第398話 狩人少女、森の奥へと進む
『今……侵入者がいた……? いや、気のせい?』
『あれ……? ここってどこだっけ?』
『呆けてる場合じゃないですよっ! 何で、うちの区画に火炎樹が!?』
『消火! 消火!』
『ひーん……こっちも助けてくださいよぅ!』
『混線してるぞ!? 混線!?』
『今、それどころじゃないから、とにかく身の安全を護る行動をしなさい!』
◆◆◆◆◆◆
「やれやれ。やっぱり、カウベルの能力は便利だな」
「筋を通さなければ、後で正気に戻った時、ひどく恨まれますがね」
「いいさ、今は非常時だからな。今後のあたしらの行動次第で、あっちの受け取り方も大分変わってくるはずさ」
『森』の中へと侵入したルーガたちを待っていたのは、そこにいる樹と獣の両方の住民たちがパニック状態で逃げ惑う姿だった。
だが。
彼らと遭遇しそうになった……いや、間違いなくすれ違ったにもかかわらず、ルーガたちが接近するのと同時に、住民たちが突然思考停止になったかのように、その場に止まってしまったのだ。
後は、何もなかったかのように、その横を走りすぎるだけ。
なので、思わず、ルーガも横を走っていたカミュたちへと尋ねる。
「何が起きたの?」
「カウベルの『慈愛』の能力だ。本人も戦闘能力皆無だが、ある意味、無敵の能力だな。敵がいなくなる。敵味方って概念を奪う能力だ」
「ふふ、この世には神の愛が満ちているということですね」
「嘘つけ。まったく……あたしもこれ以上に物騒な能力はあまり知らないぞ? つくづくカウベルが味方で良かったと思うよ」
こいつ、能力が『慈愛』に振り切っているからな、とカミュが苦笑する。
「だから、ことカウベルに関しては『聖術』を覚える必要がないのさ。能力を隠すよりも、それを示した方が抑止力として効果があるからな」
「複製も強奪も難しいでしょうしね」
「基本的に、他の能力があればあるだけ、効力が半減するからな」
「なるほど」
さっきまで『聖術』を教わっていたので、ルーガもその言葉に頷く。
一方で、『聖術』については知らないエコは疑問の表情を浮かべているようだ。
もっとも、今のルーガにはそれ以上を代わりに教えることもできない。
それがカミュとの制約だ。
だから。
『聖術』が対複製・強奪系統の『切り札』であることも頭の中で思うだけ、だ。
能力をコピーする能力者に、何をコピーしたのか、何をコピーできたのかわからなくするために、『教会』の関係者の多くは『聖術』を覚えている、と。
事実、ルーガの場合もカミュの『聖術』に関しては、内包失敗となっている。
その一部である、『光閃』についてのみ、それも不完全な形でかろうじて使用できるようになっているだけだ。
カミュの助力なしで使えば、通常の数十、数百倍消耗するようになっている、とか。
ともあれ。
この、カウベルが持つ『慈愛』は、カミュが言うように怖い能力であることは間違いないだろう。
すれ違った、『森』の住人がすべて、ルーガたちに気付いたような仕草をしたにもかかわらず、そのまま無視されてしまった。
まるで、何事もなかったかのように、だ。
「……敵性を奪う、その認識を歪める能力ですか。すごいですね、潜入任務などにはもってこいです」
「まあ、内部浸透とかには向かないけどな」
「そうですね、まったく気づかれないわけではありませんし」
エコの感心したような口調に、ふたりが苦笑しつつも答える。
その間も、周囲の過剰な自然現象による余波については、護衛であるマクシミリアンがルーガたちまで及ばないように、さりげなく護ってくれている。
そして、移動に関してはカミュによる『身体強化』がルーガとエコにも施されているので、普段の数十倍の速さで動けている。
あとは、目的地でもある『千年樹』まで距離を詰めていくだけだ。
「この能力は誰にでも通用するのですか?」
「一応な。能力である以上は、どこかに必ず落とし穴があるはずだから、油断は禁物だがな」
「ええ。完璧な能力は存在しませんし、もし存在したとしても、それを使う側が完璧であることはありえません」
それは『教会』でも戒めていることです、とカウベルが微笑する。
どうやら、彼女も『失敗』することを常に想定して能力を使っているようだ。
『適性』は神からのギフト。
で、あるからこそ、突然ギフトが奪われることも想定しておくこと。
それが『神聖教会』の実働部隊では当たり前のこととして認識されている、と。
さっき、カミュから『聖術』を教わっている時にも、そう念を押された。
大切なのは、能力に頼ることではなく、それをどう活かすか。
前に『スキルなし』でルーガがしょんぼりしていた時も、同じようなことで慰められたような気がするけど、それもカミュたちにとっては当たり前のことだったらしい。
『あるなら使うし、なければ、そう行動するだけだ』
それを聞いて、あ、と思った。
何となく、セージュの言っている『使えるものは親でも使え』の方針に近いような気がしたから。
と、そこまで考えて、セージュのことを改めて思う。
「セージュ……大丈夫かな?」
「つながってる感じとかはあるか?」
ぽつりとつぶやいた言葉に、カミュが反応を見せた。
「うーん……何となく? 近くなってる気がするけど……」
そう感じるようになったのは、『森』の中へと入り込んでからだ。
今も何となくもやがかかっている感じはあるけど、セージュの気のような何となく温かみのあるものがルーガの『中』で感じ取れるのだ。
それが感じ取れる方角は。
「何となく、こっち……かな?」
「よし、『千年樹』の方角と一致するな。ということは、だ」
「そっちにセージュたちもいるってことだよね?」
「そういうことだ」
言いながら、にやりと笑うカミュ。
いつもの斜に構えた感じではなく、こちらを労わるような感じも含まれているかな?
ただ、その笑みが一転して、真剣な表情になって。
「それで、どうだ、ルーガ? 『何』が原因で『森』が蠢いているか、わかったか?」
「うん。何となく」
ようやく。
本当にようやく、自分の持っている力がどういうものなのか、それが認識できてきた。
これも、『聖術』の特訓のおかげだろう。
能力と向き合って、能力を調整する。
『聖術』を使えるようになるために、それが不可欠だったから。
だから。
そのことに気付いてしまった時――――。
ふぅ、と思わず、深呼吸する。
正直、今の状態で改めて、セージュたちと会うのは怖い。
――――それでも。
だとすれば、なおさら逃げるわけにも行かないから。
「だったら、あんたが何をすべきかはわかるな?」
「うん」
カミュの言葉にもう一度頷いて。
「これは、わたしが止めないといけないことなんだね」
「そういうことだ」
だから。
今は、このまま、『森』の中心に向けて走るだけだ――――。




