第412話 それぞれの視点
「……行っちまったな」
「なのです。状況的にまずいというのはピーニャにもわかるのです」
その場に置き去りにされたのは、オサムやピーニャ、それにカミュを含む教会の関係者三人組だ。
もっとも、置き去りにされたというよりは、自ら残った、というのが正しいのだが。
「詳しい話を俺たちも聞いていいのか?」
「うーん……オサムとピーニャ、あんたらはあっちに行く手段がないだろう?」
「そうだな」
「だったら、細かい話より、少しでも『グリーンリーフ』が自浄できるように動いてくれないか? さっき、クリシュナからもらえたんだろ?」
「ああ。『森の守護者』印の『許可証』な。『千年樹の草冠』よりは落ちるようだが、これで大体は問題なく巡れるはずだとさ」
オサムが『老師』から預かった『鱗の御守り』を見せた後で、クリシュナが与えてくれたのが『月狼の冠』だ。クリシュナの体毛で編みこまれていて、それ自体が『グリーンリーフ』の結界を行き来するための鍵にもなる代物だという。
それをカミュに示しながら、オサムが苦笑して。
「ま、俺も向こうで一度死んだようなもんだしな。セージュたちの話を聞いて、懐かしいとは思ったが、それだけだな」
「そもそも、ピーニャたちの依頼はまだ終わっていないのです」
「ふふ、じゃあ、そっちはそれでいいな」
「シスターカミュはどうなさるのですか?」
カウベルの問いに、少しカミュが悩むような仕草を見せた後で。
「そうだな……悪いが、ふたりとも置いて行っていいか? そっちのペースに合わせると時間がかかるんでな」
「戻るの?」
「ああ。今、セージュとも約束したしな」
「僕らも後でついて行こうか?」
「いや……いい。マックスはカウベルについてやってくれ。で、カウベルの方は――――」
「はい。エヌさんのお相手ですね?」
「ああ。割と本気で細かい情報が欲しい。最終的にどうするつもりなのか、とかな。ああ、そうそう――――」
思い出したようにカミュがマックスの方を振り返る。
「マックス、ルビーナ……じゃない方がいいか……ルド経由でいいから、プルのやつとのコンタクトを試みてくれないか?」
「わかった。プル……プルートだったよね?」
「プルート……『死神』のか?」
「もしかして、会ったことがあるのか、オサム?」
「ああ。大分前にな」
「……呆れた交友関係だな、あんた。まあ、いいや。そういうことだ。あたしらだと、あっちにいるスノーと連絡を取るのはほぼ不可能だからな。だから、やれることをやるってこった」
「ダメ元で、だね。あ、オサムさん、一応、会った場所を教えてもらってもいいですか? 可能性を1%でもあげておきたいんですよ」
「わかった、場所は――――」
少しの間、話し込んだ後、カミュたちはそれぞれの目的のために動き出した――――。
◆◆◆◆◆◆
「…………ええと、ここ、どこだろ?」
ルーガが目を覚ますと、そこは大きめな部屋の真ん中に置かれた寝具の上だった。
身体を起こして、周囲を見渡してみると、この寝具がぽつんと置かれているだけで、後は殺風景な、ただ広いだけの空間が広がっている部屋だ。
緑色をした石らしきもので組み上げられた床と壁。
そして、天井も。
それらは、わずかに緑色の光を放っているようで、部屋の中は淡い光に包まれて、窓や照明らしきものがないにも関わらず、少し明るく感じられる。
もっとも、窓がないせいで、昼なのか夜なのかもわからない。
寝具からおりて、床を触ってみると、わずかな温かみを感じた。
そして、緑色の石のようなものはよくよく見ると筋のようなものが走っていて、一見すると四角いタイルのように見えるにも関わらず、すべて模様が異なっていた。
「……これ、石じゃない?」
不思議な素材でできた部屋だと、ルーガは思った。
と同時に、疑問も浮かぶ。
さっきまで、自分はセージュたちと一緒にいたはずなのに、と。
部屋の中にいるのはルーガだけのようだ。
他に人影らしいものはない。
