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第376話 転章――異世界へ

「はい、ゆっくりと目を閉じてー。身体の力を抜いて、楽にしてね」


 シプトンさんに言われた通り、地面に描かれた魔法陣のようなものの上に立って、そのままゆっくりと目を閉じる。

 俺だけではなく、他のみんなもそれは同様だ。


 『あっち』の世界へと移る。

 正確には、意識だけを飛ばして同期させることで、『偽体』を動かす、という感じなのだろうけど。

 遠隔操作のマニピュレータというか、これはこれで、今立っている世界からVRゲームの中へと入っていくような感じだろう。

 VRの中でVRって時点で頭が痛くなってくるけど。


 それはそれとして。

 もう、覚悟は決めた。

 結局のところ、『あっち(ツギハギ)』と『ここ(PUO)』と『向こう(現実)』の三つの世界がそれぞれ影響し合っている状況にあるのは間違いないようなので、もしかすると、『あっち』にルーガを助けるためのきっかけがあるかもしれないから。


 もはや、ゲームとは言えないかもしれないけど、はっきりしていることがひとつ。

 助けを求められた以上、もし、自分でも役に立てるのであれば、このまま去るのは寝覚めが悪いのだ。

 やるだけのことはやろう。


 もしかすると、これが俺にとってもメリットがあることかも知れないから。


「シプトンさん」

「うん、何? セージュちゃん」

「『あっち』の世界では、俺たちって死んだらどうなるんですか?」

「そうだね。おねえさんお手製の『偽体』が壊れちゃったら、その時点で同期が切れて、また、この場所に戻ってくるだけだよ。ただし、新しい『偽体』ができるまで、再び『あっち』に行くことはできなくなるけど」


 ふふ、という声の後。


「だから、安心して。セージュちゃんたちが即消滅ってわけじゃないから」

「私からも良いですか、シプトン」

「はい、どうぞ、エコちゃん」

「今の私たちの身体はどうなります?」

「一応、同期中は『時間停止状態』を維持する感じだね。そっちは空間魔法の処置を施しているから心配ないよ。攻撃無効状態になるから」

「ですが、この場所が安全であるとは限らないのでは?」

「ふふ、だから、おねえさんはここに留まるよ。ちゃんとみんなの身体は護ってあげるから、その分、頑張ってね」

「えっ!? シプトンさんは一緒に行かないんですか?」

「そういうわけじゃないんだけどねえ。おねえさんたち、『魔女』はまあ、色々とねえ、遠隔操作ってやつに慣れてるからねえ、ふふ、何とかなるのね」

「……えーと?」

『シプトンでしたら心配いりませんよ。今も、向こうの身体は起きている(・・・・・)のでしょう?』

「ふふ、そういうこと♪」


 うーん……。

 何だか、よくわからないけど、クリシュナさんが心配ないってことは大丈夫なんだろうな。


「はいはーい、いい加減、お口にチャックねー。身体を楽にしてー……そうそう、それじゃあ、ゆっくりと始めるよー」


 というシプトンさんの声が少しずつ遠くなって。


 ……おや?


 この感触って……あ、そうだ。『施設』の機械から、この『PUO』へとやってくる時と同じような感覚だ。

 つまり、これって、あの時と同じ手段を使っているってことか。

 変な霧のような、水のような、何ともうまく表現できない何かに包まれて、まるで自分が(まゆ)になったような感じで。


 ――――繭か。


 たぶん、それが正しいのかも知れない。

 変態する虫のような。

 別の何かに生まれ変わるような。

 不思議な感触。


 その何とも言えない心地よさに飲まれるようにして。

 俺の意識はゆっくりと沈んでいった。



◆◆◆◆◆◆



 ふと。


 ゆっくりと目を開けると、そこは――――。


「……ここは?」


 一瞬、何が起こったのがわからなくなって。

 少しずつ、ゆっくりと夢から覚めたように、記憶が思い出されていく。


「そうか、ここが本当の――――」


 ――――異世界。


 確か、クリシュナさんやシプトンさんは『ツギハギ』って言ってたっけ。

 まず、周囲を見渡すと、そこは広大な自然が広がっていた。


 ただし――――、


「随分と、向こう(PUO)と比べて荒れ果てているような気がするな……」


 まるで、大空襲にでもあった直後のような。

 あちらの『迷いの森』では、圧倒的な迫力で生い茂っていた巨木が、見るも無残な姿で倒れ、焼けただれ、朽ち果てている。


 ――――死にかけた森。


 そういう表現が相応しいほど、ひどい有り様に思わず言葉に詰まる。


 というか。

 この『森』を救ってくれって、俺たちだけで……?


 ――――と。


 そこでようやく気付く。


「あれ……他のみんなはどこに行ったんだ?」


 周囲を見渡しても誰もいない。

 『眼』の力を使って、遠くを眺めても誰も……あ、いや、そうだ。『眼』の力が使えるってことは。


「ウルルちゃん、ウルルちゃん、憑いてる?」

『…………うーんー、もうちょっと寝かせてよ、アルルー』


 あ、良かった。

 あんまり覚醒はしてないみたいだけど、一応一緒にはいるみたいだ。


「ウルルちゃん、起きて、起きて」

『…………ふえぇ? ……あ、セージュだー、おはようー』


 ふわぁ、とあくびするような声がして、ウルルちゃんがようやくまともに返事をしてくれた。

 というか、精霊さんもあくびとかするんだな?

 一応、憑りついている時って本体に近いんじゃなかったっけ?


 まあ、それはいいや。


 ひとまず、覚醒したウルルちゃんと今の状況について相談する。


『うーん……他のみんなとはぐれちゃったのかなぁ?』

「だとしたら、シプトンさんの不手際だよな。結構、困るぞ、これ」


 そもそも、バラバラの場所に移したら、また余計な手間が増えると思うんだけど。

 あ、そうだ。

 ルーガたちとはパーティーを組んでるんだよな。

 何とか、そっちの機能を使って連絡を取ってみるか。


 早速、ステータス画面を呼び出そうとして。


「あれっ……?」

『どうしたの、セージュー?』

「ステータス画面が……」

『あれ? 出ないわけじゃないよね?』

「ああ、だけどこれって……」



名前:セージュ・ブルーフォレスト

年齢:16

種族:土の民(土竜種)

職業:農民

レベル:65

スキル:『土魔法』『農具』『爪技』『身体強化』『土中呼吸』『緑の手』『暗視』『水中呼吸』『自動翻訳』



 少し前に確認したステータスと違う。

 いや、そもそも、ステータス画面が簡素化されて、このステータスの表示だけになってしまっているのだ。

 『パーティー』の項目や、『フレンド通信』などの項目、もちろん『けいじばん』も開けなくなっている……って、ちょっと待て。


「そうか……こっちって、エヌさんの管理している世界じゃないから」


 そこでようやく気付く。

 ……ゲーム内での補助があったであろう能力が使えなくなってるってことか!?


『うーん、ウルルは大体使えるかなー? でも、確かに使えなくなってるものもあるかもー』


 ウルルちゃんはそこまで戦力がダウンしていないのか。

 それを聞いて少しホッとする。

 それに、俺も一応は身体のレベルはこっちに来る直前のレベルのままだ。


「そっか……リディアさんも最初会った時、『パーティー』とか『フレンド通信』とか知らなかったもんな」


 そのことを思い出して、思わず嘆息する。


「……思った以上に一筋縄ではいかない世界みたいだな」

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