第382話 魔導竜、魔女相手に嘆息する
「シプトン……これはどういうことですか?」
『え? 何? 聞こえない』
「嘘をつかないでください。魔女の『遠見の水晶玉』がそのような不良品のはずがないでしょう」
自らの目の前に浮いている水晶玉に話しかけてるクリシュナ。
水晶玉にはシプトンの姿が映っていて。
今のクリシュナの問いが聞こえなかった、と言わんばかりに耳元に手をやるジェスチャーでごまかしている様子がはっきりと映し出されていた。
それを見て、クリシュナも嘆息して。
「確かに、貴方にセージュたちの手配をお願いしましたが、それならばどうして、わたしの元へと送らなかったのですか? ある程度の調整はできたはずでしょう? 貴方ならば」
『んーんー♪ うんうん、それが答えだとおねえさんは思うの』
「え……?」
『わからない?』
「……つまり、失敗したのではなく、意図的にそうしたということですね?」
『うん。そういうことだねー』
「…………」
シプトンの言葉に考え込むクリシュナ。
今、クリシュナが立っているのは、『グリーンリーフ』の中枢で程よく『千年樹』から離れた場所だ。
離れた場所にいる理由は、今の『千年樹』の全体像を眺めるためだが、やはり何度見ても、頂点からまっぷたつになっている『千年樹』の姿は痛々しく、目にするだけで居たたまれない気持ちを抱いてしまう。
――――これと言うのも。
『裏切りの竜』を自称するイクス。
クリシュナにとって、同胞でもあり、宿敵でもある、あの男のせいである。
もっとも、エヌに言わせると、裏切っているのは『裏切りの竜』ではなく、クリシュナたち、ということになるのだが。
既にクリシュナたちが捨てた『原初の竜』の本懐を、未だ抱え続けているのが、その『裏切りの竜』なのだから、と。
しかし、とクリシュナは、そのエヌの言葉を心の中で否定する。
殺し合い――――喰らい合いの果てに得る『完璧』さに何の意味があるのか、と。
それ自体がいびつで歪んだ行為としか思えないのだ。
少なくとも、クリシュナは『千年樹』と出会い、彼女の中にその可能性の片鱗を見つけた。
すべてを受け入れる。
そのことによって、そのことにこそ、クリシュナにとっての――――。
――――ですから。
今回、襲撃してきた『裏切りの竜』を滅ぼした。
手を貸してくれたのは『空竜』と『混沌竜』。
結果として、エスは重症、クリシュナ自身も力の大部分を失い、そして――――。
――――『混沌竜』が相討ちとなりました。
少なくとも、『グリーンリーフ』が、『千年樹』が、この惨状でありながらも、辛うじて生き延びていられるのも『混沌竜』のおかげなのだ。
と同時に、クリシュナは疑問に思う。
――――なぜ、あの時に『混沌竜』は手を貸してくれたのでしょうか?
『空竜』はわかる。
あの竜は『裏切りの竜』のことを仇敵と見ていた。
だから、クリシュナが呼びかけるまでもなく、『裏切りの竜』の襲撃を察知して、こちら側に付いてくれたのだ。
――――複数の竜の力を持つ『裏切りの竜』相手では、わたしひとりでは拮抗することもできなかったでしょう。
空を飛ぶ速さでは、『空竜』が最速。
だからこそ、最初の襲撃にも間に合った。
それは理解できる。
しかしながら、それとほぼ同じくして、なぜ『混沌竜』もまた戦線に加わってくれたのか?
その答えがわからない。
――――そもそも、『混沌竜』の力は絶大です。
一牙で、今の『裏切りの竜』を凌駕しうるのは『混沌竜』と……あとはひとりかふたりだけ。それしか、クリシュナには思い浮かばない。
『混沌』の力で、相手の能力を乱し、すべてを喰らって無にする『混沌竜』。
その力は強すぎる。
下手をすれば、この世界そのものに及ぶほどの危険なもの。
――――であるからこそ、『裏切りの竜』を滅するに至ったのですから。
最後に『混沌竜』が言った言葉。
『念には念』
その言葉を最後に。
――――『混沌竜』が『裏切りの竜』と共に消滅しました。
――――あれは間違いなく死に際の現象でした。
『原初の竜』の死に際に現れる核とひとつなぎの逆鱗。
それが世界へと吸い込まれることで、『原初の竜』は死を迎える。
――――もっとも。それはただ死ぬだけではないのですが。
――――ですが、なぜ?
なぜ、『混沌竜』がそこまでしてくれたのか、その謎は未だにクリシュナにはわからないことだった。
――――と。
『クリシュナ? クリシュナ? 大丈夫ー?』
「すみません、少し別のことを考えていました」
シプトンからの呼びかけに我に返るクリシュナ。
そして、再び、シプトンの言葉に意味を探ると。
「セージュたちを別々の場所に送ったこと。それについては、シプトンの思惑によるところ、ということなのですね」
『そういうことだねー』
「……ちなみに、森のどの辺りに送りました?」
『あれー? クリシュナならそのぐらいは感じ取れるんじゃないの?』
「今のわたしは弱体化状態です。おまけに『千年樹』の力も弱まっていますし。森全域を探ることなどできませんよ」
それが真実、とクリシュナは嘆息する。
『裏切りの竜』とのぶつかり合いでできた傷は、決して浅いものではなかったのだ。
今のクリシュナでは『グリーンリーフ』の護りをすることも難しい。
だからこそ――――。
「本来のわたしの力があれば、誰にも頼りませんよ。ですが、今のわたしではどうしようもありません。シプトン……お願いします」
『んー、まあいいか。おねえさんもめずらしい言葉を聞けたしね。じゃあ、ちょっと説明するね』
そう言って、シプトンが伝えてきた内容を聞いて。
クリシュナが軽く驚きを見せて。
「ルーガとエコは森の外ですか!?」
『うん、そう。セージュちゃんとウルルちゃんは、一応、クリシュナのところに向かってるかな?』
「なぜ……いえ、これも『予知』に関すること、ですか?」
『そういうこと。一応、それなりにマッチングしてるから、これで何とかなるんじゃないかなあ、っておねえさんは思うのね』
「マッチング……?」
『そ。細工は流々仕上げを御覧じろ、ってね』
「……何ですか、それは?」
『ふふ、あっちの表現だってさ。響きが何となく面白いと思わない?』
「それはわかりませんが……わかりました。わたしはここで待てば良いのですね?」
『そう、良いのですよー』
「今更ながら、シプトンが『魔女』であることを思い出しましたよ」
『ふふふ、そうそう。『魔女』をタダ遣いするとこうなるんだよ。またひとつ学んだね、クリシュナ』
「はぁ……」
きちんと報酬を渡せば良かったと嘆息するクリシュナと、それを見てニヤニヤと笑うシプトン。
そして。
性格は悪いが腕は確かだと、クリシュナが考え直して。
「わかりました。わたしも最善を尽くします」
『うん、おねえさんもそうするねー』
そのまま、光を失った水晶玉をしまうと。
クリシュナはその場から別の場所へと移るのだった。




