第395話 森の異変
「ベニマルくん、状況は!?」
『いや、僕もこんなの初めてっすよ!?』
よくわからないっす! と俺の問いに対して絶叫するベニマルくん。
その巨体で絶叫されると、なかなか風圧がすごいよなあ、とか。
いや、のんきなことを言っている場合じゃないよな。
状況について。
ベニマルくんは軽くパニックを起こしているけど、どうやら、『千年樹』さんが覚醒したらしいことは間違いないようだ。問題は、覚醒したのと同時に『狂化』状態に陥ってしまった模様、と。
……まずいな。
これ、間違いなく、ルーガが近くにいて、それが原因だろ?
まだ合流できていなかったので、その点については心配していたし、少なくともルーガたちもこっちの世界にいて、そこそこ無事そうなことはわかったから、そういう意味ではホッと一安心なことがひとつと。
同時に、まさか、ルーガの暴走能力が『千年樹』さんにまで効果があるとは思わなかったので、俺にとっても想定外ということがもうひとつ。
自分の中で、ふたつの感情が入り混じっているようだ。
ただ、さすがに他のみんなにもこのことは言えないしなあ。
何とか、事がややこしくなる前に解決したいところではある。
ひとつ良い点があったとすると。
この状況を踏まえたうえで、ベニマルくんが『聖域』という場所への侵入を黙認してくれた、ということだろう。
一応、こっちには戦力的な面ではリディアさんとかもいるし、さすがにそれらの相手をしている余裕はないってことで納得してくれた感じかな。
そもそも、ベニマルくんの上司も、俺たちの状況については把握しているだろうしな。
許可だなんだと手順を踏んでいる暇があったら、さっさとクリシュナさんと合流させた方が良いという結論に達したみたいだ。
――――ただ。
「……森が鳴動している?」
『そうっすねえ……まずいっすね、レーゼさまの『循環』がいつもよりもおかしくなってるみたいっす。そうっすね……そっちの『樹の同胞』。よく聞くっすよ』「――――!」
『今から、お前は"レン"と名乗るっす。僕の権限で『名付け』をするっす』
ベニマルくんがそう言ったのと同時に、トレント君の身体が光を放って。
そのまま、ベニマルくんの纏っていた炎の一部が移乗されるようにして、輝いているトレント君の身体の中へと吸収された。
光が収まった後に現れたのは、少しだけ成長した感じのトレント君だ。
「――――♪」
『これでいいっす。レン、お前に役割を与えるっす。他の鳥獣たちとも協力して、逃げられる者を森から避難させてほしいっす』
「――――!」
『みんなも頼むっすよ――――!』
周囲に向けて、ベニマルくんが大声を発したかと思うと、あちこちから返事のような声が聞こえてきた。
それに合わせて、トレント君――――レンも声のした方角へと走っていく。
「ベニマルくん、今のは?」
『周辺警戒のために残っていた、他の部隊の鳥モンスターっす。数は少ないっすけどね。今は一時的とは言え、避難に動くのが先決っす。もっとも……樹の同胞の多くは、レーゼさまの力で支えられている部分があるっすから、簡単に移動もできないんすけどね……』
そう言って、悔しそうに顔をしかめるベニマルくん。
『森』の外は、魔素の濃度が薄くなるため、種族によっては適応が難しいケースもあるとのこと。
『もっとも、ここも大分薄まってはいるっすよ。すでに体調を崩している同胞も多いんすよ。だからこそ、レーゼさまの復活が不可欠なんすけど』
「ね、レーゼが『狂化』状態なの?」
『そうっすね、リディアさん。それは間違いないっすよ。何せ、フレイタン様が緊急事態を察して、慌てて、繋がりを切ったぐらいっすから』
そうしないと、自分も一緒に『狂化』されてたらしいっす、とベニマルくん。
そうか。
フレイタンさんって、『千年樹』さんの属性分体って言ってたっけ。
となると、状況的に『千年樹』さんが『狂化』状態で暴走しているってことは間違いないようだな。
オサムさんたちの方も見ても、真剣な表情を浮かべている。
「よりにもよって、か。現状、弱っているとはいえ、あの『千年樹』なんだろ?」
『そうっすね。弱っていてなお、『森』を維持しているのは間違いないっす。僕らもどのぐらいレーゼさまの力が残っているかまでは想像もつかないっすよ』
だろうなあ。
向こうで、ラルさんの力は見たけど。
あれよりもすごいってことだろ?
あ! ということは――――。
「ベニマルくん、その『千年樹』さんもエナジードレインみたいな能力を持ってるの?」
『エナジードレインって、『吸収系』のスキルのことっすよね? それは当然っすね。『樹人種』の種族スキルみたいなもんっすから』
「ちなみに範囲は?」
『おそらく、『グリーンリーフ』全域っすね。もっとも、その手の能力を使っているレーゼさまを見たことがないっすけど……そうっすね。狂ってるなら何でもありっすよね』
急がないとまずいっす! とベニマルくんが頷く。
残っている住民に避難を促す一方で、『千年樹』さんの暴走を止めなければいけない、と。
『そっちは僕らの役目っすね』
「ちなみに、ベニマル、お前さんの他に戦力はどのぐらいいるんだ?」
『『巨人種』もほとんどが一時退去してるっす。フレイタン様たちも、どちらかと言えば、森の維持に必死っすし、それに今は『守護者』さまも……』
「ベニマルくん、『守護者』って、クリシュナさんのことだよね? そのクリシュナさんは無事なの?」
『無事……とは言い難いっすけど、あの災害からレーゼさまを護ってくださっただけでも十分でしたから……少なくとも、今は無理させられないっす』
「そっか……そうだよね」
あっちでは無敵の強さを誇っていたクリシュナさんだけど、こっちの本体はかなりダメージが残っているらしい。
「本当は、クリシュナさんの力を借りたかったんだけどね」
「そうよね。あの狼さんがいるかいないかで大分違ったはずよね」
『……狼っすか?』
「へ?」
きょとんとした感じのベニマルくんに違和感を覚える。
『あ、そうっすね……確かに……でも、どうしてあっちでわざわざ……?』
「ベニマルくん?」
『あ、ごめんなさいっす。そうっすね、とりあえず、会ってもらった方が早いっすね』
こっちっす、とそのまま俺たちを先導してくれるベニマルくん。
そのまま、俺たちはクリシュナさんが待つ『聖域』へと足を踏み入れるのだった。




