第409話 農民、狩人少女と特訓を続ける
「そうです。『そこ』から力を吸い出して、その場に留めた後、循環させるようにします」
「うわ!? 難しいよっ!?」
「……かなり、魔力の消耗が激しいですね」
レーゼさんの指導の下、早急に『狂化』の能力を使いこなすべく、特訓を続けているルーガ。そして、なぜか俺も。
「なぜか、ではありませんよ。セージュちゃんもルーガちゃんの僕である以上、パスが通じていますから。ですから、ルーガちゃんの補助ができるのですよ」
ということらしい。
どうやら、『魔王』の力ってのは、単独で使うことを前提とされていないようなのだ。
部下がいっぱいいることで、その強大すぎる能力を操作できるようになるらしい。
独力でも強いからこそ、『魔王』じゃないかな? と思ったんだけど、それは俺の中のイメージに過ぎないようだ。
「もちろん、ひとりで使いこなせるに越したことはありませんよ? ですが、ルーガちゃんの場合、そのためには明らかに経験が不足しています。少なくとも、短期間で一足飛びに熟達するのは難しいでしょう」
そう言いながら、レーゼさんが苦笑する。
必死の形相で己の能力と格闘しているルーガを温かく見守っている、というか。
今もレーゼさんのサポートがあるからこそ、こんな力の奔流の真っただ中にあって、辛うじて、ルーガも俺も力を暴走させずに済んでいるのだ。
レーゼさんに言われた方法は、簡単に言うと、『A地点』にある『力の泉』から力を吸い上げて、『B地点』へと送り、その『B地点』で量と質をコントロールしつつ、一定量を蓄えたのちに、ゴールである『C地点』に向けて、安定して流していく――――という感じのものだ。
イメージとしては、複雑な迷路の中にある正しい道のりに沿って、バランスよく力を流して回路を作る、という感じだろうか。
慣れてくれば、自分で自在に迷路を作って、力の移動ができるようになってくるらしいけど、今は自然にあるものを利用するしかない、と。
俺とルーガが悪戦苦闘しているのも、力の操作に慣れていない点だ。
「ええ。本来でしたら、引っ張り合いで消費する分の魔力も『そこ』から補うことができるはずです。ですから、今はまだ無駄が多すぎるということですね」
「うー……あっ!? ごめん、セージュ!? 吸い過ぎちゃった!?」
「あー、了解。これを細く、細く――――だな?」
どうやら、大本の『力の泉』が膨大なところらしく、ルーガもなるべく、少なく力を吸い上げたいのに、ちょっとした加減で流れ過ぎてしまうのだとか。
あんまり、力が強すぎると、迷路を流す時にその迷路そのものを壊してしまうので、そうならないように、俺のところで水道の蛇口をひねる感じで、水量を細く細くしていく。
というか。
知らないうちに、自分でも自然と魔力の操作の仕方がわかってきていることに驚きだ。もちろん、今はレーゼさんの補助があるということも知っているが、今まで『土魔法』を使って、色々とやってきたのは無駄じゃなかったんだな。
「ええ。セージュちゃんの方が筋はいいですよ? 『人間種』の方でしたら、ここまで魔法を操れるということは誇ってもいいと思います。どこかで使い方を習いましたか? それとも、セージュちゃんがいた世界は、魔法に精通している『人間種』が多かったのでしょうか?」
「いや……どうでしょう?」
感心しているレーゼさんに問われたものの、俺自身の実感としては、使い方を教わったという感覚は薄いのだ。
そもそも、あっちの世界には表向きは魔法なんて存在しないし。
いや、クレハさんたちの話を聞いたあとだと、ひっそりと魔法使いが存在してもおかしくないかも、とは思ったけど。
「そうなのですか? この作業中に、わたしと話をしながら集中もきれていない、というのは実はすごいことなのですけど」
「そうですか? でも、俺……エヌさんの世界で補助付きのスキルをもらっただけですから……あ、もしかして、それが原因かも?」
「つまり……慣らしの世界、という位置づけでしょうか?」
言いながら、レーゼさんが黙考する。
ふむ。
俺も何となく、だけど、今のレーゼさんの言葉が正しい気がする。
未だに『PUO』をゲームと称して開発した人たちの意図ははっきりしていないけど、何となく、今、レーゼさんが言った通り、魔法とか、スキルとか、こっちの世界の事柄について、慣れるというか、身体に馴染ませる意味があったんじゃないか、って。
それに。
こっちで出会ったオサムさんからも似たような話を聞いた。
例の『涼風さん』はこっちの世界に人材を送り込むことを画策している節がある、って。
だとすれば、俺が自然状態で魔法を使えるようになりつつあるのも、『計算通り』の可能性もある。
まあ、その辺の思惑はどうあれ、今の俺にとっては、ルーガが能力をコントロールする手助けができるので、十分役に立っているという認識だ。
あとは、ルーガが『狂化』の能力をある程度コントロールできるようになったら、次のステップに移ることができる。
今のままだと、どう影響を及ぼすかわからないとレーゼさんにも言われて、棚上げになっているが、ルーガが『狂化』を己の支配下へと置けるようになったら――――。
――――ルーガを介して、『緑の手』をレーゼさんと共有する。
元々、クリシュナさんが狙っていたのは、これだ。
俺が『千年樹』さんに能力を使うのも手段のひとつではあったけど、元々の力……魔力を含めた諸々の能力値では、レーゼさんの方が遥かに強大なので、そっちのやり方の方が無駄が少ないだろう、という話になったのだ。
幸いというか、そのためにも打ってつけな能力をルーガが持っていたしな。
――――だから。
「ルーガ、もうちょっとゆっくり」
「うん! 同じ量を同じだけ、だね!」
今は針の穴に糸を通すような、繊細な力の操作を身に着けるのが先決だ。
俺も、ルーガも。
そうすることで。
「この迷路の『循環』を進めることで、『毒竜』にも影響があるんですよね?」
「ええ。おふたりにお願いしているのは、そのための作業でもありますから」
レーゼさんの力を末端まで届けることで、『毒竜』の存在を昇華させるのだ。
あの『毒竜』は、レーゼさんによると『力の泉』に残った残滓のような存在らしい。
そのため、生きていた頃の意志などもなく、ただ、現世へやってきた場合、意思なきモンスターと化す、のだと。
たぶん、俺たちが前に遭遇した『鎧』と同じような感じなのだろう。
宿った残滓を『小精霊』が具現化して、現出させた存在。
結局、あの『毒竜』も気の毒な存在なのだろう。
だからこそ。
「さっさと成仏させるのが優しさってことですか」
「そうなりますね」
亡霊退治。
そのためにも、つながったままの状態で、この作業を続ける俺たちなのだった。




