第403話 毒竜戦、開始
「クリシュナは弱ってるからな。ひとまず、あたしが牽制する。マックスは横から支援を頼む。あ、リディアは毒の流れをきっちり見ておいてくれ」
「了解。フォローね」
「ん、まだ護衛任務中。しっかり護る」
「頼むぞ。ついでにカウベルのやつも護ってくれよな」
「すみませんね、私、『攻撃』や『迎撃』ができませんので」
「ん、大丈夫」
相手は太い根っこの先端に蛇の顔が生えたような存在だ。
顔の大きさだけなら、以前遭遇したラースボアよりも大きい。
根っこに化けているというか、身体の途中からは樹の根っこと同化しているようにも見えるので、蛇と呼ぶには少し違和感がある生き物だな。
『竜種』の頂点である『原初の竜』と呼ばれる存在。
目の前の『それ』はエヌさんと同族でもある、と。
こちらが気付いた直後には、毒液による攻撃を仕掛けてきたにも関わらず、今はただ、こちらの動向を見つめるだけだ。
闇に窪んだような眼は、まったく生気を感じさせない。
ともすれば、幽霊やお化けのようにも見える。
目の前の『毒竜』から意識を逸らすことなく、カミュの指示は続く。
いつの間にか、この場の指揮をとっているというか。
いや、そういうのが似合ってる気もするし、他のみんなもそれに従っているから、特に問題はないのだろう。
「俺とピーニャも後方支援か?」
「そうだな……オサム、確かあんたは解毒技を使えたよな? なら、ダメ元でクリシュナの解毒を試みてくれ。おそらく、そう簡単には行かないだろうがな」
「わかった」
「ピーニャは風向きがこっちになったら、その風を燃やしてくれ」
「了解なのです。『毒の風』の処理なのですね」
「ああ。炎で無毒化できるかは微妙だが、やらないよりはマシだろう」
気化した毒が風に乗ってやってくる。
それが『毒風』か。
『毒属性』による攻撃にはそういうものもあるのだそうだ。
「俺たちはどうすればいい、カミュ?」
「セージュとルーガは少し後方で待機だ。あたしらの牽制によってどうなるかを見てから動いてくれ。何となくだが、嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
俺の問いにカミュは頷くだけで、クリシュナさんへと向き直る。
「ああ……クリシュナ、再度確認だ。あいつは『ピー』で間違いないんだな?」
「はい。どうやって、存在を維持しているのかはわかりませんが、それは確実でしょう。今もわたしたちに対処をするべく、新しい毒を生み出そうとしていますし」
「ちっ……厄介だな」
「ええ。単純な戦闘能力では他の同胞と比べるべくもありませんが、こと毒に関しては彼の独壇場です。簡単に『耐毒』突破をしてきますよ」
「それはわかったが、あいつ、『千年樹』の根っこと同化しているように見えるんだが、そういう力も持ってたのか?」
「同化……っ!? ……ありえますね。『ピー』が『喰われる』前に『寄生』を行なっていたとすれば……筋が通ります」
「『寄生』、それも『原初の竜』の特性ってことだな」
「おそらくは。今の主属性でない以上は最大限の能力は発揮できないはずですが、選択肢としては可能でしょう」
「わかった」
そう言いながら、カミュがシニカルな笑みを浮かべる。
「であるのなら、倒す以外の選択肢はなくなったな」
「当然です。毒を持ったまま、レーゼに『寄生』するなど……許せません」
おおぅ、クリシュナさんが本気で怒ってる。
『まったくっすよ!』
『――――!』
それにベニマルくんや、ビギンさんもだな。
『まさか、そいつのせいで、『千年樹』さまがおかしくなったんじゃないっすよね!?」
「…………」
「…………」
ベニマルくんの言葉に何となく気まずくなって、ルーガを見ると、ルーガはルーガで微妙な表情を浮かべていた。
ん……? あれ……もしかしてルーガって。
「ふふ、怯えがないのはいいことだな。じゃあ、動くぞ」
ちょっと散歩行ってくる、ぐらいの気軽さで、そのままカミュが『毒竜』相手に距離を詰めた――――。
◆◆◆◆◆◆
蛇の口から放たれたのは毒液の水弾だ。
少しねっとりとした粘性のそれに対し、カミュはと言えば、その両手を光らせて、その弾をはじいていく。
――――って、あれ、毒に触れてないか?
「ふーん……『身体強化』はなし、か。全身は毒の鎧みたいなもんで覆われてる、っと。マックス! ちょっと『光魔法』を頼む!」
「わかった。『聖術』の壱――――!」
カミュの指示を受けて、マックスさんが放つのはナイフ状の光の刃だ。
何となく、前に見たルーガの『光閃』に似ているな。
だが、その攻撃は――――。
「あっ! 『光魔法』は吸収されるね?」
「ちっ……あの鎧、厄介だな。単なる毒じゃないな?」
言いながら、今度は直接、カミュが素手による攻撃を行なう。
――――いや、毒は? 毒は大丈夫なのか?
そんな俺の不安そうな表情を見たのか、横からカウベルさんが苦笑しつつ。
「心配ですか? シスターカミュのことが」
「え、ええ……相手は『毒竜』なんですよね? 毒属性特化の。カミュって、余程の『耐毒』スキル持ちなんですか?」
「いえ。シスターカミュは『耐性』スキルは持っていませんよ」
「えっ!?」
カウベルさんの言葉に驚きつつも、前方では平然とした表情で、至近距離から『毒竜』への肉弾攻撃を続けているカミュの姿を見つめる。
少なくとも、毒を受けて苦しんでいる様子はない。
「じゃあ、毒はそれほど強くないってことで――――」
「『しーるど』」
「――――リディアさん!?」
「油断禁物。カミュと戦いながらも、こっちに向けて、粒子状の毒を放って来てる」
『あっ! セージュー、毒の『小精霊』のパターンがわかったよー。『精霊眼』の精度をもうちょっとわかりやすくするねー』
「――――っ!? この緑色のもやが?」
『そうそうー。風に乗ってないね。『周辺魔素』が置き換わる感じで、突然わっと増えたよ。これ、危ないねー』
毒の風じゃない――――!?
ウルルちゃんとリディアさんによれば、違和感と同時に、周辺の『魔素』が単なる毒へと変化したそうだ。
「……さすがは『毒竜』ですね。このようなことができるとは知りませんでした」
「クリシュナ……さん!? え!? あれ!? 身体が!?」
「ええ。少しだけ毒が抜けました。対『わたしたち』の毒もある程度無効化することができるとは驚きです」
「ま、百回でダメなら千回試すまでだな」
クリシュナさんの身体が少し成長しているぞ?
そして、今もオサムさんが延々とクリシュナさんに向けて、『水刃刀』で切り刻むような攻撃を繰り返している。
人型相手だとすり抜けるだけの攻撃だが、それを利用して、身体に残っている毒を少しずつ削っている、ってことか。
頷きながら、自らの手を見つめるクリシュナさん。
「少しずつですが、力を引き出すことができそうです。もう少し時間を稼いで頂ければ、わたしが何とかします」
言いながら、前方で戦闘を繰り広げているカミュたちを見つめるクリシュナさん。
どうやら、局面は時間との戦いになってきたようだ。




