第402話 農民、それと遭遇する
「着いた……?」
そこは地面の中にぽっかりと空いた空間だった。
ビギンの親方さんが穴を掘るまでもなく、すでに地下の水脈が流れ、溶けたような鍾乳石が上から下からそれぞれ、つららのようになっている場所。
床部分から天井まで、数十メートルはあるだろうか。
そういえば、途中から、掘られた穴が下へ下へと進んでいったことには気づいたのだが、ここって、地上からどのぐらいの深さなのだろうか?
『土の民』の種族特性でも、その探知範囲が地上に届かないところを見ると、相当深くまで下りてきているのは間違いない。
と同時に、この川が流れる洞穴にもしっかりと『千年樹』さんが根を下ろしているのがよくわかる。
鍾乳石のあるところから、水路の中に至るまで、あらゆる場所に太い幹のような根っこが張り巡らされているのだ。
ビギンの親方さんは、最初からこの辺りを目指していたんだろうな。
掘り終わったあとで、鼻息をふんと発して、俺たちの方を振り返った。
『これで、仕事は終わった』と言わんばかりの仕草。
さっきから、カウベルさんのよくわからない能力が発動しているおかげで、ここまで一切襲撃がなく済んでいるし、後は俺が、この根っこに触れながら『緑の手』を発動すればいいってことか?
『――――っ!? セージュー、ちょっと待ってー!?』
「えっ?」
そこまで考えて、クリシュナさんたちに確認しようとした俺に対し、突如、ウルルちゃんからの警告が飛ぶ。
『何かいるよっ!? 木の根っこに擬態してるのがー!』
「擬態……?」
「――――これはっ!? まさか!?」
耳に響いたのは、クリシュナさんの鬼気迫る声。
そこまでクリシュナさんが焦っているのは初めてな気がするが。
それで、今、かなりまずい事態が進行していることに気付く。
俺だけでなく、カミュたちも同じように感じたらしく。
「おい――――クリシュナ?」
「なぜ、ここに――――!? 『毒竜』の本体が!? 残滓……? あるいは『裏切りの竜』が滅んだために……?」
まずいです! とクリシュナさんが息を飲むと同時に。
樹の根っこのように見えていたものが変質していく。
それは――――。
「巨大な蛇の頭……?」
大型バスと同じかそれ以上の大きさのビギンの親方さん、それを丸呑みにできるぐらいの大きさの蛇の顔だ。
その目の部分は暗く窪んでいて、生気をほとんど感じさせない――――が。
その顔が俺たちの方へと向きを変えて――――。
「くっ――――!?」
「おいっ! 散らすぞっ――――!?」
「ん、押し返す。『しーるど』」
不意に放たれたのは巨大な水弾。
それに気付いたオサムさんとリディアさんがすでに動いていて。
巨大蛇の口から放たれた攻撃を切り刻んで霧散、そのまま、『見えない壁』の力で蛇に向かって押し返す。
「『毒竜』――――! 聞こえますか!? わたしです! クリシュナです――――! くっ……!? ダメですか――――!?」
「おい、クリシュナ……まさか、あいつ……」
「ええ。間違いありません……『原初の竜』が一牙、『毒竜』です」
「本物だな?」
「はい。ですが信じられません……『毒竜』の能力は『裏切りの竜』が持っていましたので、もうすでに『喰われた』とばかり思っていたのですが……」
カミュからの問いに、戸惑いながらも答えるクリシュナさん。
その表情は蒼白になっている。
「『毒竜』ってことは、こいつが『森』を汚染した張本人ってことか?」
「能力としてはそうですが……オサム、それは少し認識が違います。『毒竜』の力はあくまで利用されただけです。犯人は別にいます。そして、その犯人もすでにこの世にいません」
「本当か?」
「ええ。間違いなく。最期の『鱗』の消滅を確認しました」
そう言って、クリシュナさんが頷いて。
「そうですね……だからこそ、『毒竜』の残滓がここにいるのかもしれません。あるいは、そのことに気付いたレーゼが何かした可能性もあります」
「なら、その『毒竜』について、詳しく教えてくれ」
こいつなんだろ? と『水刃刀』を巨大蛇に向けて指し示すオサムさん。
「わかりました……『毒竜』は『原初の竜』の一牙です。『P』の座。今の得意属性はその名の通り『毒』です。敵対者に対して、それに特化した毒を生み出すことが可能なはずです」
言いながら、クリシュナさんが自分の身体をなでる。
「わたしの身体を蝕んでいるのも、『毒竜』の毒です。『実体』と『魔法体』との力のやりとりを強制的に阻害する毒……わたしたちのような存在にとっては天敵のような毒です。自力で回復するのにかなりの時間を要します」
「あんた、毒に侵されていたのか?」
「ええ。弱体化しているのもそれが原因です」
そうだったのか。
クリシュナさんが弱っているのも、目の前の『毒竜』のせいなのか。
いや、厳密には違うのかも知れないけど。
「まじか……ってことは、あたしら、残滓とはいえ、『原初の竜』を相手にしないといけないのかよ」
「すみません……わたしに力が残っていれば良かったのですが」
カミュのぞっとしない感じの口調に対し、申し訳なさそうにするクリシュナさん。
その言葉に対し、カミュも苦笑を浮かべて。
「ま、仕方ないな。カウベルの力が効いてない以上、そういうやつってことだしな」
「ある意味、良かったですね。これで『原初の竜』の動向がひとつ確認できましたし」
「いや、カウベルさん、そういうのんきなこと言ってる場合じゃないですよ」
のほほんとした口調のカウベルさんと、どこか嘆息しそうな感じでそれをとがめるマックスさん。
ただ、『教会組』は愚痴ってはいても、あまり絶望はしていないようだ。
何となく、慣れのようなものを感じる。
「リディア、腹の空き具合はどうだ?」
「ん、今のところは大丈夫?」
「何で疑問形なんだよ。まあ、余裕があるってことでいいか」
まあいい、とこの場の方針をカミュがまとめて。
「何にせよ、『千年樹』と接触するためには、こいつを放置できない。生きてるんだか死んでるんだか知らないが、これ以上『毒』をまき散らかされても面倒だからな」
だから――――、とカミュが全員に向き直って。
「――――さっさと倒すぞ」
そのまま、巨大蛇との戦闘に突入した。




