第394話 ――のひとりごと
さて……どうしたものでしょうかね?
半分眠ったような状態は、消耗を抑えるため。
そして、感知する空間を広げるためのことです。
現状は八方塞がりの状態です。
下手に動けば、それだけで消耗がひどくなり、今のままの状態を維持することも困難となってしまいます。
管理すべき領域を削ることで消耗を抑えることも考えましたが、そうするとそこからまだ避難できない子たちが巻き添えになってしまうでしょう。
移動が得意な子たちは、ある程度、あちこちに散らばって、一時退避をしてくれていますよね。幸運にも、クリシュナちゃんの伝手で『竜の郷』が味方についてくれましたので、飛行可能な子たちは、そちらに避難することもできました。
あの『島』も、内部はかなり大きいと聞いておりますので、それだけでも私たちにとって、かなりの助けとなってくださるでしょう。
さて……。
現状維持だけでしたら、どれほどの猶予があるでしょうか?
一度、領域を切り離して、自己回復に専念した場合、それにかかる時間は――――?
そして、その間に生じる被害は――――?
少しだけ、その状況を計算しまして。
即座に結論が出ました。
――――無理ですね。
現実的ではないほどの被害が生じます。
自らの生存と引き換えに、それだけの犠牲を払うとなりますと、さすがにこちらの選択肢は選べませんね。
ふぅ、と心の中で嘆息。
――――それでは意味がないのです。
そういう考えに至る時点で、私には統治者としての資質が乏しいのでしょう。
それについては、あの可愛らしい狐さんにも言われました。
『ふふ、貴女の性格で誰もが皆、その後について行くのは貴女に力があるからよ。くくく、羨ましい限りよ? 敵対する気すら失せる、という力にはわたしも憧れるわ。なぜなら、貴女はそのままでも、歪まなくても済むのだから。おまけに時間にも余裕があるしね』
その時は、そうでしょうか? と漠然と言葉を返したことを覚えています。
力がすべてではないからこそ、相手に敬意を払うのは当然であると考えておりましたし、それこそ、強大な力を持ったことによる失敗や破綻の例は、私の長い生においても、幾度となく見聞きしてきたことでしたし。
そう、私が返すと――――。
『だから、貴女は怖いのよ。もうすでに力がある状態を自然のままに受け入れてしまっているもの。そのまま、あるがままの存在としてそこにいる。普通は、そこに至るまでに様々な苦難に巻き込まれたり、色々な要因に足を引っ張られて、それでも進むことで少しずつ歪んでいくものなの。わたしはその歪みこそが生き物らしいと思うのだけど。そして、わたしにとって、その歪みこそが愛すべきものなの』
我ながら、ちょっと嫌な性癖よね、と笑っていた彼女。
そんな彼女が今や、一国の支配者として君臨しているのですから、この世界は不思議な驚きに満ちているというものです。
『だから……可能であるのなら、生きているうちに貴女の『歪み』をこの目で見てみたいものよね』
その言葉を残して、可愛らしい狐さんは去っていきました。
悠久とも言える時の中で、彼女がどういう思いを抱えて生きてきたのか、少しだけ興味もありますが――――。
…………そうですね。
おそらく、今の私は、あの時の彼女が言っていた苦難に巻き込まれている状態なのでしょうね。
確かに、ここ数千年の間、ここまで危機的な状況――命の危険にさらされることはほとんどありませんでした。
さて……。
私は、彼女が望むように歪んでしまうのでしょうか?
それとも、これまでのように苦難を乗り越えることができるのでしょうか?
あるいは――――。
――――ここで、終わり、かもしれませんね。
もう一度、心の中で嘆息する。
すでに、その想い自体は私の中にあったのかもしれません。
もう、すっかり自分はお婆ちゃんで。
もう十分に生きたのではないか、と。
そういう想いがゆっくりとではありますが、私の中で膨らんできていました。
もちろん、私にとって、この森に棲む子たちは、みんな我が子のような存在です。
その子たちの行く末を見守っていきたい、という想いも確かにあります。
ですが――――。
やはり、もう十分に生きた、という想いは残っていました。
だからこそ、今、この森はこの有様なのだと。
クリシュナちゃんが必死に謝ってくれましたが、別にあの子が悪いわけではないのですよね。確かに、私を含め、多大なる被害をこの周囲にもたらしたことは事実です。
種族として、『原初の竜』の力は強大であるからこそ、ああいう結果になってしまった、ということも否定はしません。
はた迷惑ではありましたけど、とどこかツボに入ったように心の中でクスリと笑う。
でも、私はそもそも、怒ってはいないのですよね。
それも『竜種』としての宿命……種族としての在り方によるものであることも承知していましたから、だからこそ、なのだと思います。
多種多様な種族があふれている、からこそ、この世界は価値があるのでしょう。
無難であることを取るか、危険度と可能性を取るか。
そういうことなのでしょう。
もしかすると、そう考えてしまうことこそが、私の『歪み』なのかも知れませんね。
――――とはいえ。
そのようなことを考えていても、今の状況が好転するわけではありませんね。
さて――――あら……? これは……?
ふと、その攻撃のようなものに気付いたのは、感知の空間を広げていたからです。
私に対する攻撃……?
……ではなさそうですね。
どちらかと言えば、無意識と言いますか、無作為と言いますか。
敵意がまったく感じられない攻撃です。
ですが、これは――――。
どういう攻撃であるかを感知してから。
不意に、ある考えに至りました。
これ――――使えますね。
失敗すれば、先程、私自身が却下した案よりも被害が大きくなるでしょうか?
その可能性も十分にありますね。
ですが――――。
うまく行けば……もしかするかも知れませんね。
そう、心の中で頷いて。
そのまま、ふわふわとしていた、その攻撃をこちらから受け入れました。
防ぐのではなく、飲み込まれることで――――。
――――そうですね、もしかするかも知れませんね、ふふふ。




