第393話 農民、火の鳥と対峙する
『さもなくば……ただでは済まんぞ』
その言葉と共に、吹き荒れるのは火の粉を伴った熱風だ。
まだ、目の前の『火の鳥』はこちらに直接危害を加えるつもりはないようで、直接的な炎による攻撃ではないが、その前段階の警告ではあるようで。
その巨躯を覆っている炎が揺らめいて、形を変えていくのがわかった。
伝わってくるのは明確な敵意。
「いや、俺たちは――――」
「――――っ!?」
『む? 『森』の同胞もいるのか? だが、貴様も知っているはずであろう? 今の状況を』
オサムさんが俺たちの立場を説明しようとした刹那、トレント君が必死に枝葉をぴょこぴょこさせながら、『火の鳥』に状況を伝えようとして。
しかしながら、それはあまり芳しくなく。
『状況を考えろ。誰が敵かわからぬ状態で、見知らぬものを聖域へ通すわけにはいかぬ。万全な守護者が不在の今、ぞ』
「――――……」
『火の鳥』さんに叱咤されて、しゅんとなるトレント君。
いや……というかさ。
「なあ、ひとついいか? 俺たち、『竜の郷』の『老師』から頼まれて、この『森』の浄化の手伝いにやってきた者なんだが。ほら、これが許可証と紹介状だ」
「なのです。実際に、こっちのリディアさんも一部をきれいにしてくれたのです」
『敵ではない、と――――?』
オサムさんたちが持っていた許可証らしきものを取り出して、説得を試みる。
だが、『火の鳥』さんの方は――――。
『今の緊急事態では、その許可証では権限が弱い。既に、万が一が起こってしまった状態だ。悪いが、我には判断できぬ。ゆえに――――』
『火の鳥』さんがダメ出しをしようとしている、その横で、俺に近づいてきて、こっそりとビーナスが耳打ちをしてきた。
「ねえ……マスター」
「ああ、俺も同じことを思った」
ビーナスの眉根を寄せた表情から、何が言いたいのかわかった。
というか、そもそも、俺も同じことを考えていたから。
「あの……ちょっといいですか?」
『何だ?』
「えーと……」
一瞬だけ、ためらいつつも。
はっきりとそのことを指摘する。
「――――ベニマルくん?」
『――――は!?』
「……そうよね、マスター? 姿かたちは妙にかっこよくなってるけど、その雰囲気というか、その……感じ? が何となく似てるのよね」
ビーナスも言う通りだ。
というか、コッコさんたちとの戦闘中に炎で燃え上がっていた時の――――あの時のベニマルくんの姿がどこか透けて見えるというか……。
だから、もしかして、と思ったんだけど。
ただ、俺とビーナスの方を向き直って、どこか愕然としているその姿は――――。
「やっぱり、そうでしょ? 何よ、その気取ったしゃべり方。似合わないわよ?」
『な……何を!?』
「そりゃあね、短い付き合いだけど、何となく無理してるのがわかるもの。そういうのを見破るのは得意なのよ? こう見えても」
ね、マスター? と言ってくるビーナスに、俺も頷く。
何でだろう?
姿は向こうで会った時と全然違うけど。
なぜか、そんな感じがするんだよな。
――――あっ!?
ビーナスがごそごそとつたでできた服の中から、持っていたアイテムを取り出した。
その『草冠』がかすかに赤い光を放っていることに気付いて。
何となく、原因がわかった気がする。
『それは――――どこで!?』
「向こうで、直接会ってもらったわよ」
「フレイタンさんの『試練』をビーナスたちは乗り越えているものな」
「きゅい――――♪」
「ぽよっ♪」
『そう……なんすか?』
あ、口調が戻った。
今の姿だと全然締まらないけど、そっちの方がベニマルくんって感じがするよな。
ただ、やっぱり、愕然としている感じは受けるよな。
もしかして……というか、やっぱり、こっちのベニマルくんって、俺たちのことを覚えていないというか、知らないのか?
