第373話 そこまでの一幕3
「それにしても、よく試練を突破できたよな? ビーナスたちの相手って、火属性特化のフレイタンさんだろ?」
「ふふ、そうよ! 大変だったのよ! だから、マスターも、もっと心を込めて褒めなさい!」
「わかったわかった、了解」
「きゅいきゅい――――♪」
「ぽよっ!」
「ああ、もちろん、なっちゃんとみかんもな。みんな、よく頑張ったな」
俺の手はふたつしかないので、それぞれ順番になでる。
というか、みかんがポンと背中に飛び乗ってきたので、何気に重かったりする。
フレイタンさんとの戦闘で色々あったのか、みかんの身体も前よりも大きくなってきているしな。
その割には重さがそこそこなのは、少しは能力を使って浮いてくれているのかもしれない。
改めて、ビーナスたちに話を聞いたところ。
まあ、本当に相性的に大変な相手だったそうだ。
うん。
それはそうだよな。
よりにもよって、植物系のビーナスとみかんの相手が『炎の樹』なんだから。
なっちゃんは、虫系統のモンスターだけど、まあ、当然のことながら、虫にとっても炎ってのは相性が悪い。
熱を使う殺虫手段なんて、それこそごまんとあるしな。
だからこそ、ビーナスたちは炎の樹の中央にあった『草冠』の奪取に的を絞って動いたのだそうだ。
みかんが『小精霊』の動きを読んで、怪しいところを特定して。
なっちゃんの『土魔法』で『草冠』のあるところの周囲を密封。
いわゆる、酸素をゼロにするやり方での消火法だな。
その密封空間内にビーナスたちが残ったままになって。
火が弱くなったところを、みかんに騎乗していたビーナスが宝箱をひったくって、それで試練クリア、と。
「酸素がない状態で、よくそんなことができたな?」
「あのね、マスター。わたしも人型っぽい姿だけど、別に人間と同じような呼吸をしてるわけじゃないのよ? 身体の中にある程度はため込むことができるから、後は我慢比べだったの」
「ぽよっ♪」
なるほど。
まあ、確かにビーナスは下半身が植物だし、みかんに至ってはどこで呼吸してるのかなんてさっぱりだもんな。
その辺は植物系統の種族の強みでもあった、ってことか。
「ふふ、大したもんだよねー。おねえさんも感激しちゃったよ。確かに、一度、周辺魔素を限定空間で使い切れば、魔法による火は使えなくなるからね。眷属ちゃんたちはそこまで考えてなかったと思うけど、一瞬の『空白』を上手に使って、フレイタンちゃんの隙をついたわよね」
「知らないわよ。何となく、燃えるものがなくなれば火は消えるって思っただけだもの」
「ねー。ふふ、やっぱり、ビーナスちゃんのいたところって、進んでたのね。何となく思うってことは、それを知っていた人が近くにいたってことだもの」
ふむ。
相変わらず、シプトンさんの話すことはわかりにくいけど。
何はともあれ、よく頑張ったよ、ビーナスたち。
「――――♪ って、マスター、何か変わった?」
「うん? 何がだ?」
「何となく、前より触り方がうまくなってる気がするもの」
「そうか?」
「あー、セージュちゃんってば、触り方がいやらしくなってるですってー」
「ちょっ!? そんなこと、ビーナスも言ってないじゃないですか!?」
からかえそうなネタがあると、即座に突っ込んでくるな、この人。
まあ、シプトンさんの冗談はさておき、ビーナスが言っているのって、俺の『緑の手』が成長したことが原因なんだろうな。
さすがに撫でる時に変な感情を意識するつもりはないけど、前の時も同じようになでて、多少は影響があったから、それよりも今の方が少し力が強くなっているんだろう。
結局のところ、『緑の手』はプラスの影響とマイナスの影響、どちらが強いかとなると未だによくわかっていないんだよな。
リディアさんの話だと、植物系統を味方にしやすくするスキルみたいだけど、既にビーナスたちは味方になってくれているから、その後の効果はまだ不明のままだし。
まあ、ビーナスもなっちゃんもみかんも、撫でられるのが不快じゃなさそうだから、今のところは問題はなさそうだ。
