第407話 農民、千年樹と相談する
「えっ!?」
「ルーガの……ですか?」
「はい、そうです」
レーゼさんより提案されたお願いというのは、俺たちにとって少し予想外なものだった。
「ルーガちゃんは『魔王』の血統……あるいはそれに準ずる種の人ですよね? でしたら、特に驚くようなお話ではないと思いますが?」
「いえ、あの……レーゼさん、ルーガは実は自分のことに関する記憶が曖昧でして」
「あら、そうでしたか?」
「うん。だから、それはどういうこと? 下支えする?」
「ええ、ですから、わたしを正式にルーガちゃんのしもべという扱いにしてもらいたいのです」
一瞬、レーゼさんが何を言っているのかわからなかったぞ?
この『森』の王でもあるような『千年樹』さんが、わざわざ、ルーガのしもべになりたいって、どういう冗談かと思ったよ。
えーと……?
それって、つまり……?
「『魔王』のもとに下りたいってこと……ですか?」
「厳密に言えば違いますが、立場上はそうなりますね。ルーガちゃんは特別な存在かもしれませんので、いわゆる普通の『魔王』と比べるのはおかしいのかもしれませんが、通常の場合、『魔王』という存在が生まれた場合、必ず、運命を共にするべく友、あるいは教育係が就くのですよ」
「そうなの?」
「ええ。そうでなければ、淘汰されてしまいますから。おふたりは『統制型』と呼ばれる能力持ちについてはご存知でしょうか?」
「あ、はい。それは」
「クリシュナさんから聞いたよ」
確か、ルーガの『魔王の欠片』のスキルがそれだって聞いたな。
配下の者の能力を行使できたりとかする能力。
要は、『王』として『臣下』の能力に何らかの影響を与えるのが『統制型』だったはずだ。
「そうですね。その認識で正しいです。ですから、逆に言ってしまえば、『魔王』という存在は、生まれながらの自分で獲得した能力というのは、それ以外には存在しえないのです。裏を返せば、だからこそ、それほどの強大な能力を持ち得る、ということでもありますがね」
ここまではよろしいですか? というレーゼさんの問いに俺もルーガも頷く。
「ですから、『魔王』の力が未熟である場合、必ず介添えの者がいるはずなのです。力を補うため、支えるため、いざという時に護るために。ルーガちゃんも『迷い人』として飛ばされてしまったのでしょう? ですが、それ以前で誰か思い当たる存在はおりませんでしたか?」
「もしかして……?」
「ルーガのおじいちゃん、か?」
「おそらく、その方ですね。『守り人』、あるいは教育係としてのしもべです。でしたら、その方は相応の実力者でしょうね」
「なるほど……ルーガ、そのおじいちゃんの名前とか思い出せたか?」
「まだ、思い出せないよ……そもそも、おじいちゃんとしか呼んでないと思うし」
「それも仕方ありませんね。あるいは、ルーガちゃんは今の『魔王』とは別の存在として生まれてしまったのかもしれませんし。それでしたら、記憶に引きずられない方がありのままですよ」
少なくとも、今の段階で悩んでいても答えが出ない問題のようだ。
ここで大事なのは、ルーガとレーゼさんの関係の方か。
何となく、ようやく話の流れがわかってきた。
「つまり、レーゼさんがやりたいことは、ルーガのしもべになることではなくて、『教育係』としてルーガを教えたい、ってことですか?」
「ええ。そうなりますね」
俺の言葉にレーゼさんが頷く。
「クリシュナちゃんから、力の使い方について、きっかけのようなものは教わったようですね? それに先程も何かをしていましたか? ここ数日に比べますと、今日の方が『狂化』の操作がしやすくなりましたから」
「あ、うん。でも、そっちは内容に関しては内緒」
「そうなのか?」
「うん、セージュでもダメって。そもそもしゃべれないから」
へえ、ルーガはルーガで色々と頑張ってるんだな?
まあ、事情もありそうだし、秘密ってことなら、無理には聞かないけどな。
それよりも。
さっきから、レーゼさんが言っていることは重要なことだ。
「『狂化』ってコントロールできるんですか?」
「できますよ。元となる力がかなり特殊ですので、わたしも慣れるまで苦労しましたし、今も完全には掌握できていません。ですから、ルーガちゃんへの指導が大切になってくるわけです」
元となる力がぶれている分、より悪い影響が及びやすくなっています、というのがレーゼさんの談だ。
「そもそも、『狂化』ってどういう能力なんです?」
「何らかの不具合と引き換えに、己の限界以上の力が出せるようになる能力、だとわたしは感じています」
「何らかのデメリット? それは意識がおかしくなったりとか、ですか?」
「そちらもそうでしょうね。わたしの場合、感情の揺らぎについては、己の外側から捉えることができますので、そこまで影響を受けませんでしたが」
どうやら、レーゼさんには喜怒哀楽に影響を与えるような攻撃は、ほとんど通用しないようだ。
だからこそ、ビーナスたちのようにおかしくなったりはしていない、とのこと。
いや、それにしては、『森』の方の様子が尋常じゃなかったけど。
「レーゼさん、『森』の方の『領域循環』は暴走ではないのですか?」
「ある意味、暴走ですね。先程も言いましたが、限界以上の力を操作するのは、かなり骨が折れるのです。『循環系』の安定のために、ちょっと微調整したつもりが普段ではありえないほどの被害になってしまうため、申し訳なく思っています」
自嘲気味に詫びるレーゼさん。
そういうことか。
『狂化』を受け入れることでメリットもあったみたいだけど、その分の反動もあったってことだろうな。
まあ、思っていた以上に『千年樹』さんが冷静で助かったとも言える。
これなら、クリシュナさんやベニマルくんも喜んでくれるんじゃないかな?
――――あ。
そうだ。周囲の雰囲気がふわふわしてたから、その空気に飲まれてた。
今、外の方はそれどころじゃなかったんだ。
「レーゼさん! 今も外ではクリシュナさんたちが『毒竜』と戦っているんですよ。そちらの方を早急にどうにかしないと!」
「ええ。そちらも、ですね」
だからこそ、とレーゼさんが俺たちに対して頷いて。
「ルーガちゃんの頑張りにもかかってきます」




