第415話 農民、お城に圧倒される
「これが……お城……か?」
「すごく大きいよねー」
「まあ、あの樹よりは大きくはないわよね」
「いや……『千年樹』さんと比べるなよ、ビーナス」
「コケッ!」
かつては何も立っていなかった空き地。
今は、とんでもなく巨大な建造物が天に向かってそびえ立っている土地。
その、麓部分でお城のてっぺんを見上げる俺たち。
ここは『オレストの町』の北側に位置する空き地だったはずの場所だ。
コッコさんたちとのクエストを経て、『家造り』のクエストが進行中で、コッコさんたちも出入りできるような『家』であり、『宿』を建てている予定の。
思いがけず、あっちの世界へと行くことになった俺たちにとっての認識はそこで止まっている。
にもかかわらず、いざ『町』へと帰ってきてみると、もうすでに『城』が建っていて。
その周囲にはケイゾウさんやヒナコさんを始めとした、コッコさんたちや鳥モンさんたちも集結していて。
一緒に『家造り』クエストを進めてくれていた迷い人さんたちも何人かいる状態で。
だけれでも、入り口らしき、巨大で重厚な扉はふさがっていて。
いざ開けて中に入ろうとしても、びくともしないという状況。
――――さあ、困ったな、と。
リディアさんがエコさんの『匂い』をたどってきた場所がここなので、可能性としてはルーガもこの中に連れ去られたようなのだが……。
だとすれば、どうやって犯人は、この中に入った?
試しに、リディアさんもこの『お城』の扉に向けて、軽く攻撃を放ってくれたのだが。
リディアさんの『しょっと』が弾かれてしまった。
「ん、やっぱり。これ、レーゼの素材」
「これがですか?」
リディアさんの見立てによれば、この『城』は『千年樹』さんの素材が多く使われているらしく。
その素材の弾性によって、攻撃が弾かれてしまったらしい。
というか、よくそんな素材を加工できたよな?
もうすでに、例のモグラさんたちはいなくなってしまっているので、『手順表』の術式がすごいのか、モグラさんたちの技量がすごいのかはわからないけど、そのおかげで、こんな『お城』が建てられているのは間違いないようだ。
魔法とか、精霊術の一種なのかもしれないけど。
『いや、でも、セージュさんたちが来てくれて良かったっすよ』
「そうね。担当者が行方不明になっていたから、私たちも心配してたのよ?」
「うむ、先程、連絡がついて、胸をなでおろしたところだ」
そう言って、俺たちの方を向いて笑うのは、ベニマルくん、アスカさん、リクオウさんたちだ。
他のみんなはこの『お城』をどうにかするために動いているらしい。
なので、『町』へと戻ってきた俺たちに気付いて、案内してくれたのもここにいる人たちとコッコさんたちだったのだ。
ベニマルくんとは向こうでも会っていただけに、少し不思議な感じだけどな。
こっちのベニマルくんは、あっちの記憶は共有していないみたいだし。
存在がそっくりな別人と考えておいた方がいいようだ。
改めて、『けいじばん』に吹き込まれていた内容を踏まえた上で、現状について、色々と確認してみたのだが。
「先程、リディア殿も試されたが、力技でここの扉や壁を壊すのは難しいようだ」
「リクオウさんも試してみたんですね?」
「ああ。俺だけではなく、タウラス神父らにも協力を仰いでな。だが、この有様だ」
「ん、レーゼの素材なら仕方ない。まだ生きていて、『防護』の意に染まってる」
これ、壊すの大変、とリディアさん。
何でも、強度的にはミスリルを上回る状態になっているらしい。
衝撃などの威力を受け流して弾いてしまうため、強い粘性種さんの身体のようになってしまっているのだとか。
「でも、クエストをクリアしたのに入れないのは困りますよね」
「ああ。扉がある以上、手段も存在するだろうとは推測されるがな」
「ですから、今はその手段を探している段階ですね。中に入れなくて、コッコさんたちも困ってますし」
「コケッ!」
「ピヨコ!」
何とかしてあげたいです、とアスカさんが悩まし気な表情を浮かべる。
ちなみにアスカさんがここにいるのは、カミュとの連絡が取れなくなってしまったからだそうだ。
うん。
そっちに関しては、何となく俺たちの方が理由はわかる。
問題は、あっちで起こったことについて、どこまで触れていいのか困るという部分だよな。
もちろん、説明するだけなら簡単なんだけど、どこまで本当だったのか、俺たちも自信が持てないというか。
下手をすると、俺がひどい妄想にかぶれてるように思われかねないし。
こっちに戻ってきた後だと、余計にそう思ってしまう。
とりあえず、ここでは簡単にアスカさんやリクオウさんたちと情報をやり取りして、俺たちの方でも『お城』に入る方法を探していく、という点で話をまとめた。
「うむ、『けいじばん』でもセージュたちの無事については情報が流れたしな。ひとまず、その点については問題ないだろう」
「私も直接会った人たちには伝えておきますね」
「はい、お願いします」
簡単なやり取りの後、俺たちはあいさつに回る場所があると言って、アスカさんたちと別れた。
◆◆◆◆◆◆
「それで……リディアさん?」
「ん、引き続き、エコの後をつける」
「ルーガは『お城』の中にいるんですか? そっちについては『匂い』は?」
「たぶん。ただ、途中からたどれなくなった。だから、別の場所にいる可能性もある」
早々に、アスカさんたちと別れたのは、そういう事情があったからだ。
『お城』についた後、リディアさんによって、エコさんが他の場所へと移動したことを示唆されたのだ。
おそらく、ルーガを追っていったものの、『お城』の中に入れなくなっていたため、別の目的へと行動を切り替えたのだろう。
なので。
今、情報を持っているのはエコさんだろうから、そちらをそのまま追う。
幸いというべきか、そちらについてはリディアさんが探ることができていたので、そのまま後をつけることができたのだ。
ただ――――。
「エコさんが向かったのは町の外ですか」
「ん、そのよう」
軌跡を追いかけているうちに、門から外へと出てしまった。
こちらは町の西側へと向かう道だよな?
何で、わざわざ、エコさんは町の外へ行ったんだ?
ルーガの件は放置して?
いや、もしかすると、身柄を確保できたとか、そういう可能性もあるのか。
そこまで考えて、ふと思う。
「そういえば、俺、こちら側のエリアに来るのって初めてだな」
「確か、『ウェストリーフ』って言ってたよねー」
ウルルちゃんの言葉に頷きを返す。
名前的には何度か耳にした場所だ。
確か、お酒造りの集落があったりとか、今もまだ俺のクエストの中に残っている『塩樹の郷』という場所も、その『ウェストリーフ』にあったはずだ。
とはいえ、今まではあまり縁がなかった場所だな。
「ん、ここから入る」
「……えっ!? ここって、道がないですよ?」
「でも、匂いはこっち」
しばらく道なりに進んだ後で。
リディアさんが示した先は、町から続いていた道から逸れて、そのまま生い茂っている茂みの奥へと入っていくような場所だった。
道なき道というか、細い獣道すら探すのが難しそうな区画だぞ?
「どうして、エコさんはこんな場所に……?」
「わからない」
「あー、でも、セージュ、奥の方に人の気配があるよー? 少し前に通った跡もねー」
「そうなのか?」
ウルルちゃんの『精霊眼』で視えたようだ。
ほんと、精霊さんの『眼』のすごさについては『憑依』中も実感していたからな。
かなり信憑性が高い情報であることは間違いないだろう。
「わかった。このまま進もう」
俺たちはエコさんに会うべく、歩を進めるのだった。




