第378話 農民、料理人と妖精さんコンビと親しくなる
「うわぁ……やっぱり、ダメですね」
「仕方ないのです。オサムさんとおんなじ使い方をしようと思うのが間違っているのですよ」
本来は失敗作なのです、と俺をなぐさめてくれるのがピーニャさんだ。
身長は1メートル弱ぐらい。
それでいて、子供というわけじゃなくて、きちんと女性っぽい感じもある。
いわゆる『妖精さん』ってやつだ。
小柄なのは、『PUO』で会った妖精種とおんなじだけど、彼らより一回りぐらいは大きいかな?
妖精さんの中では、ちょっと大きめな感じの身体らしい。
服装は動きやすそうなパンツルックで、どこか中性的な感じだけど、ピーニャさんのハツラツとした感じに似合っている。
そして、そんな俺たちの様子をどこか暖かい目で見守りながら、今朝の朝食を作ってくれている男の人が、オサムさんだ。
昨日、ワイバーンに襲われていた俺たちを助けてくれて、その後でそのワイバーンの肉を使った料理をごちそうしてくれた人。
見た目は二十代後半か、三十代かな?
出会った時はびっくりしてしまったけど、よくよく見ると着ている黒っぽい服が、『向こう』でいうところのコックコートに似ていることに気付いた。
その時に、一応、料理人だということを教えてもらった。
名前はオサムだけで、家名はないらしい。
というか、その名前の響きが気になったので、聞いてみたところ、オサムさんも俺たちと同じ迷い人だということが判明して、むしろびっくりしてしまったけど。
ただ、色々話したことでお互いの境遇を共有できて。
それでわかったことがある。
このオサムさんは、俺たちのような『プレイヤー』とは違う存在らしい、って。
――――何せ。
「オサムさん……」
「はは、セージュ、やってみてわかったろ? それはただの『水芸』程度のアイテムに過ぎないって」
「はい、それはそうなんですけど……」
今、俺が持っているのは、昨日、オサムさんがワイバーンをまっぷたつに分断した時に使っていた魔道具だ。
『水魔法』が使える者限定のアイテムで、その効果は『水で棒状の武器を作る』というものだ。
ただし、これは本来は『失敗作』として捨て値で売られていたものなのだそうだ。
旅芸人の一座が水芸などで使えば、使えなくもないというヘンテコアイテム。
俺も試しに使わせてもらったけど。
確かに、『水の刀』のようなものは生み出して、形状を維持することはできた。
だけれども、それはあくまでも形状が維持されているだけなのだ。
水の刃が対象に当たった瞬間、通常の水に手を触れた時と同じように、形状が崩れてしまうのだ。
一応、大きさは昨日オサムさんがやった通り、どこまでも長くできるみたいだけど、基本的には何も斬れない。
本当にただの水芸のための魔道具という感じのものでしかなかった。
「比較的、誰にでも使えるアイテムだが、まあ、役立たずだよな。はは、だから、安く手に入れることができたってわけなんだが」
「オサムさんは違いますよね?」
「ああ。『包丁人』のおかげだな」
昨日、どうやってワイバーンを斬ったのか、という俺の問いに関して、あっさり教えてくれたのが、その『包丁人』と呼ばれるスキルだ。
オサムさん曰く、欠陥とまではいかないが、随分と尖った能力のスキルだ、と。
詳しい説明は伏せられてしまったけど、この『包丁人』のスキル。
その能力は『食材に対する切断特化』というものらしい。
それを聞いて、あ、と思った。
前に俺も戦った『流血王の鎧』。
それが持っていた能力に近い、って。
『我が剣に斬れぬものなし』。
あれは飛んできた礫にすら、その能力を付与することができていた。
つまり、このオサムさんの『包丁人』も、さっき俺が使った時はただの水遊びに過ぎなかった魔道具で、その『水の刀』によって、ワイバーンすらまっぷたつにできる切れ味を生み出したのだろう。
うん。
それを聞いた時、この魔道具とその能力の組み合わせの恐ろしさを痛感した。
何というか、ひどい壊れ性能というか。
