第396話 惑うもの/農民、奥へと進む/特訓はここまで
『これは――――!?』
『レーゼ様が目を覚ましました――――が!?』
『――――『循環』が始まっている!? それとも、暴走してる!?』
『グリーンリーフ』の一部を管理していた者たちの間で、緊急の連絡が飛び交う。
それも仕方のないことで。
あちこちの区画、かつてない程の規模で『森』が蠢いていたからだ。
それこそ、先の大衝突に匹敵する規模で。
そのエネルギーの奔流が『森』を縦横無尽に駆け巡っているような状況に。
多くの残っていた『管理者』たちが悲鳴をあげていた。
ある者は必死に、暴れ馬から振り落とされないように手綱を離さないかのごとく、その奔流をやり過ごし。
ある者は、嵐の海で小さな小舟を転覆させないよう死に物狂いで舵を切って、管理区画への影響を最小限にとどめようと足掻く。
その力の暴走に巻き込まれた誰もが、この現象を引き起こしたのが誰かを確信していた。
『――――こんなことができるのは『千年樹』さまの他にいない!』
『しかも、『領域循環』の規模が尋常じゃないです!』
『もうすでに、『迷宮森林』の半分以上は機能停止していたはずなのにね!』
『まだ、これほどまでのお力が……?』
同時に『管理者』たちが驚いていたのは、その力の規模についてだ。
今の『千年樹』は、『森』の維持が精一杯だというのが、『森』に残っているものにとっての共通認識だった。
であるからこそ、『千年樹』の回復を、何よりも重視していたのだから。
毒を取り除く。
外敵を排除する。
樹人種の力で、自浄作用を生じさせる。
それにより、環境群の安定化を図り、『千年樹』を復活させる。
どれも、周辺魔素の不足によって、思うような効果は得られてはいなかったのだが、にも関わらず、今の『千年樹』の力は、暴走しているとはいえ、平時のそれと遜色がないレベルまで向上していた。
『――――一体、何が起こっているのだ!?』
あるひとりの『管理者』の言葉が、『森』の中の混乱のすべてを物語っていた。
◆◆◆◆◆◆
『こっちっす! 急いで『守護者』さまと合流しないとまずいっす!』
周囲の荒れた天候の中、ベニマルくんの声が響く。
いや、荒天でもなければ、異常気象でもない。
空中の至る所を曲線を描くように炎が走り、かと思えば、少し離れた場所ではバケツをひっくり返したような豪雨が降っている。
この天変地異のような現状を引き起こしているのが、『狂化』状態の『千年樹』さんであることは間違いない、という。
本当に、一個の生物の扱う力というには、強大すぎる能力だよな。
これで、瀕死の状態まで弱っているというのだから驚きだよ。
この状況を落ち着かせるためには、直接、『千年樹』さんを止めるしかない。
だからこそ、俺たちはベニマルくんの先導の元、『森』の奥へと駆ける。
燃え盛る『火炎樹』が生えている区画――――と言っても、現状は多くの樹が弱々しい炎しか纏っていないが――――を一気に抜ける。
一応、ここが『火の迷宮森林』と呼ばれる区画らしい。
このベニマルくんたちの管理区画を抜ければ、『グリーンリーフ』の中枢……聖域『セントリーフ』へと至る、と。
――――だが。
『セージュー! もうちょっと右だよー!』
「わかった! ベニマルくん! 右側の区画に予兆だって! ウルルちゃんの『眼』が!」
『了解っす! 魔素の動きを遅らせるっすよ!』
今は試練が休止しているにも関わらず、俺たちが必死になっているのにも訳がある。
管理者側のベニマルくんが同行しているのに、こちらへと襲い掛かってくるのは――――。
『『灼熱の羽槍群』っす!』
「ん、『しーるど』」
ウルルちゃんが予兆を感じたエリア目掛けて、ベニマルくんの『火の範囲魔法』が放たれ、次いで、リディアさんによる見えない盾でその空間を塞ぐ。
『やったっす! 間に合ったっすよ!』
「これって、『水』の区画と……?」
「ん、間違いない。レーゼが区画ごと入れ替えた」
「いや……実際に目の当たりにすると凄まじいな、これ。『領域循環』か? 要は疑似空間転移に近いってことか」
「そう。領域と領域を入れ替える。前に聞いた時は『区画整理』って言ってた」
そう。
本当にしゃれにならないのは、『千年樹』さんのそっち系の能力だ。
それに比べれば、異常気象みたいな現象なんて大したことではないだろう。
前に、鳥モンさんたちとの戦闘で、一度だけラルさんが見せてくれた『領域循環』の能力。
あれは自分の管理下にある『領域』の一部と一部を入れ替える能力だったってことだ。
ベニマルくんによれば、本来は区画そのものを入れ替えるのではなく、その区画の周辺魔素を入れ替えて、その量のバランスが崩れないように調整するための能力なのだとか。
『いや……まあ、僕もできることは聞いてたっすけど、見ての通り、無差別に区画の入れ替えなんてすれば、大変なことになるっすから。生まれてから、一度も見たことがなかったっすよ』
「だが、対処法はリディアが知っていた通り、ってことか」
「ん、発動には一定量の魔素が必要」
「だから、その前に周辺魔素を削れば、能力自体が発動しなくなるんですね」
後は、発動するためには段階があるようで、その予兆については、ウルルちゃんの『精霊眼』で見抜くことができる。
それで、一応は対処は可能ではある……けど。
『でも、一時しのぎにしかならないっす。『領域循環』なら、周辺魔素だけのやり取りも可能っす。もし、僕らだけを狙われれば、防ぎようがなくなるっすよ』
「ベニマルくん、クリシュナさんのいる場所って、まだ遠いの?」
『もうそろそろっす! ほら! あそこに見えるっすよ!』
少し上の方を飛んでいたベニマルくんが前方を示した。
そこに立っていたのは――――。
◆◆◆◆◆◆
「ちっ……時間切れか。おい、ルーガ」
「えっ? どうしたの?」
まだ、途中なのに、とぼやくルーガに対して、カミュが真剣な表情を浮かべて。
「悪いが、状況が変わったようだ。ひとまず、『聖術』についてはここまでにして、外に戻るぞ」
「何が起きたの?」
「わからないか?」
「えっ……?」
「今、あんたは『聖術』の伝授を受けてただろ? いい加減に気付け」
「…………?」
戸惑いを見せるルーガに、カミュが苦笑を浮かべたまま嘆息する。
「まあ、感覚的に気付けって言っても難しいだろうがな。もしかして忘れているんじゃなくて、わからないのか?」
「だから、何のこと?」
「質問を変えるか。ルーガ、あんたの『魔王の欠片』の力は何が由来になってると思う?」
「えっ……由来?」
「ああ。『統制型』の中でも『魔王』のスキルは特殊だ。部下となった者の能力を行使できる。だからこそ、だな。『魔王』のスキル持ちは強大な魔力をその身に有している、とされてきた。あたしもそう聞かされていたし、そうだとばかり思っていた」
だが、とカミュが続けて。
「ルーガと繋がることで、その元が何かが何となく理解できた。だからこそ、『魔王』なんだろうな、って」
「どういうこと?」
「『虚界』の力だ」
「……えっ?」
「だからこそ、『魔王』の周囲には、魔獣系統が集まるってことかよ。まあ、あたしも感心してる場合じゃないが」
やれやれ、と肩をすくめるカミュ。
「だからこそ、『聖術』が重要ってことになる。後は実地だな。いいから戻るぞ。『グリーンリーフ』が前にも増して大荒れになってるからな」




