第405話 農民、遠くから戦いを見つめる
『ふえぇ、カミュって、あんなに強かったんだー?』
「すごいよなあ。あんなにでっかい蛇の頭を素手でどつきまわしてるし」
感心しているウルルちゃんに俺も頷く。
うん。
カミュが強いってことは薄々気付いていた。
たまたま、これまでに全力で戦ってる姿ってやつをほとんど目にしたことがなかったってだけだ。
どっちかって言えば、一歩引いて様子を見ていることが多かったからな。
俺たちにそういうのは任せていたというか。
俺が見た中で、明らかにすごいって思った時は、十兵衛さんをあっさり倒してしまった一瞬とか、『無反動』ってやつで何が何やらわからないうちに地面に転がされた時ぐらいだけど、周囲からも一目置かれてたし、まあ、強いんだろうなあ、とは思っていた。
その想像の上を行ったけどな。
「『精霊の森』でも片っ端から、襲ってくるモンスターさんを倒してたよ?」
「あー、そういえば、ルーガは一緒に戦ったことがあったんだっけ? ――――あー、また、でかい蛇の頭が上に跳ねた」
「ん、天井にめり込んだ」
衝撃で、坑道の中全体が揺れる。
おおっ!? 近くの鍾乳石が落ちてきたぞ!?
結構、ハラハラする攻撃が多いのだ。
さっきのベニマルくんやピーニャさんの極大な『火魔法』もそうだったけど。
こんな場所で大掛かりな炎を生み出すのには、本気でびびった。
リディアさんの『見えない壁』みたいなのがなければ、こっちまで丸焦げになってたんじゃないか?
「大丈夫なのですよ。『火魔法』を上級まで修めていれば、閉鎖空間でのコントロールも可能なのです」
『そうっす。標的範囲部分だけ、威力増大っす』
「……ちょっと。それ、わたし、知らなかったんだけど」
ピーニャさんたち、誇らしげに胸を張るのはいいけど、横でビーナスがむすっとしてるぞ?
まあ、一歩間違えていれば、フレンドリーファイアだったんだから、それも仕方ないんだろうけど。
ともあれ。
それだけの『火魔法』集中攻撃で、一度は大炎上した『毒竜』だったんだけど、その直後に見る見るうちに回復してしまった。
焼けただれたようになっていた全身の鱗の表面があっという間に再生してしまうのは、さすがにびっくりした。
何となく、みかんの特性に近いような。
「ぽよっ――――!」
でもみかんの場合、身体がちっちゃくなるからなあ。
話には聞いていたけど、『竜種』のすごさがよくわかる。
まあ、なあ。
ドラゴンだものな。
見た目はどこからどう見ても、蛇と木の根っこが混じり合った謎生物だけど、それでもドラゴンだもの。
弱いはずがないよなあ。
……よくよく考えてみると、すごいよなあ。俺、別の世界とはいえ、普通にドラゴンと戦うパーティーの一員になってるもんな。
今はあんまり役に立ってないけど。
「仕方ないわよ、マスター。だって、あれ、『土魔法』を吸収しちゃうんでしょ?」
「きゅいきゅい!」
そういうこと。
『土魔法』と『水魔法』がどっちも吸収されちゃう上に、近距離だと毒による多彩な攻撃を放ってくるらしいので、本気で俺、役立たずなのだ。
根っこの部分なら、『緑の手』も有効かな?
でも、毒がひどいとなるとちょっと厳しい。
一度、猛毒でぶっ倒れてるしな。
そう考えると、至近距離で平然と戦えているカミュの謎能力がすごいんだよな。
横で支援してるマックスさんも、なるべく距離を取るようにしてるし、こっちもリディアさんの対応や『精霊眼』で毒の動きを見ていると、いきなり攻撃がなされたりもするので、本当に油断できない敵なのだ。
……これでも、クリシュナさんに言わせると『原初の竜』の中では弱い方、なのだからびっくりだよなあ。
ちなみに、そのクリシュナさん、今は大学生ぐらいの見た目になっている。
クールビューティなモデルさんって感じの。
ちっちゃい幼女型の時に比べると、笑顔に鋭さのようなものが混じっているので、ちょっと迫力があるし。
ともあれ。
カミュが色々と試しながらも、焦って倒そうとしないのもクリシュナさんの回復待ちって理由があるからだろう。
『月狼』の身体になったクリシュナさんなら、ほぼ無敵状態みたいだし。
戦力的にはリディアさんも強そうだけど、そっちに参加してしまうと防御の方が弱体化してしまうので無理はできない感じのようだ。
「ん、一瞬で倒せればいいけど、少し難しい。お腹もすくし」
もう少し食材に余裕があれば、無茶ができたんじゃないか、ってのはオサムさんの談だ。
所持している食材の量で、リディアさんの戦力が上下するのな。
――――と。
前方で戦っていたカミュがこちらを振り返って。
「セージュ! ルーガ! 何か違和感ないか!?」
そう大声で叫ぶカミュ。
「違和感?」
「毒の発生パターンが変化した! それに回復の流れがおかしくなった!」
と、カミュの叫び声が続く中、マックスさんだけこちらへと戻ってきた。
「カミュから伝達だよ。何かを感じないか、って。セージュ君たちだけじゃなくて、『グリーンリーフ』の人たちもね。『毒竜』の力の吸い上げ方がおかしくなっているらしいんだよ」
「吸い上げ方?」
「うん。『竜種』と今までに戦ったことがある人っている?」
「それでしたら、オサムさんたちが」
「うんうん、ちなみに倒せた?」
「いや、俺たちの時は、途中で『老師』が止めに入ったから、命を奪うとこまでは至っていないな」
「なるほどね。じゃあ、一応補足ね。『竜種』を倒すのって、簡単に言うと『複数ある命を延々と奪っていく』感じなんだ。その辺は『幻獣種』も同じかな? 『妖怪種』の一部もそんな感じだし。一度ぐらい、致死のダメージを与えても死なないんだ」
だから、それらは『最強種』と呼ばれている、とマックスさん。
うん。
『竜種』については似たようなことは聞いたな。
ただ、マックスさんの説明だと、どちらかと言えば、それらの種族は『残機』をいっぱい持っている、って認識の方がわかりやすいようだ。
「でね。今の時点で、カミュが『毒竜』に対して与えた、致死性の攻撃は二十回以上。延々と倒しては再生する、ってサイクルに突入したんだけど、ここ一、二回の時にちょっとそれがおかしくなってきてね。今は見合わせてる状態かな? ねえ、森の守護者のクリシュナさん? ……って、随分、さっきより大きくなったね?」
「身体の大きさは気にしないでください。それよりも話の続きを」
「うん。カミュが最初に嫌な予感、って言ってたの覚えてるよね? その予感が多分的中してる。『あれ』、死んだあとに蘇生するためのエネルギーを『千年樹』から補っている可能性がある」
「――――っ!」
マックスさんの言葉に緊張が走る。
「うん。だから、通常の『竜退治』のやり方だとまずい。下手をすると、『千年樹』も巻き添えにしかねないからね」
だから、とマックスさんが続けて。
「セージュ君とルーガちゃんね。君たち、先行して、もっと奥で『千年樹』と接触した方がいいんじゃないか、ってカミュが言ってるんだ」