そう、俺が言った時、『料理人としては便利な能力だよな』と笑っていたけど。
昨日ワイバーンをさばいていた時にも、この能力がいかんなく発揮されたようだ。
まあ、もちろん、尖ったというだけあって、欠陥もあるらしいけど。
端的に言うと『人型の生物は斬れない』。
これはオサムさんが、人間は食材だと認識できないからだ、って言っていた。
つまり、対人戦闘では、決して絶対ではないってわけだな。
ただし、その効果はモンスター相手では絶大で。
昨日の巨大なワイバーンもそうだけど、ほとんどの相手を一閃のみで倒してしまうことができるってわけで。
うん。
純粋に、この人、強いって思った。
剣士としての力量では、たぶん、十兵衛さんの方が上だろうけど、そういう意味じゃなくて、モンスターを相手にし慣れているというか。
相手が食材だとわかれば、躊躇しないというか。
何となく、うちの親父どのに近いような雰囲気を感じた。
年齢はもちろん、オサムさんの方が若いけど。
話を戻そう。
「あの、オサムさん」
「うん? 何だ? ああ……それは受け取っておくな。で? どうした、セージュ?」
「オサムさんって、本当に向こうの世界の身体って……」
「ああ。涼風のやつからはっきりと言われたな。俺の向こうの身体はもうないよ。要は二度と戻れないってことさ」
屈託のない笑み。
それがどうした? と言わんばかりの表情に。
やはり何度聞いても、俺自身は驚きを隠せないというのに。
「それでいいんですか?」
「良いも悪いも、それも人生だろ? 執着がないかって言えば嘘になるが、幸いというか、あっちに残してきたものもないしな。というか、こっちに送られた直後はそんなことをいちいち気にしてる余裕なんてなかったからなあ。なあ、ピーニャ?」
「なのです。ピーニャも何回死ぬと思ったのかわからないのですよ」
「はは、そういうわけさ。ま、死にかけのところを拾ってもらったわけだし、それだけで十分すぎるってな。少なくとも、俺は涼風のやつには感謝してるぜ?」
これだ。
『涼風』――――エヌさんたちの言うところのスノーさん。
確か『死神種』で、今回のゲーム開発の事実上の責任者。
俺は、その知り合いの一色さんとしか面識はないけど、オサムさんは直接、その涼風さんと会ったことがあるのだとか。
「まあ、俺もセージュたちの事情を聞いて驚いたさ。まさか、涼風のやつ、他にも似たようなことをしてただなんてな。VRゲームを利用した段階的な接触か。まあ、確かに無難っちゃあ無難だよな」
俺みたいな境遇のやつを無理やり送り込むよりも現実的だ、と笑うオサムさん。
あっさりと受け入れてくれたのも、実は割とその手のゲームにも興味があったりしたからなのだとか。
『もしかしたら、俺も料理人枠でプレイできたかもな』って笑ってたし。
「まあ、それよりも飯にしようぜ。どこの世界でも腹は減る。まずは腹ごしらえが生きるための基本だぜ」
「はいなのです! ごはんなのです!」
『わーいっ! 昨日のワイバーンのお肉もおいしかったもんねー。あー、できれば、ウルルも憑依を解除したいのにー。セージュー、しっかり味わって食べてよー?』
「わかったわかった……ふぅ。すみません、オサムさん」
「はは、喜んでくれるのはうれしいさ。まあ、俺も『精霊種』が憑いているって聞いて驚いたがな。じきにそっちの方にも行ってみようかとピーニャと話していたところだしな」
そう言って、ニヤリと笑うオサムさん。
「ウルルのおかげで、『精霊の森』の情報も聞けたしな。ほんと、何が幸いするかわからないのが面白いところだな」
そう言いながらも朝食の用意を続けるオサムさん。
「そっちのトレントは、この水がうまいんだったよな?」
『――――♪』
トレントの食事にも気を遣ってくれるオサムさんを見ながら。
改めて、偶然とはいえ、良い人たちに巡り合えたなと内心で喜ぶ俺なのだった。
ログアウトが不可能となったこの世界で、あっさり夜を明かすことができたのは、オサムさんとピーニャさん、このふたりのおかげだ、と。