一応、正面には扉のようなものがあるのを見つけて。
ゆっくりと扉へと近づいてみた。
「――――開かない」
鍵がかかっているのか、その扉はびくともしない。
鍵穴らしきものも見当たらない。
どうやら、自分が閉じ込められていることに気付く。
――――と。
「あっ! ルーガにゃんにゃ! 本当にルーガにゃんなのにゃ!」
「――――えっ?」
天井から声がしたかと思うと。
部屋の天井から、降ってくる人影がひとつ。
「ヴェルフェン?」
「そうだにゃ。にゃはは、でも、良かったのにゃ。セージュにゃんとルーガにゃんがどこにもいなくなったせいで、『けいじばん』でも大騒ぎだったにゃあ」
こんなところにいたんだにゃあ、と笑うヴェルフェン。
サティトの家で一緒に居候をしているせいで、ルーガもヴェルフェンのことはしっかりと覚えている。
魔族の猫で、言葉遣いもそういう風に徹しているキャラだとセージュから聞いていたし。
そんな彼女の存在を、ルーガは不思議そうに見つめる。
「ということは、ここって、元の世界?」
「にゃん? 元の世界、にゃ? ルーガにゃん、どういうことにゃん?」
「わたしも上手く説明するのが難しいんだけど……」
「にゃはは、心配しなくても大丈夫にゃ。にゃあもしっかりと聞いて、わからないところは確認するのにゃ」
「うん、わかった。実はね――――」
そのまま、お互いの情報を交換し合うふたりなのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ビリーさん!」
「エコ……戻ったのか」
ここは、エコたちが『PUO』の世界で密かに使っている隠れ家である。
エコの姿を見て、どこか安堵の表情を浮かべるのはビリーだ。
そのことに内心嬉しく思いつつも、エコは続ける。
「しばらく連絡を取ることができず、申し訳ありませんでした」
「ああ。だが、無事を確認できただけでも何よりだ。最悪の事態も想定していたからな」
そう言って、口元に笑みを浮かべるビリー。
だが、その笑みをすぐに掻き消して。
「やはり……行ったのか?」
「はい……正直、どこまでが本当なのか判別はつきませんでしたが、おそらく」
「それもVRではないのだな?」
「この世界と同様に」
エコの言葉を聞いて、ビリーが嘆息する。
「正直、俺たちの手に余る問題のようだな」
「それも確かにそうですが……」
「――――どうした?」
「ビリーさん、私がいない間に何が起こりました? あの建物は一体……?」
「それについては、後で『けいじばん』を見た方が早いぞ。まあ……簡単に説明すると、だ。一部の迷い人の頑張りで、例の『土木系』のクエストが達成されただけの話だ」
「では、まさか……あの『オレストの町』の外れにある巨大な建物は……」
先程まで目にした光景を思い出して、呆気にとられるエコ。
ルーガを誘拐した犯人の後を追ってたどり着いた、その場所に建っていたのは――――。
「――――お城ですか」
「ああ。随分と縦に高いことは俺も驚いた。あんなものが短時間でできてしまうのは、ここがまだゲームの世界である証だろうな」
感心したように言うビリーに対して、エコは首を傾げる。
「よく素材を集められましたね? あれから、まだほんの数日ですよね?」
「そうだな。俺も驚いた。まさかクエストが始まって、四日ほどでだからな」
――――たった四日。
思わず、息を飲むエコ。
そして、その四日というのは、自分たちがあちらに飛ばされた期間と同じことに気付く。
「もっとも、偶然、素材が大量に埋もれているエリアを発見したから、だそうだ」
「発見……どなたが、ですか?」
「ヴェルフェン嬢だ。エコも知っているだろう?」
「ヴェルフェン……確か、あの『室長』の……可能性があるとか……?」
「そうだ」
そう言って、ビリーが真剣な表情で頷く。
「ようやく裏が取れた。あそこの『室長』の妹君で間違いないそうだ。要するに、開発トップの関係者というわけだな」




