第381話 農民、周辺の地図を見る
「今、俺たちがいる場所は地図で言うとこの辺だな」
「なのです。『グリーンリーフ』の西側なのです。ピーニャたちは森の西側から、この魔境の中へとやってきたのです」
「なるほど――――」
改めて、おおよその現在位置を確認する俺たち。
オサムさんが見せてくれているのが、この大陸の地図のようなものだな。
全体図が一枚と、おそらく分割されたであろう、この『グリーンリーフ』の周辺を含めた拡大地図がもう一枚。
さらっと、オサムさんが地図を出してくれたけど。
不意に、前にカミュから聞いた言葉を思い出す。
「よく地図を入手できましたね、オサムさん」
「お? ということはセージュも地図の入手難度については把握してる口か?」
「ええ、前にゲーム内で出会ったシスターさんから聞きました」
「なるほどな、『教会』の連中か。ああ、そうだな。正確な地図と言えば、普通は『教会』だろうぜ。専属の測量士とかも抱えてるらしいし、各国も機密事項を除けば、ある程度は『教会』に地図を作ってもらうことに関しては許可せざるを得ない、というのが現状のはずだしな」
オサムさんが口元に笑みを浮かべたまま続ける。
「『教会』の測量した地図ってのは、他とは段違いの正確さを誇る。俺やセージュのように、衛星写真の存在を知っているものにとっては、それほどでもないかもしれないが、こっちの世界だと、その辺を普通にはぐれモンスターが闊歩してるからな。余程、技術者が育っている国でもなければ、詳細な地図を作ること自体が無理ってことさ」
「なのです。もちろん、結界のある都市の中の地図などは別なのですが、都市の周辺部を含めた広範囲の地図となると、かなり厳しいのですよ」
「ということは、この地図は『教会』のものですか?」
「いや、違うぞ」
そう言って、オサムさんが地図の端の方の印のようなものを指さした。
――――あ! ドラゴンの横顔みたいなマークがある。
「……ということは」
「ああ。これは『竜の郷』にいる『竜種』が作った地図だ。まあ、当然のことだが、連中、空を飛べるからな。あと、長生きだしな。そういう意味では、地上で暮らす俺たちみたいなものよりも、そっちの技術に秀でているんだろう」
確かに。
その空飛ぶ島に住んでいるんだものな、竜さんたちって。
それなら、衛星写真に近い形で地表を見渡すことも可能ってわけか。
あ、そうだ。
「あの、オサムさん」
「うん? 何だ?」
「その『竜の郷』には『原初の竜』の方たちも暮らしているんですか?」
「お……!? 『原初の竜』ってのはあれか? 『竜種』にとっての崇めるべき存在ってやつだな?」
「えっ……そうなんですか? そこまでは知りませんでしたけど……」
逆にオサムさんから尋ねられて、少しびっくりしてしまった。
へえ、エヌさんって、竜種の神様みたいな存在だったんだ?
話している感じだと、かなり気さくで、そういう風な印象はあんまりなかったけど、やっぱりすごい人ではあったんだな?
「ああ。『竜の郷』ではそういう話は聞いたな。ただ、その竜神さまたちも多くが姿を消していってしまって、今となっては『竜種』と言えども容易くは会えなくなったとも言っていたはずだ」
「なのです。『老師』がそう言っていたのです。竜の神様たちは変化の能力に長けていて、どんな種族にも化けられるそうなのですよ。なので、『老師』たちも探すのが難しいそうなのです」
「へえ、そうなんですね」
そういえば、エヌさんも似たようなことを言ってたっけ。
そもそも、最初に出会った時は粘性種の姿だったし、その後はあっさりと人型にもなっていたしな。
『原初の竜』は変幻自在、と。
「だから、正直、『竜の郷』にその『原初の竜』がいたかどうかとなると、俺たちにもわからないのさ」
「少なくとも、自分からそう名乗ってくれた竜はいないのです」
「そうでしたか」
なるほどな。
いるかも知れないけどわからないってことか。
それはそれとして。
「まあ、『竜種』といえども、できることとできないことはあるだろうな。この地図にしたところで『グリーンリーフ』の中については大雑把になってるしなあ」
「確かに、よくはわかりませんね」
オサムさんの言う通り。
『グリーンリーフ』として記されているのは、森とそれ以外の境界線ばかりで、あとは緑の濃淡で構成された地図になっている。
おおまかな広さはわかるけど、森の中の道などについての記載はないようだ。
