第419話 農民、アイテムを受け取る
「それでは、今は別行動ということでいいか?」
「はい」
ビリーさんの言葉に俺は頷く。
現状はまだ、確認すべきことが多すぎる。
先程、心の裡に生じた不安は、今もなお解消されずに膨らんだままだ。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、横にいた覆面のおじさん――素顔は白髪交じりの四十代でどこかニヒルでハードボイルドな雰囲気をたたえた感じの――ドロさんが口の端を片方だけあげたまま。
「その方がいいだろうぜ。おめぇと嬢ちゃんが一緒に行動するのはやめとけや。ビリーの旦那とは言うまでもねぇな」
「そうだな。できるだけ関係性を匂わせたくない」
「わかりました」
既にドロさんの腹部に空いていたリディアさんによる傷が完全に癒えていた。
まるで先程の戦闘などなかったような態度に、思わず苦笑する。
ビリーさんやエコさんとはまた雰囲気が違う感じの人だよな。
剣呑な空気を纏っている、という意味でただ者ではない感じもあるけど、どこか人懐っこいというか。
「ま、お前らも色々言いたいこともあるだろうが、多少は目ぇつぶってくれや。嬢ちゃんからもそんな感じで思われてるからな」
「……仕事ですから」
「はは、そういうこった」
と、そんなやり取りのあと、ビリーさんが思い出したようにして。
「そうだな。協力の証として、セージュ君にはこれを渡しておこう」
そう言って、俺に差し出されたものは――――。
「これは――――!?」
「ああ。以前、君に問われた時には黙っていたがな。俺たちが向こうから持ち込んだものだ」
いきなり渡されたものをおっかなびっくり受け取る俺。
そんな俺のことを不思議そうにビーナスやなっちゃんたちも見て。
「……? マスター、何、怖がってるのよ? それを」
「きゅい――――?」
「ぽよ――――?」
いや……そりゃ、びびるだろ。
だって、これ――――。
【武器アイテム:弓矢?】迷い人の拳銃
迷い人が体内に携行していた暗器の一種。魔術機構とは異なるメカニズムによって、筒の前方へと矢弾を飛ばす武器で、一定時間を置くことで、自動的に矢弾が再装填されるようになっている。
「け、拳銃!?」
いや、まあ、戦争系のゲームで架空の銃自体は今までも扱ったことはあるけどさ。
それらとも一線を画す重みというか、うまくは表現できない怖さを伴った何かを感じるのだ、この銃からは。
戦争系のゲームの銃は、やはり、扱いやすさというか、そういう使い勝手がたぶん、実際のそれとは少し違うんだろうな、っていうのを感じさせる部分があるんだが。まあ、それも当然だろう。
その辺の再現にリアルさを求めたら、それこそ、ゲームで兵士を育成しているみたいになっちゃうだろうし。
所詮、戦争系のゲームで扱う武器は、おもちゃの一種、その延長線上でしかないのだ。
にも関わらず。
明らかに、それらと異なり、圧倒的な本物感を感じさせるのが、今、ビリーさんから渡された拳銃だ。
いや、想像していたそれよりも一回り小さいというか。
俺の手のひらにもすっぽりと収まってしまうサイズではあるんだが。
確かに、これを見て、どういうものかわからないであろう、ビーナスたちにとっては、ただの金属の塊にしか見えないのかも知れない。
――――いや。
不意に俺の頭に先程のリディアさんとドロさんの戦いがよぎる。
もしかして……。
「ひょっとして、さっきのドロさんの攻撃手段って……」
「ああ。さっきの嬢ちゃんにはあっさりと防がれちまったがな」
まさか、初見で対応できるやつがこの中にいるとは思わなかったぜ、とドロさんが苦笑する。
その言葉にビリーさんも頷く。
「ああ。先程、セージュ君も見ていた通り、こちらの世界には魔法が存在する以上、絶対的な優位性があるとは言えないだろう。リディア嬢とは別に、さっきまで一緒だった女の子にも通用していなかったようだしな」
あ、ウルルちゃんの『本体』の『物理無効』か。
確かに、そう考えると、拳銃だからと言って、そこまで怯える必要もないか。
いや、というか――――。
「『持ち込んだ』、んですか?」
ビリーさんのさっきの言葉に違和感を覚える。
そもそも、どうやって持ち込んだんだ?
「セージュ君もこの世界に入る際に身体を読み込ませただろう? あの時、肉体の中に武器を収納していれば、それも身体として認識されるんだ」
「ま、堅気のおめぇらとは縁遠い話だろうがな。俺らの前線ではそういうことは普通に行われるって話だぜ」
肌の内側に防弾素材を埋め込んだりとかな、とドロさんが続ける。
まじで!?
もう、改造人間みたいな技術は普通に行われてるのか!?
それはそれで驚きだけど、銃の持ち込みなんかについての理屈については何となくわかった。
「その銃も少し特殊な作りになっている。詳しい技術は伏せるが、イメージとしてはナノマシーンを進化させたものだと思ってくれればいい。時間経過と共に、銃弾を生成して、自動で再装填が可能になる」
「そ、そんなことができるんですか!?」
「はは、『涼風研究所』の成果のひとつだって話だぜ? だから、お偉いさんの多くは――――」
「ドロ」
「あー、悪ぃ。どうせ、巻き込むんならと思っちまったぜ」
ドロさんの謝罪の言葉に、ビリーさんが嘆息して。
「詳しい事情は伏せさせてもらうが、そういうものだと思ってくれ。弾丸は基本六発、条件次第で連射可能だが、そちらについてはセージュ君には難しいと認識してくれ。威力については先程も述べた通り過信しないように」
「ちなみに再装填までの時間は?」
「15分程度だ。早いと見るか遅いと見るかは微妙なところだな」
確かに。
銃弾をいちいち持ち込む必要がないと考えればメリットだけど、逆に言えば、それ以外に再装填の手段がないということでもある。
弾幕をばらまくような使い方はできない、ということだろう。
「でも、いいんですか? これを俺が持っても」
「あくまで、こちらの姿勢を伝えるための証に過ぎないと考えてほしい。こう言った方がわかりやすいかね? 『秘密系』のクエストの一種として認識して欲しい」
なるほど。
要は、この秘密を洩らした場合、クエスト失敗ってことになるわけか。
……そうなると、現実でどうなるかわからないもんな。
その後で、簡単に使い方についてビリーさんから教わって。
「正直、この世界の強者にどこまで通用するかは疑問だが、無いよりはましだろう」
「そうですね、ありがとうございます」
少なくとも、『切り札』がひとつ増えた、と考えて。
ビリーさんたちにお礼を言って、また再び『オレストの町』へと戻る俺たちなのだった。




