第397話 農民、月狼?と再会する
「え……あなたがクリシュナさん?」
「そうですよ、セージュ」
そこに立っている人の姿を思わず二度見してしまったぞ?
念のため、確認すると、やっぱりクリシュナさんで間違いないみたいだけど。
こっちの世界で初めて出会えてクリシュナさんは、まったく、エヌさんの世界の姿とは異なる容姿をしていた。
まず、根本というか種族からして違う。
向こうでは銀色が美しい狼さんだったのに、こっちのクリシュナさんは、確かに『銀色』のイメージは強いけど、どこからどう見ても、人間の女の子だった。
そう、女の子。
大人の女性というには幼すぎるというか、明らかに幼稚園ぐらいの女の子だ。
間違いなく、カミュよりも小さいだろう。
もちろん、声を聞けば、その澄んだ声色でクリシュナさん本人だとわかるのだが、さすがにこの姿は完全に予想外だった。
おまけに普通にしゃべってるのな。
月を彷彿させる銀髪に、銀色の瞳は何となくクリシュナさんの面影を残していなくもないけど、服装は服装でジャングルの奥にいる現地の人みたいな服を着てるし。
驚いているのは俺だけじゃなくて、ビーナスはビーナスでぽかんと口を開けてるし、なっちゃんとみかんも戸惑っているのが伝わってきた。
リディアさんは相変わらずの無表情だな。それに、元々面識のなかったオサムさんとピーニャさんもそこまで驚いてはいないようだ。
俺たちの反応を見て、クリシュナさんが嘆息して。
「仕方ありません。今のわたしは弱体化していますから。弱っている時は、人の子の姿の方が消耗が少ないのですよ」
好きでしているわけではありません、とクリシュナさん。
どうやら、本来の姿、というわけでもないようだ。
「もっとも、弱ってはおりますが、このぐらいはできますよ」
そう言って、クリシュナさんが両手を空にかざすと。
俺たちの周囲に光の膜のようなものが現れた。
「これは?」
「結界です。レーゼが暴走していますからね。『反射』ですべてを跳ね返すようにします」
『あの、『守護者』さま、『千年樹』さまはどうなってしまわれたのでしょうか?』
「わたしにもわかりませんが……覚醒しているのは間違いないです。意図してかはわかりませんが、本来あるべき繋がりをすべて切っているようです。もっとも、わずかながら、いつものレーゼらしい感情の揺らぎも感じましたので、会って話でもしないことには何とも言えません」
その言葉を聞いて、内心微妙な感覚にとらわれた。
「あの、クリシュナさん、『千年樹』さんが『狂化』されているって話ですけど……」
「ええ、ですから、あるいは、ですね」
「あるいは?」
「毒をもって毒を制す、ということなのかもしれません」
こちらを安心させるように頷くクリシュナさん。
その表情だけを見れば、とてもちっちゃい女の子とは思えない。
やっぱり、見た目と中身が違うということが感じられるな。
そちらも大事ですが、とクリシュナさんが続けて。
「それよりもセージュたちと合流できて良かったです。こちらへと貴方に来てもらったのも、それが必要だったからです。――――『緑の手』の能力は残っていますね?」
「はい。こちらでも機能しました」
『うんうんー、セージュ、色々と仲良くなったもんねー』
「今はいないけど、さっきまでマスターに懐いた樹人もいたわよ」
「ええ。それは何よりです。ちなみに、セージュ、貴方の場合、能力発動には対象に触れている必要がありますね?」
「はい」
クリシュナさんの問いに頷く俺。
おそらく、それで間違いがないだろう。
『緑の手』の効果があったケースでは、必ず触れていたり、なでたりしていた。
逆に、遠距離で効果を発揮したケースはほとんどないはずだ。
イズミンさんの時も、スライムか周囲の水に触れていたはずだしな。
「それと……そちらのお二方。『鱗の御守り』を持っていますね?」
「ああ。よくわかったな? この依頼を受ける際に『老師』から預かったものだ」
紹介状と一緒にな、とオサムさん。
その言葉にクリシュナさんも神妙な面持ちで頷いて。
「ええ。それだけで、貴方たちが信頼に足る、ということがわかります。もし差し支えなければ、これより先の道中もお手伝い頂けますか?」
「ああ。それも依頼のうちと考えているぜ」
「ありがとうございます。解決した折には改めて、こちらからも報酬をお渡しします」
「あ、それなら、ひとついいか?」
「何でしょう?」
「元気になった後でもいいから、俺たちと『千年樹』の人と話をする機会をもらえないか? 可能ならで構わないんだが」
「ええ、そのぐらいでしたら……それでよろしいのですか?」
「十分さ」
「わかりました。感謝します」
ゆっくりとお辞儀をするクリシュナさん。
「わたしにもう少し力が残っていれば、『月狼』の姿で皆さんを運ぶことができるのですが……今はこの姿ですから」
「ん、運ぶ? その方が消耗が少ない」
「……よろしいですか?」
「ん。その代わり、セージュたちの護りはしっかり」
「わかってます」
そのまま、リディアさんが肩車の要領でクリシュナさんを抱えた。
いや……。
そうやっていると、仲の良い美人姉妹って感じに見えるぞ?
もっとも、冷静に見るなら、クリシュナさんにとって、移動の分の消耗を抑えないといけないってことでもあるのか。
「では、こちらです。『聖域』の中心にレーゼがいます」




