閑話:巡礼シスター、視察する
「これは……一体どういうことだ?」
その光景を目の前にして、思わずカミュは呆気に取られてしまった。
かつて、荘厳な雰囲気で包まれていたはずの森が消え、山肌も見えかけ、すっかりと荒れ果ててしまっている光景。
まるで、大災害に襲われてしまった後のような。
痛々しい爪痕を残したままの土地。
今、カミュが立っている場所。
それは――――。
「おい、カウベル、マックス。あんたら、どこまで聞いていた?」
「……私も直接目にしたのは初めてです。まさか、ここまでとは……さすがに驚きを禁じ得ませんよ」
「同じく、僕もそうだよ、カミュ。そもそも、カミュが例の特殊な仕事についたおかげで、僕もカウベルもずっと『本部』にいたからね。むしろ、先だってのカミュとルビーナ様とのやり取りを聞いて、初めて、この惨状を知ったんだからさ」
そう言って、カミュに対して、困惑の表情を返してくるふたり。
こっちで、カミュと運命共同隊を組んでいる、カウベル・シルバニアフィールドとマクシミリアン・エンフィールドだ。
『牛の獣人』のカウベルと『巡礼騎士』のマックス。
どちらも、『神聖教会』ではそれなりの地位に就いており、相応の実力者である。
カミュにとって、運命共同隊である以上に、『教会』にきちんと属して以来、最も信頼のできるふたりだ。
特に、マクシミリアン――――マックスとは、マリアベルの婆さんが運営していた孤児院時代からの付き合いで、腐れ縁と言ってもいい間柄でもある。
少なくとも、カミュが今の地位に就かされてしまった後でも、ほとんど以前と態度を変えることがない貴重な存在でもあった。
もっとも、カミュも性格的には相当曲がっているので、そういう意味で、ふたりに直接感謝の意を伝えたことは一度もないが、本当の意味で気の置けないありがたい存在でもあった。
ちなみに、カミュとマックスの家名が同じなのは、兄妹だからではなく、マリアベルの婆さんの孤児院出身者は統一して、『エンフィールド』の名を名乗るしきたりが『教会』の中では残っているからだ。
あの、孤児院の出の者なら、カミュたち以外にも『エンフィールド』の名を持つものが多く存在している。
「ふん、ルビーナなんざ呼び捨てで良いんだよ。『三賢人』とか言って、気取ってるだけなんだから」
「ダメだよ、カミュ。まあ、カミュにとっては未だに恨みの塊なのかも知れないけど、それはそれとして敬意は払わないといけないよ」
「ふふ、私はノーコメントです」
「ほら見ろ、マックス。どっちかと言えば、カウベルもあたしの意見に近いぞ? ふん、あいつらの暗躍でどれだけ迷惑を被ったと思ってる」
「まあ……僕も否定はしないけど」
「大体、今回の件だって、あたしが問い詰めるまで、知ってて隠してたんだぞ? ちっ……結局、あたしなんざ、お飾りってことじゃないか」
「あら、シスターカミュ、お飾りではない方が良いのですか? 私はてっきり、ルビーナ様たちもカミュに対して、気を遣っているのだとばかり思っていましたけど?」
「……まあな」
「そうだよ、カミュ。だから、情報は隠されていたんだろ? たぶん、君が望むのなら、ルビーナ様たちだって、そう扱ってくれるはずだよ? でも、嫌なんだろ?」
「当然だ。前にも言ったが、あたしにとって『教皇』ってのは、マリアの婆さんだけだ。その前のくそ爺も知ったこっちゃないし、ましてや――――」
「ふふ、『自分に押し付けられるなんて、たまったもんじゃない』でしょう?」
「……他人事みたいに言うなよな。そもそも、あんたの護衛に就いたせいなんだからな、カウベル」
「知りませーん。ふふ、ですから、私もカミュには感謝しているんですよ」
「まあね。本来だったら、カウベルさんが後継者筆頭だったはずだからね。カウベルさんの『慈愛』と僕らふたりとの連携で、成果をあげすぎたのはやっぱり少し失敗だったんじゃないかって、僕も思うよ」
「はぁ……」
思わず、マックスの言葉で過去の自分たちのやらかしたことを思い出して嘆息するカミュ。
やり過ぎた、のはまったく否定できない。
その当時のカミュは、マリアの婆さんのためになると思っていただけだったから。
今でこそ、ただの『牛の獣人』としてシスター職を自称しているカウベルだが、その出自は『神聖教会』の中枢……枢機卿の娘だ。
おまけにカウベル自身、『慈愛』の能力に目覚めたおかげで、そのまま、彼女自身も親から枢機卿の座を引き継いだ存在でもあった。
弱冠十歳で、『慈愛』の二つ名を持つ枢機卿となったのは、後にも先にもカウベルが『教会』史上でただひとり。
カミュも、歳が近いというだけで、そんなカウベルの護衛の任務に就くことになったおかげで、人生が急転してしまった。
決して、悪い意味だけではないので、カウベルを恨むつもりはないが、それでも愚痴のひとつぐらいは言いたい時もある。
「いや、昔の話はいい。それよりも、この『グリーンリーフ』の惨状だ。カウベル、マックス、あんたら、どこまで聞いてる?」
