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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第10章 グリーンリーフ編
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第411話 急転直下

『――――――!』


 辺りに響いたのは、どこか悲痛でどこか諦観の混じった叫びだった。

 その絶叫と同時に『千年樹』の根と同化していた『毒竜』の姿がゆっくりと薄れて、そのまま空間へと溶けていく。


 元の戦闘が続いてた場所へと戻ってきた俺たちが目にしたのは、ちょうどそんな光景だった。


 クリシュナさんとカミュの攻撃によって、身体を引き裂かれた『毒竜』があっという間に消滅してしまった。


 うん。

 こっちで手伝えることはなかったな。

 ルーガがようやく『狂化』の操作に慣れてきて、その力の暴走を抑え込めるようになって。

 『千年樹(レーゼ)』さんも『狂化』の微調整が可能になったので、後は『毒竜』を倒すだけ、と意気込んで来た時には、あっさりと決着がついてしまっていたようだ。


「これで倒せました?」

『ええ。核を失った状態で、再生もできなくなれば、後は散らすだけでしたから』


 こちらの声かけに気付いて、巨大な銀狼の姿で振り返るクリシュナさん。

 その表情には笑みが浮かんでいる。


『そちらも上手に事を運んでくれたようですね。おかげ様で助かりました』

「まったくだ。最期はあっけなかったが、結構大変だったぞ? 毒性攻撃のオンパレードだからな。こんなのとは二度と戦いたくないな」


 あー、疲れた、とカミュが言いながら、にやりと笑って。


「で? どうだった? セージュたちの方は。『千年樹』は無事だったか?」

「まあ……無事というか、正気は保っていたけど、かなり弱ってるのも事実みたいだぞ?」


 とりあえず、さっきまでの話をカミュたちにも伝える。


『そうでしたか……まだ『緑の手』は使えていないのですね?』

「はい、クリシュナさん。中途半端のままですと、暴走する危険性が高かったみたいです。とはいえ、ルーガも安定してきましたし、『毒竜』の方も倒せた以上はもう大丈夫だと思います」

「ふーん、てことは、このまますぐに、ってことか?」

「ああ。もう一度、俺とルーガはさっきのところに戻るよ」

「うん、約束したからね」

『ええ、お願いします。これである程度は落ち着いたはずですが、レーゼが元に戻らないことには、森の中が今の状態のままですから』


 クリシュナさんの言葉に頷く俺とルーガ。


 ――――だが。


 『毒竜』も倒せて、『千年樹(レーゼ)』さんとも出会えたことで、どこか気持ちが弛緩していたのだろう。


 だから、俺は――――俺たちは、完全に虚を突かれることになった。


「――――っ!? セージュさん!?」

「……えっ?」


 突然、エコさんの叫び声が聞こえて。

 その場にいた全員が異変に気付いた。


「ルーガさんがっ!?」


 ルーガの身体が一瞬、光ったかと思うと――――。


「ルーガっ!?」

「――――っ!?」


 瞬く間に、その場から消えてしまった。


「ん、セージュ!」


 すかさずリディアさんがこちらに示したものは、シプトンさんとの連絡用の『水晶玉』だ。

 そこに映し出されているシプトンさんの顔色も悪くなっていて。


『そっか……ここに繋がるのか』

「シプトンさん!? どうなってるんです!? ルーガに何が起こったんですか!?」

『ごめん、セージュちゃん、やられちゃった』

「……え?」

『誰かによって、『エヌの世界(あっち)』のルーガちゃんの身体が奪われたみたい。おねえさんの『偽体』も操作不能になってるから、壊された可能性が高いかも』

「え……ちょっと待ってください……何で……?」


 ――――どういうことだ?