「一応、大きめの川とか山とか、昨日通った峡谷とかはわかるな。だから、現在位置はこの辺ということになるんだが」
「いざ、森の奥を目指すとなるとルートがわからないですね」
「仕方ないのですよ。『グリーンリーフ』と言えば、『千年樹』が護りし、眠りの魔境なのです。眠れる竜を起こすのと同じか、それ以上に手出し無用の土地として有名なのです」
「冒険者もほとんど近寄らないんだったか?」
「なのです、オサムさん。ダンジョンとしての危険度は最高のAランクなのです。おそらく、最難関の『無限迷宮』を除けば、この大陸で一二を争う危険地帯なのですよ」
ピーニャさんが教えてくれた。
冒険者ギルドの基準で『グリーンリーフ』は、トップクラスで危ないダンジョンに数えられるそうだ。
中の地形についての事前情報がないこと。
地形が時間経過と共に変化していくこと。
植物系のモンスターが多く、擬態が得意なものも多いこと。
危険度高め、高レベルのモンスターが徘徊していること。
中心部ほど危険だが、外周部にも不定期で高レベルのモンスターが現れること。
などの理由によって、『不用意に近づけば命がない』レベルのダンジョンである、と。
ただ、このダンジョンが最難関の『無限迷宮』に含まれないのにも理由があって。
条件次第で、ダンジョンの難易度が大幅に減少するのだとか。
「ひとつ、『グリーンリーフ』の使者が同行している場合。ひとつ、『グリーンリーフ』の住人から依頼があった場合。ひとつ、『通行許可証』のたぐいを持っている場合。ひとつ、『渡り鳥モンスター』の協力を得ている場合。などの場合は『グリーンリーフ』が受け入れてくれるので、難易度が下がるのです」
「今のセージュのように、植物系統に好かれやすい場合もそうらしいな」
「なるほど……ちなみにオサムさんたちは?」
「俺たちの場合は、避難民から『許可証』を受け取っているのと、あとは『老師』の紹介だからってとこだな。『老師』、この森のお偉いさんと面識があるらしいぜ」
だからだな、とオサムさんが笑う。
「目的も、『この森を救いたい』ってことだしな。まあ、妨げられる理由はないよな」
「…………それにしては、モンスターの襲撃がありますよね?」
「それは仕方ないのです。『はぐれ』のモンスターは突然生まれたりするので、そもそも、森の命令系統から外れていることも多いのです」
「単純に知性の問題もあるんだろうな。しつけられるのとしつけられないやつがいるって話だ。だから、こっちもその辺については割り切ってるな」
交渉の余地なく襲ってきたら倒すまでだ、とオサムさん。
「まあ、相手が『人化』できるなら、俺の『眼』でわかるからな」
「そうなんですか?」
「ああ。それを基準に食材かどうか見分けてるってところもある」
なるほど。
『包丁人』が使えない相手なら、交渉の余地がある、ということか。
一応、『人化』できないモンスターでも、友好的かどうかは何となくわかるのだそうだ。
随分と便利な目だなあ、とは思った。
「『包丁人』の『目利き』の能力さ。これがなければ、もっと色々と毒見をしないといけなかっただろうな」
「おいしいものをピンポイント! なのです」
無益な殺生はしてはならない、ってやつらしい。
なるほどな。
まあ、異世界ならではの便利スキルとでも解釈しておこう。
それはそれとして。
「予定では、周囲を一周しつつ、様子を見ていくつもりだったんだが、セージュの話を聞く限りだと、『千年樹』を目指すべき、なんだろ?」
「ええ。たぶん、その周囲で俺の知り合いが待っているはずですから」
クリシュナさんに会えれば、何とかなるはずだ。
というか、こっちに来てから大分時間が経ったけど、向こうはどうしてるんだろう?
クリシュナさんも森のお偉いさんなら、俺たちのことを探してくれている可能性もあるか?
あるいは、それどころじゃない事態になっているか。
……何とも言えないな。
となると、こちらとしてもできることをやるしかないわけで。
「よし、じゃあ、このルートを進んでみるか」
「一直線、ですね。わかりました」
『途中まで案内する、って、この子も言ってるよー』
『――――!』
「うん、よろしく頼むね」
『――――♪』
よし、目指すのは『千年樹』だな。
資格不足でもなんでも、とにかく近づいてみないことにはどうなるかわからないし。
そのまま、俺たちは森の奥へと進むことにした。