「僕はカミュと同じタイミングで初めて知ったよ。確かに、もの凄い嵐があったって話は行商人たちや同僚から耳にしていたけど、まさかここまでとはね。さすがに『千年樹』が枯れかけているのは衝撃としか言いようがないよ」
「そうか。カウベルは?」
「同じくです。ただし、私の場合は今のお仕事との兼ね合いで、少しそちらから情報を得ることができました」
「そっか。カウベル、今、エヌのやつと、か」
「ええ。『原初の竜』の捜索任務とも関わりますしね。おかげで、エヌさん以外の竜さんたちの状況も少しずつではありますが、わかってきましたね」
ふむ、とそれを聞いて一瞬考え込むカミュ。
「……ということは、これ、もしかして『原初の竜』がらみか?」
「そのようですね。逆に言いますと、そのぐらいの事件でもなければ、ここまで『グリーンリーフ』に被害を与えることはできません」
「だろうな」
カウベルの言葉にカミュが頷いて。
「ちなみに、エヌのやつはどこまで把握していた?」
「おそらく、すべて、でしょうね。『巻き込まれないように逃げた』って仰っていましたから。そのおかげで『原初の竜』さんたちの事情も垣間見ることができました。あの方々が身を隠しているのにも理由があったみたいです」
「そうなのか? それは?」
「『原初の竜』と呼ばれる皆様の存在意義に関わることだそうです。あの方々がそれぞれ、独自の属性に秀でているのはカミュも知っていますね?」
「ああ、理屈は知らないがな。『文字竜』ってやつなんだろ?」
「ええ。欠番はあるようですが、最大数は決まっていて、それぞれが『文字』に対応した『座』に就いている。ここまではご存知ですね?」
「知ってる」
カミュはカウベルの言葉に頷く。
エヌは名を隠していないので、そのまま『N』の座。
クリシュナは『魔導竜』ということが判明したので、隠し名で『エム』という名があるはずだ。
「では、その竜たちの存在意義については?」
「いや……それは知らないな。一体、どういうものなんだ?」
「『完璧な存在になる』、だそうです」
「は? なんだそりゃ?」
「『文字竜』として、それぞれの属性を極め、互いを喰らいながら、相手の力を取り込むことで、最後に『完全なる竜』をひとつ生み出す、というのが『原初の竜』の存在意義なんだそうですよ」
エヌさんが言っていました、とカウベル。
「ということは何か? これって、『原初の竜』同士のいさかいが原因ってことか?」
「そうらしいです。エヌさんの話ですと、もうすでに『原初の竜』たちの多くは、自らの『存在意義』などよりもずっと興味深いものを見つけており、その多くは、そこまで『完全なる竜』には執着していないようですが……」
「ようですが?」
「ひとりだけ、そのことを諦めていない方がいらっしゃるようです」
「……そいつが原因ってことか。うん? ってことは原因も判明しているのか?」
「ええ。『グリーンリーフ』を半壊まで追い込んだのは『裏切りの竜』だそうです。その方と『空竜』さんと『混沌竜』さん、それと――――」
「クリシュナ――――『魔導竜』だな?」
「あ、はい。カミュも知っていたのですね?」
「こっちも色々とあってな。つーか、『原初の竜』四牙の大乱闘かよ……そりゃあ、この有様になるわな……」
やれやれ、と肩をすくめるカミュ。
事情は何とかわかった。
『PUO』と呼ばれるエヌの世界で、クリシュナが活動をしている根本の理由も。
「……にしても、『混沌竜』って、カオスか?」
「はい。『教会』の伝承にもあります、破壊を司る『カオスドラゴン』ですね。私も今回初めて、『シー』という真名を知りましたが」
『カオス』と呼ばれる竜は、実は教会の中でも有名だ。
何せ、どういう理由かは知らないが、かつて『魔王』がこの大陸に攻め込んできた際、その拠点周辺で暴れまわって、あちら側に多大な被害を与えた存在だからだ。
もっとも、『混沌竜』の名にふさわしく、『教会』側も多大な被害を被ることになったわけだが、結果として、魔族の弱体化に一役買ったということで、『原初の竜』の中でも良い意味で、その存在については知られている。
――――祭りでの脅かし役として。
「で? どうする、この有様? 『教会』として、どう動くつもりだ?」
「ルビーナ様たちは動かないつもりでしょうね」
「やっぱりか。一応聞くが、理由は?」
「『グリーンリーフ』側から要請がないというのが理由です。残念ながら、『教会』は警戒されていますから」
「はぁ……何企んでるかわからん、ってことか」
仕方ない、とカミュが頷いて。
「ひとまず、状況がわかったから戻るぞ。勝手に踏み込むとまた面倒なことになりそうだしな」
「それでいいのか、カミュ?」
「良いも悪いも……てか、あたしにも思うところがあるんでな」
「思うところ?」
「ああ。案外、これも偶然じゃないのかもしれない、ってな」
そんなカミュの言葉に不思議そうな表情を浮かべつつも、いつものことだと納得するふたり。
三人はそのまま、荒廃した『グリーンリーフ』を後にした。




