第389話 農民、肉を食べる
「ん――――ん、ん――――♪」
「うわぁ……すごい勢いでお肉が消えていってる……」
「まあ、ギアを入れたリディアの食欲なんて、こんなもんだろ」
様々な部位に分けれて、ブロックごとにこんがりと焼かれたワイバーンの肉が、次から次へとリディアさんの口の中へと納まっていく。
一応、口に入る大きさには切り分けているみたいだけど、時には肉の塊にかぶりついて、まんが肉みたいな食べ方をしては、もぐもぐと美味しそうに咀嚼していたり、とか。
一方のその横では、オサムさんが、その相変わらずの食べっぷりに苦笑しながらも、どんどん新しい食材の調理を続けている。
いや、調理が早い。
そして、その調理法も相変わらず、すごい。
俺もここ数日で何度も見せてもらったけど。
今までは、小さめのブロックに切り分けたお肉を熾火を使って、調理したり、アイテム袋から取り出した鍋やフライパンで煮たり焼いたりしていたのだが、それとも大分違う調理法を用いているし。
寸胴でポトフのような汁物を作りつつも、本筋としては『焼き』がメインであり。
オサムさんがやっているのは、手のひらサイズの小さな太陽のようなものを複数空中に浮かべて、それを肉の塊の周りで回転させることで、塊の肉に火を通している、ということだ。
さすがに、こんな料理の仕方は初めて見た。
それも『火魔法』の範疇に入るらしい。
なので、せっかくということで、オサムさんが改めて毒抜きをした『毒亜竜』のお肉を使って、傍らではビーナスが同じように『焼き』にチャレンジもしているしな。
ビーナスが浮かべている炎はひとつだけだけど。
「ビーナス、熱源を維持する時は熱の放たれる方向を意識するんだ。そうすることで、より『火魔法』の制御が精密になるからな」
「わかってるけど! これ、維持するだけでも大変なのよね!」
「仕方ないのです。まずは『維持』からなのです。焦らなくていいのですよ、ビーナスさん」
たったひとつの『火球』だけど。
それを放出せずに、空中で維持するという使い方となると、相当に骨が折れる作業になるらしい。
脂汗のようなものをかきながら、必死に『火球』を維持しようとするビーナスの真剣な表情を見るだけで、そのことがよくわかる。
むしろ、オサムさんがやっていることが異常だということも。
そして、ビーナスに倣わせる目的で、同じようにひとつの『火球』を横で維持しているピーニャさんも、だ。
やっぱり、このふたりの魔力自体がすごいことがよくわかる。
俺も、『土魔法』を使い続けたことはあるけど、魔法を『使い続ける』という行為そのものが過剰に身体に負担をかけるのだ。
ビーナスが時々、『苔』を吸収しているのに対して、オサムさんたちはまだ、その手の回復行為を行なってすらいない。
単に、一刀のもとにモンスターを切り捨てるだけではなく、それ以外の技量についてもかなりの腕前だと思ってよさそうだ。
というか。
「そもそも、オサムさんみたいな使い方を『料理』のためだけに使うのは、ちょっとどうかしてるのですよ。『火魔法』はあまり燃費がよくないのです」
「その辺は、メルのやつやその『先生』に教わったやり方の実践だ。セージュも覚えておくといいぞ。こっちの世界だと『人間種』は魔力容量が少ないと思われているが、それも器を広げるような使い方を知らない、ってのも大きな理由のひとつらしいからな」
言いながら、『ほら、焼けたぞ』とワイバーンのステーキをリディアさんへと渡すオサムさん。
それをリディアさんも空中に浮かべては、即座に食べやすい大きさに切り分けて、そのままむしゃぶりついているし。
「もぐ…………ん、やっぱり、美味しい♪」
わずかだけど、リディアさんの口角があがっているしな。
あれ、よっぽど嬉しい時じゃないと見られないから、相当だったんだろう。
「ほら、セージュたちの分もだ。消耗した分、少し腹に入れておいた方がいい」
「あ、はい」
俺もオサムさんから、ワイバーンのステーキをおすそ分けしてもらって。
一応、こっちは普通のステーキハウスとかで供されるような大きさで、お皿に乗せてくれているけど。
リディアさんが空中で受け取って、そのまま食べているのは普通じゃないもんなあ。
その数枚の肉を、なっちゃんたちにも分けて。
みかんはビーナスの『苔』の方がいいのかな? それでも興味はあったらしく、数口分は食べてるけど。
トレント君もオサムさんたちから分けてもらった『水』の方が美味しいらしく、そっちを飲んでるしな。
やっぱり、肉料理は種族によって好みが分かれるようだ。
植物系の種族が、ガツガツ肉を食べるのもそれはそれでイメージが違うけど、みかんもステーキが食べられるみたいだし、そこは決まっていないようではある。
「きゅい――――♪」
「ぽよっ――――♪」
「――――♪」
というか。
この肉、一口食べただけでびっくりするぐらいうまいな!
