第370話 農民、話す
一気に距離をつめるのと同時に、動線上のスライムたちに『緑の手』を使っていく。
次々と真っ赤になって、海底へと沈んでいくスライム。
ある意味、順調。
だが、内心では焦りもある。
魔法の場合、使用すれば自分の魔力を消費する。
リディアさんの力の場合、空腹値――――カロリーを消費するようだ。
ならば、この『緑の手』は何を代償にしている?
それがわからない以上は、一切油断ができない。
時間がない。
余裕もない。
どちらかと言えば、追い詰められているのは俺たちの方なのだ。
なので。
痛みと引き換えに、視える世界の感度を無理やり引き上げる!
『『精霊同調』――――っ!』
どくん、という音が全身を駆け巡る。
目が血走って、痛みを覚えるのを必死にこらえながら、ありとあらゆる場所に視点を巡らせ――――。
『見つけた――――!』
『樹』の根元にひとつ。
『樹』の上あたりの少し離れた水面近くにひとつ。
何もないように見えて、立体的な何かの存在をそれぞれ確認する。
『――――っ!? 『同調』を解除っ!?』
相変わらず、この能力、反動がひどい。
場所の特定は終わった。
まずは、もう至近距離まで近づくことができた、イズミンの『樹』に対して、『緑の手』を使う――――。
『大好きだよ――――!』
手が触れた瞬間、何かが弾けるような、鳴動を感じて。
直後、『樹』が震えだしたかと思うと。
『っ!? 崩れるっ!?』
『セージュー! 少し離れてー!』
呆気にとられる俺の目の前で、ぼろぼろと崩れていく『樹』。
まさか、一度触れただけでこんなことになるなんて。
……もしかして、『緑の手』、思っている以上に危険か?
だが、動揺していたのはほんの一瞬。
すぐに、先程ターゲッティングしておいた地点へと身体を反転させる。
海底のあたり。
『樹』の根っこの側に水でカモフラージュされた『何か』が隠されていた。
……これって、全反射の応用か?
あるいは盲点に入ってしまっているのか。
そこに『何か』あるのはわかるのに、視えない。
さっき、『精霊同調』ではっきりとものの存在は認識できたので、そのまま、そこにある『もの』をひったくると――――。
『えっ!? これって……宝箱!?』
『んー? えー? ただの箱じゃないー?』
ウルルちゃんは、普通の箱だと思ったみたいだけど。
いや、これ、ゲームとかでお約束でもある、例の宝箱だ。
……そういえば、この『PUO』の世界で、ここまでいかにもな宝箱を見たのは初めてのような気がする。
何というか、ダンジョンとかに設置されているタイプの箱だ。
装飾もそこそこ、『海賊の宝』とかでよく見かけるタイプの箱かな。
おー!
何となく、この緊迫した状況だけど、テンションがあがるな!
早速、開けて中身を確認したいところだけど、もうひとつの『視えない存在』のある場所が残っているので、そのまま、そっちのところへと向かう。
さっき、『精霊同調』でターゲッティングしたのは一瞬前だ。
急がないと、場所がずれてしまうかもしれないしな。
『――――『大水流』っ!』
ウルルちゃんに頼んで、もう一度加速。
程なくして、水面近くの場所へと近づくと――――。
『クエスト【試練系クエスト:『草冠』を奪取せよ】を達成しました』
『あなたを含めた三つのパーティーがそれぞれ『草冠』の奪取に成功しました。よって、こちらのクエストは自動的に終了となります』
『注意:そのまま、クエストが次の段階へと移行します』
『三つのパーティー要員すべては、『ヴィーネの泉』まで集まってください』
『……へっ!?』
例のぽーんという音が頭の中に響いて。
そのまま、クエストの達成を告げられてしまった。
『えーと……つまり、この宝箱の中身がその『草冠』ってことでいいのか?』
『そうだよ。ぼくがあんだ『みずのそうかん』だよ』
『――っ!?』
ウルルちゃんに話しかけたつもりが、いきなり違う声によって返事を返されたことで動揺する俺。
というか、色々と起こりすぎだっての!
――――と。
水面近くの不可視の存在が、不意にその姿を現した。
水でできた『樹』のつたを全身に纏ったひとりの少女。
いや、少女と言うにも幼い感じだ。
ドレッドのように無数に編み込まれた緑の髪に、青白い羽衣のようなワンピースを着た幼女が、こちらを見下ろしている。
もしかして――――。
『イズミン、か?』
『そう。ばばさまのぞくせいぶんたいのひとりだよ』
『みず』のイズミン、と幼女が名乗る。
やっぱりか。
さすがに、こんな見た目なのが本体だとは思わなかったけど。
『ばばさま、ってのは?』
『しってるでしょ? 『せんねんじゅ』だよ』
『その……属性分体ってのは、何人もいるのか?』
『ぼくをふくめて、よにんいるよ。そのうちのさんにんがこのしれんにあつめられたんだ。クリシュナちゃんのおねがいでね』
『そうだったのか……』
なるほど。
そして、クリシュナ『ちゃん』ね。
あのクリシュナさんをそう呼ぶってことは、この子も見た目通りの歳じゃないな。
『うん。そうだよ。ぼくはばばさまのようしょうきのすがただもん。それはすがたがそうだってだけ』
分体だから歳を取らない、とイズミンが頷いて。
『うん、かなりへんそくではあったけど、こたびのしれんをのりこえてくれた。だから、きみたちがちかどうをつかうことをきょかするよ。だから――――』
そこまで行って。
イズミンの表情が変化した。
目を潤ませて、弱々しく祈るような仕草で。
それでも、はっきりとこちらの方をじっと見つめて。
『――――だから、おねがい。あっちのせかいのばばさまをたすけて』




