第410話 月狼、決着へ動く/農民、戻る
『オサム、適当に空間を切り裂いてください』
「ああ、わかった」
わたしの指示で、遠くからオサムが長く伸ばした『水の剣』で空間を切り抜くような動作をします。
それによって、『毒竜』がまき散らした毒の粒子が切り裂かれて、毒のない空間が確保されるのを見て、その『道』をわたしが通ります。
『――――!?』
『すでに『鱗』も喪っているというのに……往生際が悪いですよ、ピー』
『狼種』の身体で横をすり抜けるのと同時に、炎を纏った爪で一閃。
『実体』と『魔法体』の同時攻撃です。
この『攻撃』を発するのは骨が折れますが、わたしたちにとって、お互い、それ以外の攻撃は効果が弱いため、やむを得ません。
こちらも『魔法体』を現出させるため、ダメージを受けるリスクが生じます。
『攻撃』ができるということは、『攻撃』をされるということ。
だからこその『狼種』の身体。
『原初の竜』の多くは『狼種』の身体を使わないのですが、慣れれば、かなり便利な身体なのですよね、これ。
短距離、中距離での移動に関しては、『転移』系統の手段を除けば、反動もなしに最も早く動くことができるのではないでしょうか?
下手をすれば、『転移』よりも早いほどです。
もっとも、その分、思考速度も限界まで速める必要がありますので、確かに慣れるまでは思考回路が力暴走する、という意見は傾聴に値しますが。
ですが、それだけで、ひとのことを『物好き』とか『狂的魔学竜』とか言うのは失礼ではないでしょうか?
本当に心外です。
少なくとも、わたしは『原初の竜』の中では、かなりまともな部類に入るはずです。
目の前の男など、この世にあるすべての毒物を取り込んだことを誇ったりもしていましたし、それに比べれば、という部分はあります。
…………そうですね。
確かに『毒竜』もゲテモノ食いではありましたが、性質という意味では悪い『竜』ではなかったです。
他の種族が毒を食べられるように進化すれば、それだけで世界が豊かになる、というのは、かつてのピーの言葉でした。
当時のわたしにとっては、理解に苦しむ発言ではありましたが、それでも『毒』という負の能力で正の成果をあげようと努力していたことは評価しています。
だからこそ、『毒竜』をこのような風にしてしまった『裏切りの竜』には怒りを禁じ得ません。
まったく、あの男はいくつの『原初の竜』を取り込んでいたのでしょうか?
欠番となってしまっているうちのいくつかは、『裏切りの竜』が原因でしょう。
「クリシュナ、あまり攻撃しすぎるなよ?」
『いえ、そろそろ大丈夫なようですよ』
カミュから、ある種の懸念を含んだ忠告が飛んできますが、わたしが感じるところでは、もう既に、悪い作用が取り除かれつつあるのがわかります。
おそらく、先に進んだセージュたちがうまくやってくれたのでしょう。
今のわたしの『攻撃』に対しても、『毒竜』の回復作用がほとんど生じておりません。
いえ、『削り合い』による『攻撃』ですから、本来でしたら生じるはずがないのですよね。わずかながらも回復がなされているのは、『千年樹』から力が流出してしまっているからです。
逆に言えば。
もう既に、力の流出がわずかとなっているのは明白です。
いよいよ、目の前の男が残滓となりつつあるわけです。
『カミュたちも攻撃に加わっても構いませんよ? おそらく、『準備』は整ったと考えて問題ないはずです』
先程のカミュによる攻撃はお見事でした。
『毒竜』による毒を無効化しているのは、カミュの何らかの能力によるものでしょうか?
完全には回避できていなかったのは見ればわかりましたが、にも関わらず、一切被毒していないというのには、さすがに驚かされました。
まったく、セージュといい、ルーガといい、カミュも含めて、『人間種』の中にもこちらの想像を超える存在が現れるのは良い傾向と言えるのでしょう。
その分、『グリーンリーフ』への侵略などに関しては、警戒すべき案件となり得るかもしれませんが、それはレーゼが回復してからの話でしょう。
「わかった。倒してしまっても構わないんだな?」
『もちろんです』
あっさりと『原初の竜』を倒す、と言えるのはさすがですね。
「いいのか?」
『その方が彼のためですから』
カミュはわたしと『毒竜』が同族であることに気付いていますね。
だからこその気遣いなのかもしれませんが、わたしにとっては、レーゼを害する存在と化した時点で、『毒竜』は敵でしかありません。
悔い改めるだけの理性が残っているのでしたら、また話は別でしたが、残念ながら、本当にただの残滓でしたからね。
抜け殻のまま、死竜として彷徨うよりは、『次』の可能性を残した方が彼のためになるでしょう。
このまま、欠番となる可能性も否定できませんが、その時はその時です。
少なくとも、レーゼを傷つけた報いは受けて頂きます。
「ふうん……ふふ、溺愛してるな?」
『わたしの立場としてはおこがましいのかもしれませんがね』
何を言われても、その点については揺るぎません。
では、早く引導を渡して差し上げましょう。
◆◆◆◆◆◆
『あーっ! セージュ、おかえりー』
「ただいま戻ったよ。あー……疲れたー。うん……? 何か、身体がうまく動かせないんだけど?」
『あ、ごめんごめんー。今、ウルルがこの身体の主導権を握ってるからねー。――――はい、これで大丈夫だよー』
ウルルちゃんが謝る声が響いて。
ようやく、身体の自由が戻ってきた。
ってか、『憑依』状態だと、こういうこともされ放題か。
うん、結構怖いな。
いつも、ウルルちゃんがおとなしくしてくれているのも、ウルルちゃんのさじ加減ってことなんだろうな。
『意識がある時は、身体の負担が大きいからやらないよー。ところでセージュ、ルーガはまだ寝てるのー?』
「ああ、ルーガのやつはレーゼさんと最終調整中だな」
その間に、状況を説明するためにも俺が一足先に戻ってきたってわけだ。
やっぱり、覚醒したあとだとよくわかる。
意識の中だけとはいえ、いや、意識の中だけだからこそ、あれだけの力の操作をし続けたせいで、身体の方にもかなりの負担が残っているようだ。
さっきまでに比べて疲労感が半端ない。
空腹ではなくて、純粋に身体を動かすのがだるいのだ。
全力疾走を繰り返した後のような、全身筋肉痛みたいな感じのだるさが延々と残っているというか。
魔力やあの『力』の操作は、かなり骨が折れる作業だったようだ。
「セージュさん、どうでしたか? 『千年樹』さんとは無事にお会いできましたか?」
「はい、カウベルさん。そちらは問題なく行きましたよ」
ここまでの流れを簡単にカウベルさんやリディアさんたちに説明する。
「そうでしたか……ふふ、ルーガさんも大丈夫でしたか」
「ええ。これでようやく、ですね」
うん。
間違いなく、ここまで来た甲斐があったというか。
まだまだ完全とは言えないけど、ルーガの『狂化』の副作用がかなりの精度で抑え込めるようになったのだ。
これで、無作為での暴発は防げるようになったはずだ。
うん……本当に良かったよ。
だから、後は。
「『毒竜』の方さえ何とかできれば、『千年樹』さんに『緑の手』を使ってもらうこともできそうですよ」