 俺がパニックに陥りかけていると――――。


「セージュさん、私が追います。セージュさんは、こちらの用をきちんと済ませてから戻ってきてください」

「――――えっ!? って!? エコさん、何を!?」


 俺が止める間もなく、エコさんが自らの胸に持っていたナイフを突き刺した。

 ゴフッとエコさんが口から吐血するのが一瞬。

 その直後、エコさんの身体もまた、ルーガと同じようにそのまま消え失せてしまった。


『セージュちゃん、落ち着いて!』

「いや、落ち着けって言われても!」

『エコちゃんは緊急事態だから、おねえさんが教えた戻り方を実践しただけだよ。あっちにおねえさんの『偽体』を壊した何かがいたとすれば、他のみんなもやられる危険性が高いから。だから、エコちゃんはこっちの『偽体』を壊すことで、向こうに戻ったの。少なくとも、まだセージュちゃんやビーナスちゃんたちが無事ってことは、その何者かの目的はルーガちゃんだけの可能性が高いけど、それだけじゃない場合もあるから』


 だから、エコさんは即座に死に戻った、と。


 ――――そうか。

 こっちで俺たちが死ねば、『PUO(あっち)』の世界に戻ることができたんだものな。

 エコさんは最短で戻るために、今みたいなことをしたってことか。

 いや、冷静に考えると、どれだけの覚悟があったのかと驚くけど。

 この身体が『偽体』であるというのは、シプトンさんの言葉を信用すれば、だけど、もし違った場合とかを考えてしまうと、そのまま死んでしまう可能性もゼロじゃない、とか変な想像をして……それなりに躊躇があるはずだろうに。

 やっぱり、あの人、普通の人じゃなかったんだな。

 少なくとも、あんまりゲーマーっぽくはなかったし。


 ――――じゃなくて!


「シプトンさん! 俺も急いで戻った方がいいですよね!?」

『そうだけど、ちょっと待って、セージュちゃん』

「セージュ、戻る前に、せめて、レーゼに『緑の手』を使うことをお願いします」


 真摯な表情で祈るように俺に対して頭を下げるクリシュナさん。

 横から、カミュも少し渋い顔をしたままで頷いて。


「セージュ、逸る気持ちもわかるが、さっきのエコが言った言葉を思い出せ。もし、あんたがこのまま、あっちに帰ってしまえば、もう一度こっちに来られる保証がない」

「クリシュナさん……カミュ……」

「ルーガのことが心配なのはわかる。だが、今のままだとまずいんだ。遅かれ早かれ、『グリーンリーフ』が滅ぶことになる」

「それもわかるけど……でも、『千年樹(レーゼ)』さん、ルーガの力をうまく操作(コントロール)して、大分良くなってたみたいだけど?」

「それは、違う」

「……えっ?」


 俺の言葉にカミュが渋い顔をして。


「ルーガの例の(・・)能力では回復させることはできない。あれ(・・)はそんなに生易しいものじゃないんだ。たぶん、実際に使っている『千年樹』の方がそのことはわかっているはずだ」

「……そう、なのか?」

「ああ。たぶん、今のままでセージュが来なかったら、この『森』をソフトランディングさせて、そのまま死ぬつもりだったはずだ。あの能力(・・・・)がプラスに転じることはない。何せ、元が『虚界』の力だからな」

『――――っ!? カミュ、それは本当ですか!?』

「ああ。あたしも触れたから間違いない。だからな、セージュ、あたしからも頼む。あっちに戻ったら、あたしも全面的に協力するから、ここは助けてやってくれ」

「……わかった」


 少し頭が冷えた。

 ひとまず、あっちのルーガのことはエコさんに頼むことにして。

 俺は、俺にできることをしてから、あっちに戻る。


 少なくとも、その対価として、カミュがあっち(・・・)のルーガの『危険生物指定』を解除してくれるというのは、決して悪くない話だったから。

 これで、ルーガも向こうで少し自由に動けるようになるだろうしな。


 ただし。


「急ごう。ゆっくりしている時間が惜しい」


 今までのそれ(・・)とは言葉の重みが違う。

 本当に、時間がないのだ。


『ええ。セージュ、背中に乗ってください。一気に進みます』

「お願いします」


 その場に居合わせた他のメンバーを話の展開から置いてきぼりにしながらも。


「ちょっと! マスター! わたしも行くわよ!」

「きゅい――――!」

「ぽよっ――――!」

「ん、一緒に戻る」


 仲間と共に、クリシュナさんに乗って、『千年樹』のところへと向かった。

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