第417話 農民、遭遇する
「エコさん、エコさんたちは味方ということでいいんですか?」
「はい。今のはこちらの不手際です」
俺の言葉に、申し訳ありません、と頭を下げるエコさん。
横にいる覆面の男性は、そんなエコさんのことを口元に笑みを浮かべながら見つめている。
いや、というか、傷は大丈夫なのか?
何となく、そのまま治療しないと『死に戻り』そうな雰囲気なんだが。
あ、一応、ここはエヌさんの世界だから、そういうのは大丈夫か。
そんな俺の表情を読んだのか、その覆面の男性がにやりと笑う。
「ああ。俺のことは気にするな。もう傷は塞いだ。後はこれを飲めば解決する」
「えっ……?」
言うが早いか、男が胸元から錠剤のようなものを取り出して、それを飲み込んだ。
気が付くと、胸の部分にあった孔がいつの間にか塞がっていた。
「……もしかして、即効性のポーションですか?」
「いや、そういうんじゃねえよ。ま、世の中、お前らが知らない世界もあるってことさ。堅気の人間があんまり首を突っ込むもんじゃねえ、ってな」
「はあ……」
知らない世界、ねえ。
少なくとも、少し前まで知らない世界に行ってたんだけどなあ、俺も。
ただ、覆面男の言葉に気になる部分があった。
『堅気』って何だよ?
「エコさんたちは、一体何者なんです?」
いや、もちろん、この手のゲームで現実について尋ねるのって、あまり褒められた行為じゃないことはわかってるけど、さすがに気になるからな。
特に、エコさんとこの覆面の人が仲間だとすれば、かなり胡散臭い感じになるし。
先程、男が放った攻撃もそうだし、今のやり取りもそうだ。
俺たちのことを『堅気』って言うあたり、その背景には危険な香りしか感じられないぞ。
「それはですね――――」
「いや、詳しい話は俺の方からしよう」
「えっ……!? あっ……ビリーさん!?」
まただ。
何もなかったはずの場所から突然現れたのは、弓兵のビリーさんだ。
何もない……? いや、今、『精霊眼』で見てみると、その向こうに何か薄い膜のようなものが見えた。
これって……『結界』か?
何となく、ラルさんが生み出していた『結界』の入り口に近い雰囲気を感じる。
ただ、それはそれとして、現れたビリーさんに驚く。
「ビリーさんとエコさんはお知り合いだったんですか?」
「ああ。目的を同じくして動いている同志というべき存在だな」
「同志……? 目的って、何の目的なんです?」
「そのためにもセージュ君に確認をしたい」
そう言って、真剣な表情でこちらを見つめるビリーさん。
「……確認?」
「そうだ。君たちが消息を絶った間の話については、エコの方から聞いた。そのことについて、聞きたい。セージュ君はそれについてどう思っているのか、だよ」
「ちょっと待ってください」
一瞬、ビリーさんが何を言いたいのかわからずに戸惑う。
そのこと、ってことは、『あっちの世界』についてのことだろうか?
