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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第10章 グリーンリーフ編
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閑話:うごくもの

 いいな、と思っていた。


 だから、わたしは被検体として参加することが認められた。


 きっかけは……えーと、ごめんなさい。よくは覚えていない。

 だれかと話をした記憶はあるようだけど。

 どこか夢の中でのできごとだったかのように、淡い泡のように消えてしまった。

 わたしのいる病院の先生だったんだろうか?

 たぶん、そうだとは思うけど、やっぱり、よく覚えていない。


 確か、白衣を着た女性だったと思う。

 髪は長かったかな? それとも短かったかな?

 そんな部分まであやふやだ。

 何となく、手術の前の麻酔の効き始める感じに近かったかな?

 この世と夢の世界との境目がうつろで、曖昧でいながらも、何となくだけど感覚だけは残っていて。

 思考だけが残っているのに、身体が動かせない。


 あ……そうだ。

 そもそも、わたしは手足を動かすことも大変だったような……。

 やっぱり、よく覚えていない。

 自分のことなのに、不思議だなあ、って思ってはいるけど、同時にどこか納得している。


 ――――だって。


 今、わたしの中にはもうひとり、別のわたしのような何かがいるから。

 たぶん、それが原因で、わたしがわたしのことを思い出せなくなっているのだろう。


 ふと、浮かぶのは、昔見たアニメのこと。

 母親が読ませてくれたマンガのこと。

 それを見ながら、自分の将来を夢見たこと。


 いいなあ、って。


 わたしもマンガを描きたい、って思ったこと。

 それを伝えると、母親が笑ってくれたこと。


 と同時に別の記憶のようなものもある。

 こっちはたぶん、わたしのものじゃない。

 たぶん、もうひとりのものなんだろうと思う。


 ――――えっと。


 ……何で、わたしの中にもうひとり、別のわたしがいるんだっけ?


 そうだ。

 被検体だからだ。

 えーと……被検体って何の?

 やっぱり、よく思い出せない。


 でも、イライラもしない。

 心はどこか晴れ渡っているのがわかる。


 だって――――。

 こっちの夢の世界だと、わたしはわたしとして生きられるから。

 いっしょに笑い合えるお友達と、馬鹿なことを言い合える間柄のみんなが大勢いて。

 でも、生まれも育ちも、年齢も性別も別々で。

 だけれども、みんな、この世界を等身大の存在として楽しんでいて。


 ふふふ♪


 やっぱりやっぱり楽しいのだ。

 

 あ、でも。

 やっぱり、どこか少しだけ不安なこともある。

 あの白衣の人。

 その人が何かの画面のようなものに向かって言っていた言葉。


『やめておいた方がいいと思うぞ』

『終わらせるのか、終わりを作るのか』

『まあ、そうだな――――確かにその通りだ。終わらない物語にいつまでも付き合わせるわけにもいかないな。わかった、君の意見を尊重しよう』


 一体何の話なんだろう?

 そう、あの時のわたしは思ったと思う。


『ああ。私の責でいい』

『そうだな。私が干渉できるのは、元より失われるべくの命のみ、だ。だが、あまり期待はしないでもらおうか。それゆえに制限も多いのだよ』


 うーん……あまり、楽しそうな話じゃなかったよ。

 いいひと、なんだろう、とは思うけど。


 その人がゆっくりと画面から目を離すのをわたしは感じて。


 って、あれ?

 これって、どこの部屋だったんだろう?

 まるで、あの人もわたしに気付いていなかったような……。


 そのまま、独り言のようなつぶやきが続く。


『あまり、世界に入れ込み過ぎないことだな、エヌ。誰からの入れ知恵かは知らないが……『ゲームにラスボスは必要』か。情報と直接リンクできる君には、釈迦に説法かも知れないが、無理はすべきではないぞ』

『それが例え、彼女の望みだったとしても、望んだ結末となるとは限らないのだからな』


 ――――と。


『ふむ……? 聞いていたのか?』

『ああ、返事は不要だ。もう、そういう時間(・・・・・・)なのだろう』


 そうだ。

 そう言って、あの人は優しく微笑んで、わたしの方を見たんだ。


『君が器なのか、はたまた、君が器に入る方なのか』

『まあいい』

『今はまた眠るがいい。悪かった、とは思わない。私がやっているのはそういうことだからな。だが――――』

『それが、君にとって幸せの一助になるとすれば、だな』


 そう言って、白衣の人はわらって。


『それこそが、私が研究者としての自我を保っていられる理由だからな』



 ……あれ?


 わたしの記憶はそこまでだ。

 その後は……?


 そうだ。

 猫の話だ。

 生まれ変わったら、猫になりたい?

 えーと……そんな話をしたような。


 それも元は絵本の話だ。

 二匹の猫が旅をするお話。

 猫は自由で。

 何者からも自由な存在として描かれていて。

 仕舞いには、空や宇宙まで、自由に泳いで旅をする二匹の猫の話。


 そういえば、空を自由に飛びたいなってマンガも猫が由来だ。


 だから――――。


 あれ……?


 その話は誰としたんだっけ?


『わたし、わたし』


 あ、そっか。

 もうひとりのわたしの中のわたしとの会話で、猫の話になったんだっけ。

 うん、やっぱり、よく思い出せないよね。

 不思議な夢の中のできごとみたいだもの。


 だって。


 そのもうひとりのわたしは、『そういう能力ならある』って言ったんだもの。


 だから――――。



◆◆◆◆◆◆



 ふと我に返ると、辺りはすっかりと夜になっていた。


 えーと……何していたんだっけ?


 あ、そうだ。

 思い出した。

 肉球でつかんだままの『素材』を見て、何をしていたのか私は思い出す。


「『家造り』のクエストの素材集めと……」


 それと。


「ゲーム内で行方不明になったセージュにゃんたちの捜索だにゃん」

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