第377話 農民、グリーンリーフをさまよう
『やっぱり、すごいねー、セージュの『手』って』
「ああ。正直なところ、この能力が残っててくれて助かってるな」
『――――♪』
荒れ果てた『グリーンリーフ』の森の中を歩いて散策していたところ、まあ、当然のことながら、こっちにもはぐれモンスターはいるわけで。
いきなり、俺たちに向かって襲い掛かって来たんだけどさ。
枯れた樹のお化け……たぶん、トレント系だな。
襲い掛かってきたのが植物系だったので、そのまま、『緑の手』を試してみた結果、あっさり戦意喪失で仲間みたいになってくれたのだ。
というか、この辺、植物系のモンスター多すぎ。
もう既に小一時間で十匹以上と仲良くなったぞ?
もっとも、仲良くなったとはいえ、なっちゃんとかみたいに一緒についてくる樹ばっかりじゃなくて。
その仲良くなったトレントたちが、他の周囲のモンスターたちまでなだめてくれたりもしたのだ。
結果として、時々、話が通じなさそうなモンスターを倒しつつ、それ以外のモンスターたちとは上手くやっていっている感じだな。
ちなみに、今ついて来ているのは一体だけだ。
一番最初に仲良くなった枯れた樹のお化けみたいなやつ。
そいつも元気がなさそうだったので、しばらくなでてやったり、ビーナス印の苔が残っていたので、それを食べさせると途端に枯れかけていた身体から新芽が生えて、少しずつ緑の葉が戻ってきたりして。
その結果、ついて来てくれるようになったってわけだ。
その時に気付いたんだが、一応、向こうで持っていたアイテム類はこっちでも使えるようになっているらしい。
アイテム袋も持っていたし、一部のアイテムはなくなっていたけど、それ以外は普通に残ってたしな。
これもシプトンさんの能力なのかね?
まあ、おかげで助かっているので何とも言えないけど。
ちなみに、紛失したアイテムは『お腹が膨れる水』やそれを使って作った薬関係などだな。
そっち系統のアイテムもエヌさんの補助によるものだってことだろう。
後は、薬油のたぐいもだ。
俺の職業から、『鍛冶師見習い』と『薬師見習い』が消えていたので、おそらくそっちが原因だろうな。
やっぱり、あの一瞬でアイテムができてしまう簡易錬成のたぐいは、ゲーム内限定のいかさまだったってことだろう。
『解体』のスキルがなくなっているのが、その証拠だ。
あれ、カミュも『初めて見た』って言ってたから、『こっち』の世界には元々存在しないスキルだったってことだろう。
そこまで考えて。
最後に会った時のカミュの言葉を思い出して。
カミュのやつもたぶん、こっちの世界から来ていたんだろうな、と推測できた。
あ、そうだ。
となると、こっちの『教会』の方が危険度が高いんだっけ?
面倒ごとに巻き込まれる前に、ルーガたちと合流したいところだな。
「そういえば、君、名前は何て言うの?」
「――――♪」
『うーん、名前はまだないみたいだねー』
「ふうん、そっか」
一応、『モンスター言語』に関しては、ウルルちゃんが使えるので、この樹の言っていることを翻訳してもらっている。
本当は、そのスキル自体を共有できればいいんだけど、ウルルちゃんの『憑依』で使えるのは『水魔法』と『精霊眼』だからな。
いや、もちろん、それだけでも十分すぎるけど。
やっぱり、森の中で『精霊眼』が使えるのはかなりの強みになるから。
今の俺は、『鑑定眼』のたぐいがすべて喪失しているから、何だかんだ言って、周辺警戒で役に立つのはウルルちゃんの『精霊眼』だけなんだよな。
もしかして、『鑑定』のスキルって、こっちにはないのかな? とは思った。
さておき。
話を聞いてみると、この樹はまだ、『樹人』の中でも、『人化』の能力を身に着けていないので、名前をもらえていないのだそうだ。
それを聞いて、へえ、トレントって『人化』できるんだ? とは思った。
その辺は、ここが『グリーンリーフ』だからってことらしい。
頂点が『千年樹』であるレーゼさんで、その人もドリアードとして『人化』できるから、それに倣う感じになっているのだとか。
――――そう。
『千年樹』、な。
今俺たちがいる場所からは、大分離れているけど、ここからでもよく見える。
『向こう』の世界とは違って、中央部分からまっぷたつに裂けて、今にも自重で倒れそうになっているのが痛々しい。
クリシュナさんたちが助けたいという存在――――『千年樹』か。
『森の結界は弱まっているけど、まだ、消えたわけじゃないからねー。だから、まだ生きているとは思うよー』
『――――!』
ウルルちゃんの言葉に頷く、トレント君。
うん。
やっぱり、慕われているんだな。
顔とか表情とかはわかりにくいけど、それでも雰囲気的に伝わってくる。
「せめて、クリシュナさんと合流したいよな……」
『――――!』
『えっ!? 知ってるのー!?』
「本当か?」
『――――♪』
あ、そっか。
クリシュナさんは、こっちに本体があるもんな。
もしかすると、本体のある場所にいる可能性があるか。
「そこまで案内してもらってもいい?」
『――――! ――――』
『途中まで、だってー。森の奥深くだから、一部の存在しか入れない、って』
「あー、それもそうか。でも、俺たちと一緒なら大丈夫じゃないか? 一応、『草冠』もあるし……って、あっ!?」
『どうしたのー?』
しまった。
俺が持ってるのって、『水の草冠』だけだぞ?
