第399話 制御困難
ふぅ…………。
やはり、思っていた以上に大変ですね。
微調整が難しいです。
そして、理性を保つことも。
わずかに、力を逸らしただけで、自動的に『入れ替え』が発動してしまいます。
本当は、わたしの方から警告を伝えた方が良いのでしょうが……。
――――その余裕がありません。
声を発しようとすると、その声にすら、過剰な影響が生じてしまいそうです。
おまけに。
失われたものを埋めるため、力の移動を行なおうとすると、いつもよりもかなり過剰なやり取りになってしまいます。
余波がひどいです。
本当に、思っていた以上にだだっこな能力ですね、これ。
――――ですが。
今の状態でしたら。
やはり、行けますね。
強制的に、過剰な力が引き出されています。
そして、その不足分を補うかのように、暴走する力がどこかから流れ込んできます。
――――いえ。
少し違いますね。
元々、制御できるようにはなっていないのでしょう。
『何か』の浸食を押しとどめながら、そんなことを考えます。
ふぅ…………。
あら……あちらの区画は『火』の力が過剰になってしまっていますね。
何とか、わずかにわずかに、『水』の力を移して、バランスを調節しようとして。
今度は『水』が過剰になって、『土』の力に影響を及ぼしてしまいました。
慌てて、地面が崩れないように――――。
今度はこっちですか――――?
やはり……そうそう、甘くはありませんか。
――――ですが。
決して自分の判断が間違ってはいなかったことを確信できます。
やはり、この力はデメリットだけではなく――――。
…………あら?
クリシュナちゃんが誰かを連れていますね。
それでしたら――――。
◆◆◆◆◆◆
「――――げっ!?」
『ちょっ!? 『千年樹』さまの葉っぱがっ!?』
クリシュナさんの案内で、『千年樹』の根元を目指していた俺たちに向かって。
勢いよく飛来してくる物体が複数。
様々な色の光をまとった――――巨大な葉っぱ!?
「――――これは……」
「クリシュナ! あれ弾くぞ!」
そういって、動いたのはオサムさんだ。
『水刃刀』を伸ばして、飛んできた葉っぱを光ごと切り裂いていく。
と、同時に葉っぱから光が失われて、そのまま失速して、地面へと落ちていくのが見えた。
単なる葉っぱにも関わらず、その残骸が地面へと突き刺さるのを確認して、今更ながら、背中に冷たいものを感じる。
その強度は葉っぱというよりも何かの金属を彷彿させるものだ。
今のって――――。
「もしかして、『千年樹』さんによる攻撃ですか!?」
『じゃないと嬉しいんすけどねえ……やっぱり、狂ったまんまっすか?』
「ちょっと待ってください。さっきの動きって……」
言いながら、リディアさんに肩車されたままのクリシュナさんが首を傾げる。
「途中までの軌跡だけですが……『歓迎します』という緊急サインだったような……」
「ということは、『千年樹』さんは『狂化』されてないってことですか?」
『だといいんすけどね。『守護者』さま、そっちはフレイタン様たちがきっちり確認しているっすよ?』
「『狂化』状態の時って、自分でも何だかわからなくなるんでしたよね? ――――そうだよな、ビーナス?」
「ええ。身体が勝手に動いてる感じかしら? ただ、イライラみたいな感情は増幅された気がするわ」
「衝動の増幅か?」
『あー、セージュー、ちょっと待ってー。あの氷のコッコさんはちょっと違ったよねー?』
「あ、そういえば」
ウルルちゃんの言葉に、ネーベの『狂化』していた時の表情を思い出す。
どこかおかしくなっているんだけど、それでも明確な自分の意思のようなものは感じられた。
……もしかすると『狂化』って、ただ『好戦的に狂う』状態になるだけじゃない?
そして、そこから導き出される推測は――――。
「単なるデバフ効果じゃない?」
「あるいは、受けた本人がある程度は抵抗できるってとこか?」
俺の言葉にオサムさんが付け加える。
後は――――。
俺はビーナスとやりあった時のことを思い出す。
あの時は確か、俺がビーナスと接触した時点で、無力化というか、『狂化』状態を弱めることができていた。
今にしてみればわかるが、あれ、俺の『緑の手』の効果もあっただろう。
――――ということは。
「……『千年樹』さんと接触できれば、正気に戻すことも?」
「可能かもしれませんね。どこまでレーゼが狂っているか、わかりませんが」
「しかしなあ……おい、また来たぞ?」
そうこうしている間にも、先程の葉っぱがこちらに向かって降り注いできた。
狂っていようがいまいが、あれがメッセージを乗せたものだろうが、そうでなかろうが、俺たちの身体にとっては、あの巨大な葉っぱは間違いなく危険物となるわけで。
オサムさんやリディアさんが、こちらに届く前に慌てて弾いていく。
「まずいな。あの樹、葉っぱなんて山のようにあるぞ? このまま、距離をつめられるか?」
『厳しいっすねえ……遠くから見ても、こっちまで届くのは少ないっすけど、周囲にはけっこう色々と降り注いでるのが見えるっすよ』
ベニマルくんの渋い声が響く。
近づくにつれて、ちょっとした弾幕避けの様相が呈してきているのだ。
――――と。
「やっと見つけた! セージュ!」
「へっ……ルーガか!? それに!?」
何かが近づいてくると思ったら、東の方から、『千年樹』を回り込むようにこちらへと駆けてくるルーガたちの姿だった。




