第371話 農民、地下道を進む/そこまでの一幕1
『では、そのまま『千年樹』のところまで進みますね』
「お願いします、クリシュナさん」
地下通路へと下りた俺たちは、そのまま、全員でクリシュナさんの背中に乗って、『グリーンリーフ』の中央へと向かうことになった。
「やっぱり、真っ暗だよね、ここ」
「……わたしは何となくとしか覚えてないわ。マスターやルーガと出会ったってことも薄っすらともやがかかってる感じで思い出せないもの。まあ、不快な感覚はあるわね」
「きゅい――――!」
「ぽよっ――――?」
「うわーっ! すごい、もふもふだよー。それに何だかいい匂いもするし」
「…………良いですね」
「ちょっと、エコちゃんってば、そんな真剣な表情でモフらないの。おねえさんもちょっと引いちゃうよ?」
ただし、ここに至るまでに少しの時間を要したのも事実だ。
例のクエスト達成から、どうしてこうなったのか、少しだけ時間を遡る――――。
◆◆◆◆◆◆
「あっ! セージュも見つけられたんだね? 『草冠』」
「ちょっとちょっと、マスター! こっちは大変だったのよ!」
イズミンさんを連れて、俺たちが水上へと戻ると、遠くの方から、それぞれルーガたちとビーナスたち、三チームに分かれてたみんながやってくるのが確認できた。
先程、ぽーんで流れたように、ルーガたちもどうやら『草冠』を手に入れることができたようだな。
それはそれで嬉しいのだが――――。
今の俺の頭の中には、先程、イズミンさんに告げられた内容が残っていた。
同時に、そのことを知って蘇った記憶についても、だ。
あの時、イズミンさんが何を言いたいのかが一瞬わからなかった。
俺……いや、俺たちに助けを求めたのはわかった。
どうやら、今、その『千年樹』さんは危機的な状況を迎えているらしい。
何らかの異変が起こっているであろうことは、今までのクエストなどで推測できたけど、そこまではっきりとした情報を得られたのは初めてだったので、驚かされたのも事実だ。
だが。
加えて、『あっちの世界』という言葉。
意味としてはわかる。
いや、わかった。
イズミンさんの懇願を呼び水として、ひとつの記憶が蘇ったからだ。
この世界の在り方について。
エヌさんと直接語った時の記憶。
まるで、夢だったんじゃないか、とも思われたその邂逅について。
それが確かに事実として起こったことが不意に思い出されたのだ。
と同時に、あの時、カミュが口にしていた『介入』という言葉もはっきりと理解することができた。
あの時、カミュから受けた忠告の真意。
たぶん、この世界には『記憶を操作する能力持ちがいる』ということ。
エヌさんの眷属として紹介された、あの小さい子。
確か、『妖怪種』とか言ってたっけ。
そうだ。あの『九ちゃん』と呼ばれていた子に、俺の記憶を弄られたようだ。
確信を持てたのは、その後のリディアさんの言葉だ。
俺が、リディアさんに『あっちの世界』に関して尋ねてみたところ。
『ん、そう』
という返事が返ってきた。
驚いたことに……というか、まあ、リディアさんならそうだとしてもあまりおかしくはなかったけど、あっさりと『あっちの世界』の出身であることを答えてくれた。
その辺は、『迷いの森』に入ってからのシプトンさんとのやり取りとも一致する。
あの時は、何だかよくわからないNPCの間で通じる話をしているなあ、ぐらいにしか感じられなかったのが、エヌさんとの邂逅を思い出したことで、はっきりとその背景についても認識することができるようになった。
おそらく、そちらの認識も阻害する効果が『九ちゃん』の能力には含まれているのだろう。
いつもならおかしいと感じられたような違和感に気付きにくくなっていたことに、今更ながら気付かされる。
つまり。
『あっちの世界』とは、エヌさんたちが本来生まれた世界で。
この『PUO』の世界は、エヌさんの能力で創られた『仮想世界』であって。