今までの食事で出されていたワイバーンの肉とも、段違いでおいしい。
味付けはシンプルに岩塩から採った塩だけのようだけど、にもかかわらず、噛んだ瞬間に肉の旨みがダイレクトで刺激してくるのだ。
ほんのりと熱で溶けだした脂の味、そして口の中いっぱいに広がるのはジューシーな肉汁だ。
そして、何だろう?
今まで食べてきた肉料理では感じたことがないような不思議な旨みがある。
塩味が良いアクセントになっているとは言え、下味がほとんど付いていない状態で、この複雑なソースのような味わいは一体――――?
「オサムさん、何ですか、このお肉? めちゃくちゃ美味しいんですけど」
「はは、というか、それが本来のワイバーンの肉の味だ」
「そうなんですか?」
「ああ。毒のひどいのから片付けてたから、セージュと会ってからまだ一度も使ってなかったがな。疑似的ではあるが、きちんと熟成もかけてある。それだけでも格段に味が変化する」
「あ、熟成ですか」
なるほど。
こっちでも肉を寝かせた方が美味しくなるのかおんなじか。
「ただ、ワイバーンのような肉の場合は、それだけじゃない」
「そうなんですか?」
「ああ。ワイバーンや飛竜などの亜竜の場合、その巨大な身体が飛行できるだけの魔石機構……『魔石回路』を身体に持っているのさ。だから、こっちの世界限定の下ごしらえの手法だが、こっちの肉に関しては血抜きをせず、代わりに特殊な調理法を施している」
「えっ!? 血抜きをしないんですか!?」
「ああ。血液自体が『魔石回路』の一部だからな。そのまま、内部循環というか、浸透させて、融合させる調理法だ。そうすることによって、格段に肉の旨みが増すんだ」
「へえー」
どこか楽しそうに教えてくれるオサムさんに感心する俺。
やっぱり、というか。
料理のことを話してくれる時は、いつも以上に生き生きとしているな、オサムさん。
何でも、ワイバーンの場合、部位によっても切り方とか、調理法とか、色々と変化させる必要があるのだそうだ。
筋の多い部分と、脂肪部分で味がはっきりと変化するので、焼く前の包丁の入れ方ひとつで、味の質が大きく変化したりもするらしい。
「まあ、生肉が一番うまいっていってるやつらもいるしな。その辺は、好みの差もあるんだろうがな。だから、色々な手法については試してる最中だ」
その血液の循環を利用しつつ、血のソースでほぼ生肉を食べたりする料理もあるのだそうだ。
ごちそう料理として振舞われた時はびっくりした、とオサムさんも苦笑してるしな。
「生肉を食べても大丈夫なんですか?」
「大丈夫なように下ごしらえしている場合はな。だが、何もしていない場合は当然危険だからな? その辺はセージュも注意しろよ?」
あー、やっぱりそうなのだ。
生肉も下処理をすることで、いわゆる食中毒を引き起こす要素などを取り除いたりしないと、普通は腹を壊すぞ、と。
いや、それにしても、このワイバーンの肉は美味い。
全然、手が止まらないものな。
そんな俺やなっちゃんの姿を見て、オサムさんもお代わりを追加してくれたし。
一応、このお肉って、リディアさんへの報酬って側面もあるはずだけど、当のリディアさんはリディアさんで。
「ん、おいしいものを分け合うのは大事。みんなが幸せ」
それで信頼が生まれる、とあっさりと認めてくれたみたいだし。
そういう意味では、リディアさんって食いしん坊ではあるけど、絶対的に食事に執着しているわけでもないんだよな。
その温度が、心地よい感じがする人だと思うし。
いつの間にか、ピーニャさんたちもお肉食べてるし。
そんなこんなで。
ワイバーンの肉に舌鼓を打つ俺たちなのだった。




