテムには使えないから、普通に受けても失敗しそうだけどさ。
ちなみに、グリーンバットってのは、森の中にいるコウモリのモンスターなのだそうだ。夜行性で、昼間は木々の色を迷彩にして眠っているらしく、もしそれを見つけられたなら、夜戦うよりも簡単に倒せるのだとか。
要するに、敵影察知とか、そっちが必要なクエストなのだろう。
もちろん、夜に普通に倒してもいいらしいけど。
「あ、そうだ。ファン君とヨシノさんがクエスト達成したのなら、もう、全員でパーティーを組んでいた方がいいかも知れないね。そうすれば、パーティーを組んだ全員に経験値が入るようになるみたいだし」
「お? そうなのか、セージュ?」
「はい。昨日、十兵衛さんとの一件の後、カミュがそんなことを言ってましたから」
そうすれば、ファン君があんまり無理しなくても、身体のレベルとかを成長させることができるだろうし。
実際、今の十兵衛さんのレベルって、15ぐらいまで上がっているのだそうだ。
いや、ラースボアの経験値はすごいな。
ファン君とヨシノさんは、俺の言葉に納得して、パーティーを組んでくれた。
ついで、フレンドコードも交換しておいたし。
ただ、その、パーティーの話と、フレンドコードの話をした際、リディアさんが小首を傾げるような感じで、不思議そうな声を出した。
「パーティー? フレンドコード?」
「はい。リディアさんはご存知ないですか?」
「ん。初耳」
え? でも、フレンドコードはまだわかるけど、パーティーって、こっちの冒険者とかでも普通に組んでるんだよな?
システムのことだから話せない、ってことなのか?
そもそも、カミュとかが特殊なNPCだったってだけかも知れないけど。
よし、ちょっと踏み込んだ質問をしてみるか。
「リディアさん、ちなみに、エヌさん、って名前は聞いたことあります?」
カミュが言っていたGMの名前だ。
まあ、さっきのやり取りを考えても、たぶん、知らないんだろうな、くらいに考えていたんだけど。
「ん、エヌは竜種」
「えっ!?」
えっ!? マジで!?
もしかして、リディアさんもエヌさんのことを知ってるのか?
というか、GMさんって、竜種としてこっちに来てるのか?
竜種の中の人というか。
「うん? おい、セージュ、そのエヌってのは誰だ?」
「ぼくらも聞いたことがありませんね」
「ああ、昨日カミュが言ってました。この世界を運営している人だそうですよ。たぶん、SZ社の社員さんでGMさんだと思うんですけど」
詳しくはカミュからも教えてもらえなかったけど、俺が知っている範囲で、そのエヌさんについて、十兵衛さんたちにも説明しておいた。
そのうえで、リディアさんへと再び向き直る。
「リディアさん、エヌさんってどういう人なんですか?」
「どういう……? 竜種は竜種。『はじまりの竜』のひとり」
「『はじまりの竜』?」
また、変な単語が出てきたな。
ただ、どうやら、こっちの世界の中でも重要そうな立場にある竜らしい。
結局、その後もリディアさんに尋ねてみたが、それ以上の詳しい情報については教えてもらえなかった。
一応、情報制限とかがかかってるのかも知れないな。
俺も、その辺を心配して、『けいじばん』とかだと話題にしてないし。
とはいえ、やっぱり、このリディアさんもカミュと同様、ちょっと深い部分のことを知っているNPCで間違いないようだ。
まあ、そうだよな。
迷い人の監督って言いながら、やってることは明らかにオーバーキルレベルの力を使ってるものな。
てか、こっちのNPCさんって、普通に強いな。
モブキャラとか、そっちで収まってる感じの人が少ないし。
「まあ、裏事情を探るのはほどほどにしようぜ。もうすぐ、採掘所だろ?」
「それもそうですね」
十兵衛さんに言われて、ちょっと反省する。
今はこっちのクエストを進める方が大切だよな。
あんまりゆっくりしてると、空腹状態になったりするだろうし。
そのまま俺たちは、採掘所へと歩みを進めた。
リディアは能力的には、かなり強い部類に入ります。
弱点は、燃費の悪さと空腹。
美味しい食べ物をくれる人に懐きます。




