第408話 一方そのころ
「セージュたち、なかなか戻ってこないねー」
「きゅい――――!」
「そうですね。無事、出会えていると良いのですが。あ……ウルルさん、あまりセージュさんの身体を『千年樹』さんから離さないでくださいね? 『中』に入る場合、離れすぎますと、『同調』が切れることがありますので」
「はーい。わかったよー、カウベルー」
カウベルからの注意に対して、セージュの身体を自在に動かしながら、普通に声を発するウルル。
その姿を目にして、改めて、カウベルが苦笑を浮かべる。
「それにしても……意識がないかたの身体に精霊さんが『憑依』した場合、そういうこともできたのですね?」
「うんー。おかあさんも気にくわない相手だったら、『乗っ取っちゃって』もいいって言ってたよー? それでひどい目に合わせれば、大抵は懲りるからって。あー、でも、シモーヌは無理なんだよねー。だから、精霊種と相性が良すぎれば、失敗することもあるかもねー」
「相性が『悪すぎれば』ではなく、『良すぎれば』、なのですね? なかなか興味深いことを教えて頂き、ありがとうございます」
「あっ!? これ、秘密だったかもー? 内緒でお願いねー、ばれたら、またおかあさんに怒られるー」
「ふふ、ご心配なく」
セージュの姿で、その表情であわわとなるウルルに、にっこりと微笑むカウベル。
そんなセージュの頭の上には、なっちゃんが乗っている。
後は、静かな表情をたたえたまま、目の前の話を黙って聞いているのがリディアだ。
そのリディアの手のひらには、クリシュナより預かった『魔女の水晶玉』が握られていて、その水晶玉のピコンピコンと点滅を繰り返している。
点滅は、水晶玉が魔女であり、本来の持ち主であるシプトンとつながっていることを示している。
彼女たちがいるのは、『聖域』の地下空洞の中でも、本当に中枢に近い場所だ。
『毒竜』がいるエリアから、更に奥へと小一時間ほど進んだ場所。
そこまで進んで、ようやく、『毒竜』の影響がほとんど見られない『千年樹』の太い根が張り巡らされているところまでたどり着けたのだ。
カウベルたちが予想していた以上に、『毒竜』による『寄生』の影響は色濃く出てしまったいるようだ。
それは、『水晶玉』を通して、こちらの様子をうかがっているシプトンの言葉からも、その場にいる全員に伝えられていた。
『まあまあ、セージュちゃんはウルルちゃんが操ってるし、ルーガちゃんもただ寝てるだけに見えるけど、たぶん、今も頑張ってるからねー。大事なのはふたりが襲われないように護ることかな?』
「ん、カウベルが一緒だと、モンスターが静か」
「きゅい――――♪」
「ふふ、それが私の取り得ですからね」
『毒竜』にこそ、効きが弱かったが、それでも『慈愛』の敵性無効は絶対的な効力を発揮している。
少なくとも、先程の地点から奥へ進むのにあたって、新たな襲撃を受けたことが皆無であったことからもそれはよくわかる。
なっちゃんが『すごいすごい♪』と騒ぐのも当然の話だろう。
それでも、リディアは臨戦態勢を解いていないし、周囲への警戒を続けている。
どちらかと言えば、敵を警戒というよりも、『千年樹』の暴走を警戒している、と言えるのかも知れないが。
「こっちは静かだけどさー、あっちは大丈夫かなあ?」
『まあ、おねえさんから見てもそれなりの戦力が集まってたからねえ、たぶん、何とかしてるんじゃない?』
「ですね。少し心配ですけど、シスターカミュやマックスさんの他にクリシュナさんたちもいますから。身体さえ癒えてしまえば、あの方でしたら、そうそう遅れは取らないでしょうし」
『ふーん……やっぱり、カウベルってば、クリシュナについて、正確に認識しているんだね?』
「仮にも『教会本部』の所属ですから。それに、彼女のことをよく知る方の窓口をしていますからね。ふふ、こちらこそ、こういう形ではありますが、『予知の魔女様』とお会いできて光栄ですよ」
『あー……あんまり持ちあげるのはやめて欲しいかなあ? おねえさん、そういうのむずかゆくなっちゃうの』
『魔女』は『恐怖』と『正体不明』、それに『厄災』ぐらいに思われているぐらいがちょうどいい、とシプトンが苦笑する。
『ぶっちゃけねー、下手に『魔女』が頼りになるって流布されると困るんだよねー。だから、今ぐらいがちょうどいいかな? お気軽に『我が国のためにアイテム袋を量産せよ』みたいな寝言言い出す馬鹿が現れたら、『おともだち』を連れて潰しに行くよー、って。うん、そのぐらいが無難だね』
