第386話 毒の湖の前で小休止
「何となく、で発動すると周囲の燃やせるものがすべて『火』の影響を受けてしまうのです」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「燃えるイメージをひとつひとつ細かく絞っていくのです。それと標的を小さくするのです」
「ふうん?」
早速、俺たちの横で、ビーナスがピーニャさんから『火魔法』について教わっているな。
何となく、聞いていると他の属性に比べて、『制御』が重要ってことらしい。
まあ、確かに『水』や『風』とかよりも『火が燃える』ってのは影響が大きそうだものな。
「あっちはピーニャに任せておけばいいだろう」
「そうですね。周囲のモンスターも落ち着きましたし」
今のうちに、ビーナスには『火魔法』の扱いに慣れてもらえれば、自然と戦力アップだもんな。
よくよく考えると、俺たちのパーティって、今まで『火』の力が使えるものがいなかったわけだし。
うーん……やっぱり、俺が『土の民』だからかね?
普通だったら、真っ先に『火球』とか使えてもおかしくないのに、どうもそっちの属性とは縁がなかったし。
一応、ベニマルくんはそっち系だったけど。
でも、ベニマルくんも基本は畑周辺のみのお助けキャラ的な存在だったしなあ。
そう考えるとビーナスが覚えてくれるのは、かなりありがたいな。
「問題は……こっちの毒汚染だな」
そう言って、難しそうな顔をするオサムさん。
「毒の濃度もさることながら、少しばかり範囲が広すぎる」
「ぽよっ!」
『みかんも、ひどい! って言ってるよー』
「確かにな。あ、そうだ、みかんも毒を取り除いたりできるようになったんだな?」
「ぽよっ――――♪」
誇らしげに胸を張るみかん。
いや、胸ってどこだって話だけど、何となく動き的にそんな雰囲気が感じられるのがみかんのすごいところだよなあ。
今はビーナスが乗っていないので、コミカルに動けるし。
「はは、しかし、空飛ぶ果実のモンスターとは恐れ入ったな。さすがに、今の今まで、みかん、お前さんのようなやつにはお目にかかったことがなかったぜ」
「ぽよっ♪」
『みかんは『精霊の森』の固有種だもんねー』
「毒に強いのは俺もびっくりだけど」
『うんー、たぶん、『レランジュの実』としての種族スキルじゃないー? 確か、毒で弱ってる時も効果があるはずだったものー』
そうなのか?
いや、ちょっと待て。
俺、前に『レランジュの実』の作用で、猛毒でぶっ倒れたことがあるんだが。
ウルルちゃんが言うように、解毒作用があるなら、それもおかしくないか?
「ん、たぶん、毒を集めて、排出する効果。だから毒まみれの果汁を飲めば、毒の効果がひどくなる」
「ぽよっ!」
「なるほど……状況によって効果が異なるってことですか」
リディアさんもあの時の毒は口にしているもんな。
俺と違って、ほとんどノーダメージだったけど。
それで、何となく、『レランジュの果汁』の効果もわかったってことらしい。
集約して捨てる。
それが『レランジュの実』の真骨頂ってことか。
「はは、何だな。みかんも植物系の粘性種に近いようだな。ちなみに、みかん、お前さんなら、どのぐらいの量の毒を回収できる?」
「ぽよぽよぽよー!」
『さっきの毒玉ぐらいなら、ゆっくりなら、けっこう、だってー』
「つまり、時間があれば、ってことか」
「ぽよっ!」
『つづけてはつらい、ってー』
うーん。
やっぱり、みかんに頑張ってもらうのも大変そうだな。
「だが、水場を放置するとな。そのまま循環して、悪影響が広がるぞ。そうだな……なあ、リディア、お前さん、今の腹の減り具合はどのぐらいだ?」
「ほとんど空腹。ストックも切れた」
「ちなみに、どのぐらいだったら依頼を受ける? 『目の前の毒の湖及び周辺の浄化』に要する食料はどのぐらいだ?」
「物による。オサムの袋には何があるの?」
「ワイバーンや飛竜でよければ、それなりにだな。ゲルドニアの上空を抜ける際に、はぐれ飛竜が異常発生してたからな。ぶっちゃけ、俺たちだけだと食いきれないぐらいはあるが、さて……お前さんの食欲だとなあ」
「そのお肉の状態は?」
「疑似熟成で十日から二週間だな。あとは、こっちの森で倒した分は、まだ数日ってところか」
「ん、それで手を打つ」
「いいのか?」
「ん、良いも悪いも、もう限界。この蛇おいしくないし。そこまでおなかいっぱいにはならないけど、やれる範囲で頑張る」
「よし、商談成立だな。ちょっと待ってな。汁物もそれなりにあった方がいいんだろ?」
「そう。できればお願い」
「わかった」
リディアさんの言葉にオサムさんが頷いて。
次いで、俺の方へと向き直って。
「そういうわけで、俺はリディアのための料理に入る。だから、セージュ、お前さんに頼むな。周辺警戒しつつ、もし近づいてくるモンスターがいれば、対処してくれ」
「あ、はい、わかりました」
「すまないな、勝手に決めて。だが、リディアがいる場合、食事で交渉して頼むのが一番手っ取り早いんだよ」
「ええ、それはわかります。俺たちも……あれっ!?」
「どうした?」
「そういえば、リディアさんって……」
『あっち』でファン君たちの護衛も頼まれてなかったか?
もう俺たちの護衛で頼んでいた期間は過ぎているような……。
「ん? セージュ、どうかした?」
「いえ……はい、なんでもないです」
「――――?」
忘れてるわけ……じゃないよな?
何となく、藪蛇になりそうなので、この話も保留にしておく。
というか。
正直なところ、今やっている依頼の難易度を考えると、戦力はいくらあっても足りない気がするし。
もし、リディアさんがビーナスたちと一緒にいてくれなければ、たぶん、俺たちが合流するまでもたなかっただろう。
そう考えると、この人の存在は大きすぎる。
そう、改めて考え直して。
もし、向こうに戻ったら、ファン君たちに謝ることにして。
「俺には事情がよくわからないが……とにかく、周囲のモンスターの相手を頼むぞ、セージュ」
「はい、わかりました。行こう、なっちゃん、みかん」
「きゅい――――!」
「ぽよっ――――!」
何事もなかったように、オサムさんの言葉に頷いて。
そのまま、周囲の警戒へと移る俺たちなのだった。




