第380話 農民、おとぎ話を聞く
「『千年樹』を救いたい、って話だったよな?」
「はい。そうなんです」
歩きながら、改めて俺の目的をふたりに伝える。
今のところはオサムさんたちの依頼にくっついている形だけど、俺は俺でやらなくてはいけないことがあるのも事実だから。
まず、はぐれた仲間探しをしないといけないし。
ただ、その話の際、こっちの世界での『千年樹』の存在についての話になって。
「俺も、その『樹』については詳しくは知らないんだ。せいぜいが伝え聞く程度でな。なあ、ピーニャ、確か、こっちの世界だと有名なんだよな?」
「なのです。ピーニャも小さい頃、子守語りとして教わったことがあるのです。『むかしむかし、あるところに小さな島があったのです。その島の――――』」
ピーニャさんが自分の知っている『千年樹』の子守語りを教えてくれた。
◆◆◆◆◆◆
むかしむかし、あるところに海に浮かぶ小さな島がありました。
そして、その小さな島には小さな木が一本生えていました。
その島の中心ですくすくと育つ小さな木。
小さな島には、その木しか生えていません。
だから、木はいつもひとりぽっちです。
ある日、木はさびしくなって、外に向かって叫びました。
ねえ、だれかいないの?
すると、そんな木の声に対して、誰かが返事をしてくれました。
いるよ、ここにぼくがいるよ。
木の根元から声がしたのです。
びっくりして木が自分の根元を調べると。
返事をしてくれたのは、その小さな島、そのものでした。
なんと、その島は生きていたのです。
そのことを知って、木はよろこびました。
そして、海に浮かぶ小さな島もよろこびました。
よかった! ぼくたちはひとりじゃない!
すっかり仲良くなった島と木。
そこで、木は島にいいことを思いついたと伝えます。
ねえ、島くん。
なあに?
島くんは海に浮いているんでしょ?
うん、そうだよ。
だったら――――。
ぼくたちの他にも仲良くなれる相手を探しにいこうよ。
それはいいかんがえだね。
島が木の考えにうなづきました。
こうして、木と島はそのまま、大海原へと旅に出ることにしました――――。
◆◆◆◆◆◆
「――――というお話なのです」
「……おい、ちょっと待て、ピーニャ。それ、『千年樹』のおとぎ話か?」
「随分と突拍子もないような……」
最初のうちはファンシーな感じでピーニャさんの話を聞いていた、俺とオサムさんだったけど、いきなりの急展開に思わず突っ込んでしまった。
そもそも、島が話に登場してくること自体が唐突だし。
そして、その島が意思を持っていることも、島が自由に海を泳ぐことができて、その木と一緒に旅をしようとすることも、何というか……こう、不条理系の映画を見ているような、夢の中の話をしているような、そんな感じを受けるのだ。
いや、こういうのがこっちの世界のおとぎ話なのかも知れないけどさ。
「これは、あくまでもお話の導入部なのです。ここから、どんどん海を旅しては、新しい出会いと別れを繰り返しては、どんどん大きくなっていく島と木の大冒険なのです!」
「大冒険かよ……」
「なのです。地方によって、それこそ、家によってお話が異なるのです。大体一緒なのは、この最初の部分だけなので、そこを抜粋したのですよ」
どうやら、類型の話がいっぱいあるそうだ。
ただし、『島』と『木』が旅をして、仲間を取り込んで、どんどん成長していく、というのは大体同じなのだとか。
「ということはおとぎ話としては、大作ってことか?」
「なのです。ピーニャが教わった寝物語も全百話なのですよ」
「いや!? 多いですって!?」
こっちの世界のアラビアンナイト系か?
千夜一夜物語。
それが『千年樹』の子守語りだ、って。
いや、実際、例をあげて話されるとなかなか興味深い内容ではあるけど。
巨人たちの暮らす島とぶつかってしまった『島』と『木』が巨人相手に奮闘する話とか、シュールではあるけど、物語としては面白くなくもないし。
『島』が飛び跳ねたり、『木』が木の実を転がして、巨人たちを転ばせて難を脱したりするところは確かに冒険活劇っぽい……か?
途中から自信がなくなってきたんだけど。
「そもそも、そのお話って、誰が考えたんですか?」
「たぶん、旅芸人や吟遊詩人の間で語られていたと思うのです。それに、『教会』も絵本を出していたと思うのですよ」
「ピーニャ……吟遊詩人か?」
「なのです、オサムさん」
「オサムさん、吟遊詩人さんたちがどうしたんです?」
「いや……それにしては、金にならなそうな話だと思ってな。それよりもピーニャ、一応、聞くが、その話のオチはなんだ?」
「大体はハッピーエンドなのですよ。大きくなった『島』と『木』の周りにたくさんの種族が集まって、みんなで幸せに暮らしました、という終わりなのです」
大冒険が終わって、冒険で知り合ったみんなと幸せに暮らすオチ。
『千年樹』にまつわる物語の多くは、それで終わっている、と。
「大体ってことは、違うものもあるのか?」
「なのです。ピーニャはあんまり好きではないのですが、『島』が大きくなりすぎて、動けなくなってしまって、喋れなくなって、『木』がひとり取り残されてしまう、という結末もあるのです」
ちょっと怖い感じなのです、とピーニャさんが言いながら身震いする。
それを聞いて、随分と両極端だな、とは思った。
そして、一方のオサムさんは何か考え込むような表情をしているし。
『そういえば、セージュー。ウルルも聞いたことがあるかもー。その『島』と『木』のお話ー』
「そうなの、ウルルちゃん?」
『うんー。確か、おかあさんが言ってたかなー? その『島』って、ウルルたちの住んでるとこにも来たことがあるって』
「……『精霊の森』にも?」
『うんー。何だっけー? えーと……『島』がぶつかったから……だったっけ? それで、生まれたー、あははーっ、ちょっと忘れちゃったー』
「ぶつかった? 生まれた?」
ウルルちゃんが言っている意味がわからないぞ?
当の本人もわかってないみたいだけど。
だが――――。
「生まれた……か。神話大系か……?」
「え……?」
「セージュ、確か、『千年樹』って樹人種だって言ったよな?」
「あ、はい」
何のことかと俺が驚き戸惑っていると。
そんな俺の姿を見ながら、オサムさんが頷いて。
「俺もその『千年樹』と話がしてみたくなった」
そう言って、オサムさんが伸ばした『水刃刀』を一閃した。
それだけで、周囲の枯れかけた木々に傷を一切付けず、毒素だけを霧散させる。
「もしかすると、この世界の成り立ちについて知っているかもしれないからな」