「ふふ、物騒ですね。『おともだち』ですか」
『いや、一応、これ、カウベルのとこへの警告だからね? そういう話が来てるって子が何人かいるんだから』
「はい、すみません、こちらの不行き届きですね。気を付けます。ふぅ……本当はシスターカミュが仕切れば良いのでしょうが、そういう性格ではありませんしね……。『三賢人』の方々を始め、『中枢』の方はどなたも状況を上手に利用することばかりを考えておりますし……」
『うん、それはわかるから。どこも大変だね、組織が大きくなると』
「まったくです。最悪、こちらも覚悟しますので、敬虔な信者の皆様は巻き込まないようにして頂ければ助かります」
『ふふ、『いっそ潰してください』って聞こえるねー?』
『怖い怖い』、とシプトンが『水晶玉』の向こう側で笑って。
『…………ここ、平和だねえ』
「静かですね」
「ん、穏やか。近づいてくる魔獣もいない」
「うーん……セージュー、ルーガー、早く起きてー」
『森』に吹き荒れる大嵐の、その一番の中心はある意味平和だった。
◆◆◆◆◆◆
「いや! 全然平和じゃないからな!?」
「なに、戦いながら、いきなり怒ってるのさ、カミュってば」
「いや、何となく、人の気も知らない空気を感じたから、愚痴っただけだ」
マックス相手に言い返しながら、『毒竜』の『毒の息』を『風魔法』でいなすカミュ。
現在、『毒竜』との戦闘は拮抗を続けていた。
一応、戦力的には攻勢を強めれば、あっさり仕留められるのではないかと思えるほどの戦力がこの場には残っているのだが。
現状、下手に攻撃ができなくなっているせいで、それもままならないのだ。
一応、戦いの主導はクリシュナの手へと切り替わっているので、先程に比べればカミュも少し余裕が出てきてはいるのだが――――。
「ったく! クリシュナが本気になった途端に、手加減がなくなりやがって! 何なんだ、あいつ!?」
「どうやら、『原初の竜』で同族同士だと、その辺の遠慮がなくなるみたいだね」
「見ればわかる! それよりも――――おいっ! ビーナスとかみかんは無事か!? ちゃんと身を守る行動をしろよ!?」
「わかってるわよっ! ほら、みかん、『苔』!」
「ぽよっ――――♪」
せっせとこの辺りの地面に生やした『苔』をみかんに与えているビーナスを見ながら、カミュが再度嘆息する。
「はぁ……こんな坑道内で無茶しやがって。余波がひどいぞ?」
今も、少し離れた前方では、『月狼』の姿へと戻ったクリシュナが『毒竜』に対して攻撃を続けている。
それに対する反撃で、『毒の息』やら、『毒の胞子』やらが巻き散らかされて、そちらへの対応に手を割かれている状態なのだ。
『息』は退けつつ、早々に無力化。
『胞子』は炎などを使って、焼却消毒。
今となっては遅いが、リディアをこの場に残しておけば良かったとか、逆にビーナスやみかんたちも連れて先に行ってもらった方がよかったとか、色々な思いがカミュの中にもある。
……まあ、ビーナスの『苔弾』、まさか『毒竜』にも通用するとは思わなかったしな。
ダメ元で試した結果、きっちりと『毒竜』を『麻痺』状態まで追い込むことができたので、これは使えるということでビーナスたちにも残ってもらったのだが。
「冷静に考えると異常だよな? ビーナスの『苔弾』」
「うん。『原初の竜』相手に効果があるのは驚きだよ」
「いや、まあ、そっちはあたしも見てたから知ってたけどさ」
一応、クリシュナ相手でも通用してたし、もしかしたら、とは思っていたのだが、まさか、との思いは強い。何せ――――。
「たぶん、『毒竜』って、『麻痺』特性もあるよな?」
その『耐性』を突破するってどんだけだと思う。
ルーガはルーガでただものではなかったが、ビーナスも実は結構大概な気がする。
こんな状況でも『陣地形成』をパッパッと行なっているし。
とはいえ。
感心している余裕は実はあまりない。
クリシュナ相手に本気を出しているせいか、『毒竜』の周りの魔素濃度などにも影響が出始めているのだ。
このままの状態が続けば――――。
「……まずいかもな。セージュ、ルーガ、頼むぞ……」
拮抗状態を改善するための一手。
それが功を奏することを、内心で祈るカミュたちなのだった。