あれって、三種類そろってないとまずいんじゃなかったっけ?
……ということは。
「クリシュナさんのところに向かうためには、ルーガたちと合流しないといけないってことか……」
『大変だねー。これ、すぐ終わるのかなー?』
『――――?』
まあ、やるしかないよな。
そう、俺がもう一度、気合を入れなおしている、その時だった。
『――――っ!? セージュっ!? 上っ! 上っ!』
「へっ!?」
『竜――――っ!? じゃない!? ワイバーンだよっ!』
「――っ!?」
ウルルちゃんの叫びに俺が上を向くと、上空から勢いよく、こっちに向かって急降下する巨大な生き物が見えて――――。
これがワイバーンっ!?
初めて見たっ! ――――じゃねえっ!?
やっべぇ!? 回避行動が遅れたっ!?
ワイバーンの急降下が速すぎる――――!
ってか、電車と同じぐらいの大きさの生物が、羽で飛ぶなんておかしいだろ!?
あー、油断した――――まさか、竜とはな。
シプトンさんには申し訳ないけど、『偽体』をダメにしてしまうかも。
そう、考えながらも半分自棄になって、必死に逃げようとする――――その時だった。
「……あいつも毒だな。ピーニャ、『気配遮断』を解除だ」
「わかったのです――――!」
「へっ!?」
人!? ……と妖精さん!?
俺たちから少し離れた場所に突然人が現れて――――。
「悪く思うなよな、ワイバーン」
「――――っ!?」
その男の人が持っているのは、水でできた大きな刀!?
長い……なんてもんじゃない。
数十メートル……いや、それ以上にどんどん長くなっているそれを、男は一閃して。
『――――――GYAっ!?』
次の瞬間、急降下中だったワイバーンの身体がまっぷたつになった。
◆◆◆◆◆◆
「お前さん、何とか無事か?」
「え……ええ、ありがとうございました」
「なに、偶然通りかかっただけさ。一応、念のため、姿を見た時から警戒はさせてもらったが、そっちのトレントと親しいってことは、悪いやつじゃなさそうだしな」
それで助けた、と事無げに男が言う。
いつの間にか、手に持っていたはずの水の刀はすっかり短くなって、短刀ぐらいの長さになってしまっていた。
それに驚きつつも、今は男の言葉を聞く。
「にしても、こんな場所で人と会うのはめずらしいな。迷子か?」
「そうじゃないつもりですが……似たようなものです。今ははぐれた仲間を探しています。あなたたちは?」
「うん、まあ、依頼中、みたいなもんさ」
「なのです。ピーニャたちはそのためにここにいるのですよ」
「クエスト……ですか?」
「ああ」
男の人が頷いて。
「『毒の竜』の毒素があっちこっちに残っているらしくてな。俺たちは、『竜種』からの頼みで、その毒素を見つけて、取り除くって作業をしてるのさ。まあ、立ち話もなんだな……ちょうどいいものがあるしな、一緒に飯でも食っていくか?」
「……はい?」
「ワイバーンの肉は食ったことがあるか? 美味いぜ」
熟成したのに比べれば味が落ちるがな、と笑う男に、思わず呆気に取られつつも。
そのまま、誘われるままに、俺たちはそこで食事をとることになったのだった。




