第384話 眷属たち、頑張る
「また、毒の球が飛んできたわよっ! ほらっ! みかんっ!」
「ぽよっ――!」
ビーナスの言葉に、みかんが即座に反応。
飛んできた毒液の球をぱくりと吸収して、そのままみかんが紫色になったかと思うと、直後にぺっ! と毒素だけを抽出して吐き出す。
「リディア! まだ終わらないの!?」
「もう少し。煮ても焼いても、この『毒亜竜』はおいしくない」
「贅沢言ってないで、さっさと食べなさいよ!」
「もぐ」
ビーナスの叫び声が響く。
一方の話しかけられたリディアは、慌てない慌てない、と言わんばかりに、黙々と山と積まれた黒焦げの『ヒュドラの丸焼き』を食べ続けている。
今、ビーナスたちがいるのは毒の沼地のような場所だ。
大量発生したであろう、『毒亜竜』……見た目は毒蛇のような存在のモンスターがうじゃうじゃと徘徊している区画である。
この場にいるのはリディアと、ビーナス、なっちゃん、みかん。
シプトンによって、こちらの世界へと飛ばされてきた四人が程なくしてたどり着いたのが、この毒に侵された沼地なのだが。
本来は『グリーンリーフ』の山脈エリアより流れ出る湧き水が溜まる美しい湖であったはずのその場所は、ヒュドラたちの毒液に浸食されて、すっかりと地獄絵図と化していた。
そのことに気付いたビーナスたちは、毒蛇退治へと乗り出したのだが。
厄介なのは、ヒュドラたちを倒しても、しばらく経つとまた新たに沼地からヒュドラが生まれ出てくることにあった。
毒地におけるヒュドラの再生能力。
加えて、毒の属性が安定化してしまったことにより、他にも毒属性のモンスターが自然発生してしまうという、かなりはた迷惑な場所となってしまっているのだ。
当初は、リディアが持てる能力を使って、次々とヒュドラを葬っていたのだが、途中から燃料切れとなってしまい、今はビーナスやみかんが敵襲をしのいでいる間に、あっちこっちに散らばっているヒュドラの死体を回収しては、それを食べて燃料を補っている状態である。
最初のうちは、生のままで食べていたリディアだったが、『おいしくない』という理由から、食事がなかなか進まなかったのだが、それら一連の流れにぷっつんしたビーナスが、突然炎を生み出して対処――――どうやら、向こうで『フレイタン』からもらった加護が『音魔法』などに属性付与効果があったらしく、そのおかげでようやく火の通った毒蛇料理が食べられるようになった。
――――とはいえ。
「でも、やっぱり、おいしくない」
「元が悪いんだからしょうがないでしょ!?」
何だかんだで、リディアの攻撃が頼りなので、何とか頑張ってこんがり焼こうとしていたビーナスだったが、結局、火力が調節できずに黒焦げになってしまうので、もう味に関しては諦めてしまっている。
極力、毒に関しては、みかんの『毒をため込んでは吐き出す』能力のようなもので取り除くようにしているが、それでも多少の毒は残ってしまうわけで――――。
リディアにしては、めずらしく食が進まないのも仕方がないとも言える。
「ん、ちょっと回復。『しょっと』連打」
とは言え、食べながら、こうやってリディアが時々前線を潰しているおかげで、何とか追い詰められずにいるビーナスたちではあった。
敵が次々と湧き出てくるせいで、キリがないのも事実ではあるが。
すでに、周囲の沼地にはモンスターたちの死体の山が積みあがっている。
ヒュドラに関しては、放っておくと再生するので、こんがりと焼いてを繰り返して、みかんが毒を排出した地面を少しずつ広げて、ビーナスも『眷属』である『苔』を増やしては、陣地を少しずつ拡大したりもしている。
「きゅい――――!」
「ぽよっ――――!」
そして、そんなビーナスの本体を護る形で、なっちゃんとみかんがその周囲を固めて。
この毒の沼地での陣取り合戦が進行している、というわけだ。
たった四人の勢力で、これだけの数のモンスターたちに拮抗しているだけでも凄い状況とも言えた。
もっとも、それで手一杯のせいで、セージュたちを探しに行くこともできなかったのだが。
逃げようと思えば、可能だったかもしれないが、さすがにこの『毒亜竜』の量は放置できないとのリディアの意見で、こんな感じの戦闘を二昼夜以上続けているというわけで。
それほど、睡眠を必要としない者が多かったのが功を奏した形となった。
なっちゃんも一部、植物特性持ちなので、ビーナスから『苔』を分けてもらうことで、今のところは元気はつらつという感じで『土魔法』を使っている。
とはいえ。
「リディア、ここ、一掃できそう!?」
「ん、ちょっと効率が悪い。もぐ」
リディアが口いっぱいに含んだ黒焦げの毒蛇肉を飲み込んで。
「ごくん。でも、もうちょっと」
「そうなのっ!?」
「ん、もうちょっとで届く」
そう言って、無表情のまま、リディアが頷く。
「しばらく会ってなかったから嬉しい。ん、やっぱり、おいしくないとこの量は辛い」
「何の話よ!?」
そう、ビーナスが叫んだ、その時だった。
「きゅい――――!」
「ぽよっ――――♪」
まず、なっちゃんとみかんが反応を示して。
「――――えっ?」
ビーナスがふたりの方を振り返るのと同時に。
身体へと『何か』が横凪ぎに放たれ、そのまま通過していくのを感じて。
「――――っ!?」
「ん、大丈夫。念のため、なっちゃんとみかんは回避させたけど」
「何、今の……えっ――――!?」
リディアの言葉に反応する間もなく。
次の瞬間、周囲に存在していたはずのモンスターがことごとく真っ二つになっているのを見て、ビーナスは呆気に取られた。
――――と。
「ビーナスっ! 無事かっ!?」
「――――マスター!?」
「あー、良かった……やっぱり、わかっているとは言え心臓に良くないな。ビーナスやリディアさんは斬られないって聞いてはいたけど、ヒヤッとはするものな」
「え……? いきなり何言ってるの、マスター?」
いきなり現れて、訳の分からないことを言っているセージュに困惑しつつも。
自分の身を案じつつ、頭を撫でてくるその手の温もりに。
少しだけ安堵したまま、身を委ねるビーナスなのだった。




