第383話 狩人と斥候、遭遇する
「何で――――!?」
「……ルーガさん?」
異世界に飛ばされて彷徨っていた自分たちと、たまたま遭遇した人たち。
そんな彼らを見て、一緒にいたルーガが血相を変えたことに驚くエコ。
彼女の顔に浮かんでいたのは、恐怖?
それに準ずるような感情であったから。
だが、そんなルーガの態度に反して、彼らのうち、一番小さな金髪の少女が驚きながらも笑みを浮かべて。
「それは、こっちのセリフだ、ルーガ。……ははーん、事態がそこまで進行したか」
「……カミュ、さん」
「カミュ? この子が?」
ルーガのつぶやいたその単語で、エコも目の前の少女が何者であるか気付く。
頭にこそ何もかぶっていないが、少女の服装は修道女のそれだ。
そして、他のふたりも――――明らかに清楚な修道服では胸の突起を隠しきれていないほんわかした雰囲気の女性と、騎士のような装備を身にまといながらも、一見すると痩せすぎにも見える優男風の男性。
つまり、彼らは『教会』の関係者であると悟る。
ただ、エコにはルーガが少し震えている理由がよくわからない。
――――いや。
そういえば、今のルーガは『魔王』。
『教会』にとっては、世界に仇なす存在……だったか。
確かに、いつ制圧されてもおかしくない状況ではある。
そう、エコは認識を改めて、表情や仕草には出さないが、己のスイッチを切り替えた。
――――と。
そのエコのわずかな変化を読み取ったのか、騎士風の優男がエコに意識を向けて、かすかに表情を変えたのがわかった。
――――こちらの思惑を読んでいる?
そこで、エコも目の前の相手が侮れないということに気付く。
見た目からはわからないがカミュ以外のふたりも相応の実力者であるということ。
そして、二対三という状況に、少しだけまずいということを意識する。
と、騎士風の優男が口を開いて。
「カミュ、君の知り合い?」
「ああ。今のあたしの任務はふたりとも知ってるだろ? そっちで知り合ったやつだ。いや、もうひとりの方は知らないが」
はは、と同行するふたりに笑いかけながら、ルーガの方を見るカミュ。
「そっちって……」
「そうなのですか、シスターカミュ? ですが、私はそのようなことはまだ聞いておりませんが」
「だろうな。まあ、こっちで出会えたのなら好都合だ。ルーガ、ちなみに、他の連中はどうした? セージュとか」
「……わからない。気付いた時にはいなかった」
「なるほど。要はバラバラにやってきた、ってことか。――――ああ、落ち着け。心配しなくても、今のあんたに危害を加えるつもりはない」
「…………え?」
「ちょっといいですか? ええと……カミュさん?」
「ああ、なんだ? えーと……」
「エコと申します」
「わかった、エコ、だな?」
「はい。私がお聞きしたいことはひとつです。あなたがたは『教会』の人間として、ここでルーガさんを捕らえるおつもりかどうかです――――いかがです?」
「ああ、それについて、誤解を解いておきたいとあたしも思っていた。だからな、ルーガ、ひとまず、その手を下ろせ。心配しなくても、こっちではあんたに危害を加えるつもりはないってことさ」
「……どうして?」
「まあ、簡単な話だ」
そう言って、カミュがシニカルな笑みを浮かべる。
「こっちだとあんたたちが『お客様』ってことさ」
「カミュ、それだとわからないって。僕たち以外には意味不明だよ?」
「そうか? 言葉の意味そのままだろ。マックスの頭でも理解できるんだから、大丈夫だろ?」
「いや、いちいち僕の頭を比較対象にするのはやめてくれない? 別にカミュだって、そこまで頭が良いわけでもないんだし」
「おい、失礼だな、マックス」
「先に失礼なことを言ったのはそっちでしょ」
「あの…………」
「ああ、すまんすまん。どーも、こいつらと一緒だとダメだな。あたしが醸し出そうとしてるシリアスな雰囲気をぶち壊しにしてくれる」
「人のせいにしないでくれる?」
「そもそも、シスターカミュ、あなたも無頼を気取っているだけで、そこまでそういう雰囲気は持ち合わせていませんよね?」
「あー、わかったわかった! あたしが悪かったよ! えーと、そうじゃないだろ。ああ、そうだ、『お客様』の意味についてか」
やれやれ、と肩をすくめるカミュ。
「向こうでは、確かに『危険生物指定』を行なったがな。こっちに来てくれたなら、抜け道があるんだよ。後はやることさえやってもらったら、さっさと向こうにお帰り頂くってな」
「抜け道?」
「詳しくは言えないがな」
「……つまり、こちらではルーガさんの『危険生物指定』は解除されているということでよろしいのですか?」
「解除も何も、そもそも、してないってことだな」
だから、とカミュが良い笑顔を浮かべて。
「今なら、あたしも協力できるってことさ」
「やれやれ、カミュとその子が協力ってのもすごいね。ルビーナ様が知ったらどう思うかな?」
「いいから、黙ってろよ? エヌの世界だと中途半端な権限しかなかったから、どうしようもなかったんだからな」
「はいはい、了解だよ」
苦笑しながら、その騎士風の優男がこっそりと警戒を解くのがエコにはわかった。
どうやら、演技、というわけでもなさそうだ。
「とりあえず、今のルーガたちの状況を教えてくれ。それでどう手伝えばいいか、判断するから」
「……うん、わかった」
◆◆◆◆◆◆
「ふーん、なるほどな」
ルーガとエコから、ここまでの状況について聞いていたカミュが頷く。
今のエコたちは、自分たちにもどうなっているかわかっていない状態であること。
『魔女』のシプトンの助力でこちらへと飛ばされたこと。
今は、はぐれたみんなとの合流を目指していること。
などをそれぞれの視点から話した。
平野部ながら、現在位置がわからないため、慎重に周辺を探っていたのだが、その結果として、向こうからやってきたカミュたちと遭遇してしまった、と。
エコも一瞬だけ、シプトンのことを明かすかどうか悩んだが、そもそも、その『魔女』のおかげで今の苦境に至っていたこともあり、自分の素性は伏せたが、そちらについては素直に伝えている。
少なくとも、シプトンの名前を聞いて、カミュたち三人がそれぞれ反応を示したので、意味はあったとエコも考えている。
「エヌの世界に裏道から侵入するか。さすがは『予知の魔女』だな」
「うん、これも偽物の身体だって」
「ああ、それはあたしも気付いてた。そのぐらいは『視』ればわかるからな」
「そうなの?」
「ま、そのぐらいじゃなければ、巡礼シスターってのは務まらないのさ」
「言うね、カミュも。そもそも巡礼シスターって、カミュだけの――――」
「いちいちうるさいぞ、外野。余計なことは言わなくていいって」
「はいはい」
優男――――改めて、マクシミリアンと紹介された男の言葉を、カミュがぞんざいに扱って。
「まあ、ルーガが限定的とは言え、『レーゼの草冠』を持っていたのは大きいな」
そう言って、シニカルな笑みを浮かべるカミュ。
「だったら、同行も可能だな」
「え……?」
「へえ、カミュ、僕らも?」
「その方が話が早いだろ。良い機会だから、『千年樹』に顔つなぎをしておくぞ」
「ということは?」
「ああ」
カミュが元々やってきた方角を指さして。
「行くぞ。『グリーンリーフ』の中。それでセージュたちと合流だ」