「何だ……? なあ、セージュ、もしかして知り合いか?」
「あ、はい、オサムさん。向こうでの話ですから、俺たちが一方的なだけかもしれませんけど」
「何となく、一気に威厳がなくなったのですよ」
うん。
ピーニャさんの言葉に俺も同意する。
姿は燃え盛る炎を自在に操る、大型の猛禽類って感じなのに、今の呆気に取られている表情とか、どこか憎めない感じの雰囲気が表面に出てしまうと、一気にいつものベニマルくんって感じになってしまうのだ。
案外、こっちのがベニマルくんの本来の姿なのかも知れないけど。
ただ、俺的には向こうのベニマルくんが『素』のような気がするけどな。
『――――はい、はい――――ああっ!? そういうことっすか!?』
それはそれとして、俺たちとは関係ない方向を向いて、誰かと話しているベニマルくんだ。
もしかすると、クリシュナさんが使ってたみたいな『遠話』のようなものだろうか?
事態が自分の手に負えなくなったから、上の人に相談しているような。
――――と。
『断片的っすけど、思い出したっすよ、セージュさん!』
ややあって、笑顔で話しかけてくるベニマルくん。
『フレイタン様が『同期』実行中らしいっす。それで『眷属』の僕も少しだけ、あっちの記憶を共有できるようになったっす。はあはあ、セージュさんたちもこっちに来れるようになったんすね?』
「あ、良かった、ベニマルくん。というか、そんなことできるんだね?」
『はいっす。逆は無理みたいっすけどね。あっちの僕は、こっちのことを覚えてないと思うっすけど。何せ、自分の役割も忘れてたみたいっすから』
そうなんだ?
というか……。
「ベニマルくんのこっちの……じゃなかった、本来の役割って何?」
『『火の迷宮森林』から聖域へ至る道への番人っす』
資格なき者、何人たりとも通さないのが僕のお役目っす、とベニマルくんが笑う。
へえ、そうだったんだ?
実は、ベニマルくんも結構重要な存在だったんだね。
まあ、それもそうか。
『グリーンリーフ』の名前持ちって、結構すごいって聞いたことがあるし。
『千年樹』の属性分体であるフレイタンさんの『眷属』の『火喰い』。
それがベニマルくんの『二つ名』とのこと。
「火が得意というのは、ピーニャと一緒なのです」
「だな。はは、正直、この展開は助かったぜ。身体も揺らめいているってことは、非実態系変化も可能ってことだろうしな。戦闘となれば、骨が折れそうだったからな」
『……何か、そっちの人、怖いっすよ? セージュさん?』
「まあまあ」
少しだけ、大きな身体で怯えを見せるベニマルくんをなだめる俺。
というか、そういうところを冷静に見ているあたり、オサムさんも怖いなあ。
必要とあれば、闘る気まんまんだもの。
そして、その見立ても当たってるみたいだし。
今のベニマルくんの姿って、炎と同化して、その分パワーアップしてる感じなのだとか。
ウルルちゃんたち、『精霊種』の『物理無効』に近い性質持ちらしい。
『物理無効』で『火属性吸収』かあ。
やっぱり、ベニマルくんも本気を出すと強そうだよなあ。
あ、そうだ。
こんな話をゆっくりしてる場合じゃなくて。
「ベニマルくん、『千年樹』さんのいる場所まで通してもらってもいい? 一応、俺も『水の草冠』は持ってるんだけど」
『あー、ごめんなさいっす、セージュさん。さっきも言いましたが、今、ここを通過するための権限が異常に厳しくなってるんすよ。なので、完全な『千年樹の草冠』でないと通せないんすよ』
「あれ? でも、『千年樹』さんが瀕死で臥せっているんだよね? どうやって、改めて許可を得るの?」
『んー……だから、新規での許可は難しいっすねえ……』
ベニマルくんも困ったようにぼやく。
今、俺たちとお役目で板挟みになってるみたいだものな。
通したいのは山々だけど、という雰囲気は伝わってくるけど。
『ですから――――っ!? 今の何っすか!? フレイタン様!?』
「ベニマルくん?」
『レーゼ様が目を覚ました――――だけじゃないっすよね!? 何すか、『狂化』って!?』
「――――っ!?」
げっ……まずい。
ベニマルくんの叫び声の中に含まれている単語から。
変な状況に事態が動きつつあることに気付いて、顔をしかめる俺なのだった。
これが、今年最後の更新になります。
今年は、個人的にも火事のおかげで色々とバタつきましたが、無事、日常に戻れて、大みそかを迎えることができてよかったです。
今年一年、ありがとうございました。
それでは、皆様良いお年を――――。