ただ、それについては俺の中でもまだ疑問が消化されていないんだけどな。
「どう思ってるかと言われましても……」
「いや、感覚でいい。信憑性が高い話だという認識はあるか?」
「それはまあ……ある気がしますね」
「それはなぜ?」
「そうですね……例えば、今、俺と一緒に来てくれているリディアさんですけど、彼女は向こうの世界の人、らしいですよ? ですよね?」
「ん、そう」
俺がリディアさんの方を見ると、すぐに頷きが返ってきた。
「もちろん、『違う世界』の存在を証明するのは難しいですし、自分が騙されてるんじゃないかって、思うところもなくはないですけど。それでも、俺にそのことを教えてくれた人の多くと接した感じですと、嘘はついてないんじゃないかな、って……直観ですけど」
正直、疑えばキリがないのだ。
エヌさんの言っていることが真実だったとして、一から仮想世界を生み出せるのだとすれば、もうひとつの仮想世界として、別の舞台を用意できる、とか。
その場合、すべてが『ゲームの世界』という風に説明できてしまう。
ただ、何だろう。
死ねば終わる世界とそうでない世界。
命に関する部分での必死さについては、間違いなく感じるものがあった。
もちろん、ゲームキャラとして、そういう風に設定されている、と考えてしまえばそれまでだけど、それにしても、ここまで『生きている』ことを感じさせるのであれば。
それはもう、現実と変わらないんじゃないかな、って。
「だから、俺にとっては、もう異世界は実在するものだと思っているんですよ」
ビリーさんたちには頭がおかしいと思われるかもしれないけど、と付け加えると。
その言葉に一切笑いもせず、ビリーさんもエコさんも頷いて。
「ああ、そうだな。セージュ君の感覚が正しいのだろう。我々も半信半疑ながら、それが『ある』という前提で動いている。さすがにこんなことは大っぴらに公表することなどできないがな」
「おいおい、ビリーさんよ。どういうつもりだ?」
「ドロ、俺の判断は『彼に協力を仰いだ方がいい』だ。少なくとも、彼には『可能性』がある」
「独断専行が過ぎないか? あんたの上には何て言うつもりだ?」
「『触らぬ神に祟りなし』だ。わかっているだろう? 将官より上は『涼風』に染まっている。今のままでは唯々諾々と従うだけで終わるだろう」
目の前で交わされる会話に耳を傾ける。
もしかして、ビリーさんたちって…………。
「あの……ビリーさん、あなたたちは何者なんですか?」
「それについては詳しく知らない方が良い、とだけ言っておこうか。セージュ君は確か、『死神』についても知っているのだろう?」
「あ、はい」
話に出てきた『涼風』さんだろう?
あっちでオサムさんからの話も聞いたし、実在の人物であろうとは思っている。
「だったら、なおさらだ。元の生活に戻りたければ、すべてが終わった後で口をつぐんでいた方がいい。それならば、我々もそうあるように協力できる」
「――――はい?」
いや、ちょっと待ってください?
これって、俺が思っている以上にまずい情報なのか?
……まあ、そうだよな。
ただのゲームじゃないってことは明白だし、詳しいことは語ってくれないけど、ビリーさんたちって、政府の関係者ってことだろう?
改めて、この『PUO』に関する情報がネット上でほとんどやり取りされていないことを思い出して、ぞっとする。
「もしかして、口封じされたり……とか?」
「いや、それよりは内部に取り込む方が早い。むしろ、そちらを選択するのであれば、こちらも所属について説明することもやぶさかでないが?」
「あー……それは結構です」
すでに妙なことに巻き込まれている気がするぞ?
いや、ビリーさんたちに言わせれば、だ。
――――このゲームのβテスターに参加したこと自体が運の尽き、らしい。
いや、それはそれでひどい話ではあるよな。
そう、俺が嘆息していると、横から小首を傾げたリディアさんが。
「でも、セージュ。向こうであれだけのことをしたんだから、仕方ない」
「いや、それは、たまたま俺に適性があったってだけでしょう?」
リディアさんの言葉に俺が必死で反論していると――――。
「知らずに済ませるべきことは触れないでおくとして――――俺たちの目的について、だったな? 簡単に言ってしまえば、この『PUO』を開発する理由、その真意を突き止めておきたい、ということだ。それ以上でも以下でもない」
「あれ……? ビリーさんたちはその理由はご存じではないんですか?」
「残念ながら、我々も一枚岩ではない、ということだ」
そう言って、苦笑を浮かべるビリーさん。
その表情にはどこか疲れも見える。
「これは強制ではない――――と断っておくが、セージュ君にも協力してもらえるとありがたい。こちらもそのための対価を用意するつもりだ」
「対価、ですか?」
「ああ、そうだ」
こちらの問いに頷きながら、ビリーさんが続ける。
「ルーガ君の救出のための協力、そのために必要なできる限りの情報などの提供だ」