なので、あんまり時間に余裕はなかったけど、ビーナスたちが満足するまで、しばらくこのままの状態を続ける俺たちなのだった。
◆◆◆◆◆◆
そして、ビーナスたちがようやく穏やかになってくれたので、今度はルーガやクリシュナさんたちの方の話を聞くことになった。
ルーガたちの相手は、風属性特化のサイクローネさん。
ルーガの他の同行者は、クリシュナさんとエコさんだな。
それを聞いて、ウルルちゃんが首を傾げた。
「あれー? おか……じゃなかった、お姉ちゃんはどこに行ったの?」
「あ……そういえば、フローラさんは?」
ふと気付くと、クエスト前までは一緒にいたはずのフローラさんの姿がどこにもなくなってしまっていた。
『フローラでしたら、知り合いを見つけたとのことで、そちらに向かいました。それについては一応、わたしの権限で許可を出しました』
へえ? クリシュナさんは知ってたのか。
まあ、そもそも、フローラさんの目的は『グリーンリーフ』にいる『精霊種』の人たちと会うってことだったしな。
ウルルちゃんのお目付け役でもあるから、ここまで同行してくれたってとこだろうし。
……あ。
そこまで考えて、まずいことを思い出す。
フローラさんがいなくなったということは、ウルルちゃんの抑えが効かなくなる可能性が……。
「むぅー! セージュー、大丈夫だよー! ウルルだって、いつまでもこどもじゃないんだからねー」
「ごめんごめん」
「それにね、本当に制御できなくなりそうだったら、セージュの中に戻るからー。『憑依』中は周辺への影響も薄くなるからー」
だから、大丈夫、とウルルちゃんが胸を張る。
いや、うん。
よくわかったけど、やっぱり、暴走する可能性は自覚してるんだな?
これ以上不機嫌になられるとそれこそまずいから、もう突っ込まないけど。
さておき。
「ルーガとクリシュナさんだけで、制圧か」
「うん! ほとんど、クリシュナさんのおかげだけどね」
力の使い方を教わって、大分わかってきた、とルーガが頷く。
横からエコさんも感心したように同意して。
「私はほとんどお役に立てませんでしたが、凄かったです。まるで台風と台風がぶつかり合っているような状況でした」
エコさんからの説明によると。
クリシュナさんが持つ『風魔法』の能力をルーガが共有して。
その力だけで風属性特化のサイクローネさんと二対一で渡り合ったのだそうだ。
二対一と言っても、クリシュナさんはあくまでルーガのサポートに徹していたらしく、はっきり言ってしまえば、ルーガの能力だけでサイクローネさんを無力化してしまったようなものだったとか。
無力化したあとで、ゆっくりと『草冠』を探して、もうその時点で試練をクリアしたようなものだったので、現れたサイクローネさんの本体から直接手渡されて、そのまま完了という形になったのだとか。
それにしても、ルーガが『風魔法』か。
「それがルーガの『魔王の欠片』の能力か?」
「はっきりとはわからないけど、借りた力を無駄なく調整する感じかな? そうすれば、あんまり疲れないってことがわかったの」
なるほど。
つまり、少しずつではあるけど、力のコントロールができつつある、と。
だとすると、例の件を考える上でもありがたいことだろう。
エヌさんの話だと、ルーガが力を暴走させることで、周辺への影響が大きくなるわけだから。
……うん?
そう考えると、ルーガとウルルちゃんって同じような問題を抱えてるよな?
一方が自然に対してで、もう一方がモンスターに対して、ではあるけど。
何となく、似た者同士が集まってくるような気がする。
いずれにせよ、ルーガとは後でふたりだけで話をする必要がありそうだ。
今はちょっと、そのタイミングを作れないけど、大事な話をしなければならないだろう。
「それで、セージュの方はどうだったの?」
「そうよ、マスターの話は聞いてないわよ」
「ああ、俺の方はだな――――」
そのまま、ふたりに促されて、水の中での戦いについて話す俺なのだった。




