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第374話 ここまでの一幕4

『そろそろ良いですか? 条件が整いましたので『中央』に向かいたいのですが』

「あ、ごめんなさい、クリシュナさん。はい、わかりました」


 この『ヴィーネの泉』周辺って、モンスターが襲ってこないからなあ。

 ちょっとだけ、話に夢中になっちゃったよ。


 ただ、別に時間を無駄に過ごしていたわけじゃない。

 一応、情報と状況の共有は必要だったから、それぞれの動きについて把握するために話をしていたわけだしな。

 特に、ルーガの目覚めた『魔王の欠片』の能力については、もうちょっと検証が必要な気もしたし。


 ともあれ。


 俺たちもイズミンさんたちから事情を聞いたから、ゆっくりしている場合じゃないってのはよくわかった。

 今は、まず、『この世界(PUO)』の『千年樹』の様子を見に行くのが先決だ、と。


 ――――と。


 シプトンさんがクリシュナさんとの会話に口を挟んできた。


「ねえねえ、クリシュナ」

『何でしょうか、シプトン?』

「今のクリシュナって、同期してる状態ってことでいいよね? だったら、逆に確認ね。こっち(・・・)のエアリスとアリエッタちゃんの動きについてはどのぐらい把握してるの?」

『ラルフリーダ……お嬢様から身を隠していますよね。ですから、わたしもこの中(・・・)での行動に関しては、そこまで把握していないのが現状です。ある程度、推測はできますが』

「うん。じゃあ、そこにおねえさんが加わった、ってことの意味についてもわかる?」

『ええ。エアリスが同期していたと聞いて、確信に変わりました。正直なところ、助かります。わたしの予定では、わたしの分の報酬について、エヌと交渉して、それで、と考えておりましたので』


 貴方が協力してくださるなら、工程を省略することが可能です、とクリシュナさんが頷く。


「ふふ、やっぱりか。さすが、『彼ら』の中でも頭脳派って言われるクリシュナだけのことはあるね。お爺ちゃんが褒めていたことがあるもの」

『単に、魔法研究で試行錯誤しただけですよ。わたしはそういうものではありません。それこそ、頭脳派というのであれば、『蒐集家(エヌ)』や『策士(アール)』の方が適任です。わたしは彼らほど常識外れ(悪辣)ではありませんので』

「ふふん、謙遜謙遜。まあいいや。うん、そういうわけだから、おねえさんもお手伝いをするからねー」

『ありがたいですが、何か裏は?』

「いや、というかね。これ自体がおばばからの依頼(クエスト)みたいなもんなんだよねえ。さすがにね、『大陸』のパワーバランスが崩れるのは良くないっていうか。うん、まあ、話すのも面倒だけど、そんな感じだよ。だから、報酬とかは気にしないで」

『……まだ間に合うとお思いですか?』

「うん」


 クリシュナさんのまっすぐな問いに、その視線をきちんと受け止める形で真剣に頷くシプトンさん。

 その言葉を受けて、クリシュナさんが破顔した。


『……そうですか』

「そうだよ。クリシュナが思っている以上に、このことはみんなが気にかけているんだよ。たぶんね、他に目的はあったかもしれないけど、エヌちゃんがこの『ゲーム(仮想世界)作り』を受けたのも、それが念頭にあったからだって」

『そう……でしょうか?』

「うん、お爺ちゃんが言ってた」


 初めて。

 いや、今までのシプトンさんのからかうような表情がすっかり潜めて。

 ただ、クリシュナさんに対して優しく微笑む。


「今まで、長い間頑張って来たんだから、報われてもいいよね? ってこと」

『――――』


 黙ったまま、瞑目するクリシュナさん。


 ややあって――――。


 どこか。

 強い目力。

 どこか、闘志に火が付いたような。

 そんな雰囲気をたたえたまま。


『イズミン、道を開いてください』

『りょうかいー! ぼくにできるのはこれだけだからね、クリシュナちゃん』


 道……? 一体どこに?

 そんな風に俺たちが思った、その時だった。


「へっ!?」

「泉の水が――――!?」


 イズミンさんが両手を上にかざした途端。

 『ヴィーネの泉』として、溜まっていたはずの水がすべて(・・・)

 大きな水玉となって、上空へと浮かび上がった。


『そこです』

「えっ……? あっ!? 泉の海底部分に扉が?」

『地下通路へと至る入り口は多くありません。そのほぼすべては『彼女』たちの管理下にある場所で、かつ『彼女』たちの力を要して、初めて入り口として機能します。ここは『森』の中で、もっとも『オレストの町』より近い入り口です』


 そのまま、話しながら、クリシュナさんがすとんと扉の側へと降り立つ。


『行きますよ、皆さん。少し急ぎますので、わたしの背に乗ってください』


 クリシュナさんに促されるままに。

 俺たちは慌てて、その背中に向かって駆けだした。



◆◆◆◆◆◆



 そうして、地下道を疾駆するクリシュナさん、という現状へと至る。

 直線ではないため、スピードは最高速ではないそうだ。


 そもそも、クリシュナさんの最高速って、例の目にも止まらぬ瞬足だもんな。

 さすがにそれでは乗っている俺たちが振り落とされてしまうので、多少は加減してくれているというわけだけど。


 うん。


 通路の中は真っ暗だな。

 でも、今の俺にはウルルちゃんが『憑依』してくれているので、『暗視』のスキルに上乗せされる形で、視界が広がっている状態だ。

 昼間ほど、とは言えないけど、それでも十分によく視える。

 前にこの中で採取したリムヴァ草などが生えているのも確認できるほどだ。

 やっぱり、『精霊種』の『眼』ってすごいよなあ。


「でも、『千年樹』にたどり着いたら、どうなるのかな?」


 横でクリシュナさんにしがみついているルーガからの素朴な疑問。

 うん、確かに。

 俺も流れ的に、『グリーンリーフ』の中央にある『千年樹』を目指すのが、ラルさんからも与えられたクエストの到達点だと思っていたんだけど。

 どうも少し違う気がする。


 さっきまでのクリシュナさんたちの会話。

 そして、イズミンさんたちの『お願い』。


 それらのどこかに不安を感じつつも。

 だが、ひたすらに前へと進んでいく。


『もう少しで着きます』


 そんなクリシュナさんの言葉が響いて。

 そこでようやく。

 あるひとつの可能性について、覚悟を決める俺なのだった。

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