閑話:管理者のたわむれ
《管理者の間》
《少しだけ時間は遡る》
「ねえ、エヌ、条件がそろったようね」
暗くて広い部屋の真ん中で作業をしていたエヌの前に現れたひとつの影。
その姿に気付いて、思わず、エヌが作業の手を止めて。
「うん……? ああ、ゼラティーナか。何か用……? あれ? もしかして、手伝ってくれるの?」
「ええ。構わないわよ? どうせ、今、ひまだし」
声と共に、ゆっくりと色彩を露わにしていく影。
ほんのりと赤みがかった透明な物質。
それがゆっくりと人型へと姿を変える。
現れたのは、長い髪をたなびかせながら微笑む少女だ。
身体の部分には薄衣をまとっただけで、肌のほんのりとした桃色が透けて見える。
彼女の名はゼラティーナ。
エヌにとっても古い、本当に古い友人のひとりで、おそらく、この世界の中でも、特に歴史のある一族をまとめる存在でもある。
と同時に、此度のエヌの『お仕事』の協力者のひとりでもあった。
とはいえ、それはあくまでも存在としての協力であって、直接、エヌの仕事そのものを手伝ってくれるような相手ではなかったはずなのだが――――。
だからこそ、エヌも少しの驚きを持って、彼女の来訪を受け入れていた。
「それに、エヌにとっても、あたしが手伝った方がいいでしょう?」
「いいの?」
「ええ。そうでなければ、わざわざここまで来ないわよ」
「うん、ありがと。それじゃあ、お願いしようかな? もちろん、なるべく負担がかからないように融通はするけどね」
「完全には難しいのよね?」
「そうだね。君の場合は加減してもらえると嬉しいかな? 本気を出されると僕の容量だと支えきれないだろうし」
そう言って、ぶるぶると身体を震わせるエヌ。
もうすでに、作業中に使っていた粘性種の身体から、人間種の身体へと移っている。
さすがに、ゼラティーナの前で粘性種の姿のままでいるのは控えて、気を遣ったからでもある。
そんなエヌの逡巡を知ってか知らずか、少女は無邪気に微笑む。
「別に出しゃばる気はないわよ? ただ、あの子が面白いことになっているみたいじゃない? だから、ちょっと、そういう意味でもお手伝いしたいかなあ、って」
「それが君の望みでもあったんだよね?」
「ふふ」
エヌの問いに、ゼラティーナは笑って答えず。
「それにしても、エヌってば、意地が悪いわね。よりにもよって、あの子の記憶を書き換えたでしょ?」
「あの子って、どの子のこと?」
君、自分より年下はみんな、『あの子』っていうじゃない、とエヌが苦笑するのに対して、ゼラティーナも笑って。
「ご主人様じゃない子の方よ」
「ああ、そっちね……いや、そっちは僕も望んでやったわけじゃないんだって。ちょっとばかり、イレギュラーが重なっちゃってね」
「当然ね。ご主人様、力ならすごいもの」
「まあ、僕もはっきりと身の程を知ったよ」
やれやれ、と肩をすくめるエヌ。
『魔王』の複製ができるかも、と思ってしまったのは、エヌにとっても反省すべき点だったから。
同じ失敗を繰り返さないように、こうやって頼むべき相手には頭を下げるように切り替えたのだ。
まだ、目の前の相手となら、交渉が可能であったから。
「本当はね、彼女の要素をそこに配置したのはクエストの一種のつもりだったんだけどね。まあ、結果として、今、想定以上の効果を発揮してるみたいだし、これはこれで成功だと考えてるよ?」
「ふうん?」
「クリシュナも気付けなかったみたいだしね。ふふ、彼女も『グリーンリーフ』の要みたいなことをしてるけど、だからと言って、住人全部を把握してるわけじゃないし」
「たぶん、あの子と面識がなかったんじゃないの?」
「間違いなく、ね。レーゼさんと知り合ってから、クリシュナ、『中央大陸』の外には出てないから」
だから、入れ替えが成立した。
いや、成立するはずだったのだ、とエヌは内心で嘆息する。
そもそも、ここまでややこしいことをするつもりはなかったのだ。
「……ただ、ラスボスとの決戦に向けて、接点を増やすためだけのつもりだったんだけどねえ」
「あたしに『ゲーム』の話をしても知らないわよ? あたし、『幻獣種』と違って、異界のことなんて見れないんだから」
「まあね」
彼女の言葉に頷きながらもエヌは苦笑する。
知らないはずなのに『ゲーム』の認識があるのは、ゼラティーナもこちらの世界に流れてきたオーパーツに触れているからだ。
スノーも、『この世界』が不思議な世界だと称していた。
複数の異なる世界から要素を受け入れ、それを取り込んでは少しずつ成長していく世界。
それは『種族』であったり、『技術』であったりと様々だが、エヌもひとつはっきりと理解していることがある。
だからこそ、『死神種』が手をかけている、と。
――――と。
エヌが無言になったことで、頬をぷーっと膨らませているゼラティーナに気付いて。
「なによ、もう」
「ごめんごめん、少し別のことを考えてたんだ。それよりも、ゼラティーナが手伝ってくれるのなら、助かるよ。本格的な稼働の前に、いったん、店じまいができるから」
「あの子、幸せになる?」
「なるなる」
エヌの言葉にゼラティーナが破顔して。
「じゃあ、手伝うわ」
「もしかすると、結末次第では『あっち』にも影響があるかも知れないけどね」
「なおさら、良いじゃない」
そう言いながら、ゼラティーナが口からいくつものたまごのようなものを吐き出した。
ぽんっ! と床に落ちて跳ねたそれは、ぷるぷるとしていて柔らかそうな触感をしている。
「もう、あの子のおじいちゃんもいないしね」
そう、ゼラティーナが胸を張って。
「これができるのは、あたしだけ、ね」
「残りのものは?」
「うふふ♪ せっかく、あの子のお城を模したものがあるんだもの。活用しない手はないわよね?」
「いいけど。あんまり、本気にならないでね?」
やれやれともう一度、エヌが肩をすくめて。
「まあ、ある意味、ちょうどいいかもね。本式の『魔王城』にするのもね」