俺たち『迷い人』は、ゲームという媒介によって、本当の別世界へと呼び出された存在である、ということ。
それらに気付かされた。
リディアさんたちも、結局のところ、俺たちと同じ処遇らしく。
『あっちの世界』から、『PUO』へと呼ばれた存在なのだそうだ。
言わば、俺たちとは別の意味での『迷い人』である、と。
ひとつ俺たちとはっきり違うのは、その能力だな。
『あっちの世界』を基準に作られたこの世界では、『あっち』の世界の住人の能力はそのままで維持されているらしい。
やってきたにも関わらず、最初から高レベルであったのにはそういう理由があるのだそうだ。
その辺は、エヌさんも言っていなかったので、リディアさんの口から初めて知らされた内容だな。
そして、同時にルーガの存在についても、だ。
あの時、カミュから聞かされた内容や、クリシュナさんやラルさんから知らされた話以上の内容がエヌさんとの会話で判明している。
――――ルーガがはぐれモンスターの『狂化』事件の犯人である、と。
これは極めつけにまずい話だ。
ルーガが『魔王の欠片』であることが発覚したのとは別の意味でまずい。
さすがにこの情報は『けいじばん』などで表に出せない。
一応、エヌさんも対処法がないわけじゃない、というニュアンスの話をしていたので、周りに知られないように、そっちの方法を見つけ出して、それを行なう必要がある。
……はあ。
考えることが色々ありすぎだな。
その上で、イズミンさんからも『お願い』をされてしまったというわけだし。
話を戻すと。
イズミンさんもまた、『あっちの世界』のことを俺に試練を課している間で思い出すことができたのだそうだ。
何がきっかけでなのかは不明らしいが、少なくとも『あっちの世界』ではイズミンさんの元となった本体でもある『千年樹』さんが死に瀕しているらしい。
ただ、そのことを向こうの世界の出身でもあるリディアさんにも聞いてみたのだが、そちらについては首をひねられてしまった。
『ごめん、この頃、ずっとこっちにいたから、それは知らなかった』
隙見て、ちょっと帰ってみる、と。
どうやら、リディアさん、俺たちが来る大分前から『PUO』のテストプレイのようなものをエヌさんから依頼されていたようで、ずっと『PUO』内の世界を巡っていたそうだ。
おそらく、このゲームのバグ取り担当がリディアさんって感じなのだろう。
ただ、事情はある程度わかってきた。
この試練自体を仕組んだであろうクリシュナさんも『あっちの世界』の住人であることがイズミンさんによって判明した。
俺もびっくりしたけど、クリシュナさんってば、この『グリーンリーフ』の中でも『千年樹』さんと同列に語られる存在らしくて。
『千年樹』さんの属性分体であるイズミンさんたちにとっても、敬意を払うべき存在なのだそうだ。
立ち位置は『グリーンリーフの守護者』。
ある意味、『千年樹』とは別の意味で、森の護り神のような存在なのだとか。
うん。
そのことを聞いてびっくりしたのと同時に、どこか納得できる節もあった。
要は、ここではラルさんの部下のように振舞っていたけど、その実、立場的にはラルさんより上ってことだよな?
何せ、独断でイズミンさんたちを管轄を無視して呼び寄せることなんて芸当ができるぐらいだからな。
……道理で強いと思った。
というか、そのクリシュナさんすら封じられる能力を持つリディアさんは、それこそ何者だって話になるんだけどな。
あー、そうだ。
もうリディアさんの能力は使うな、ってエヌさんからも忠告があったもんな。
もう一度使えば、俺も『あっちの世界』の仲間入りだもんな。
……あれ?
そういえば、このイズミンさんのお願いって、どうやって叶えるんだ?
今の話をまとめると、だ。
俺が――俺たちが『あっちの世界』に行く必要があるんじゃないか?
だとすれば――――。
そんなことを考えながら。
俺は、こちらに笑顔で近づいてくるルーガたちを出迎えるのだった。




