第369話 農民、泉の精と相対する/――――
『スライムの数が減ってきたか!?』
『うんー。セージュがそれを使い始めてから、新しい子が生まれてこないかもー』
『ん、泉の中の支配力が弱まってる』
『緑の手』を使って、イズミンスライムたちを撫で続ける。
まず、最初にスライムが真っ赤になって。
しばらくすると、力が抜けたようになって海底へと沈んでいき。
最後には、周囲の水に溶け込むようにして消えた。
だから、少なくとも効果があるのは間違いなさそうだ。
泉の色も薄いピンク色に染まったままになってしまっている。
結局のところ、『緑の手』って、どういう効果なのかまではわからない。
イメージとしては、植物系の種族に使うと、元気になったり、より一層成長してくれたり、意思がある相手の場合は好意を持ってもらえるような印象があったけど。
相手が敵対している場合はどういう効果なのか、いまいちわからないのだ。
スライムたちの動きが鈍って、消えてしまう。
ということは、一種の攻撃のようでもあるけど、そういうのともちょっと違うような雰囲気はあるんだよな。
『リディアさん、『慈愛』がらみの能力って、どういう効果があるんですか?』
『相手の感情に訴えかける。本来の『慈愛』の能力なら、範囲内の相手の敵意を削ぐ』
『敵意を?』
『ん、だから、術中にはまれば、なぜ戦うかの意味を見失う』
俺の問いに、リディアさんが答えてくれた。
要は、効能は『敵意の消失』。
その真の威力は、敵そのものを『慈愛』で包み込んで無力化する、というものだと。
……うわ。
それって、聞いているとかなりヤバい能力というか。
『言葉の響きと違って、恐ろしい能力ですね』
『そう。戦う、という意味を見失う。幸せの中での戦線離脱』
『それと、俺の『緑の手』が近い、ってことですね?』
『そういう側面もある、と思う』
確証はない、とリディアさんが付け加えつつ頷いた。
なるほど。
とはいえ、今のリディアさんの助言を元に考察すると、だ。
今の俺はイズミンの『試練を与える』という意思そのものに対して、攻撃を行なっているということになる。
『攻撃ではないから、防ぎにくい』
『ん、『緑の手』は確か、植物種族を味方につけやすくするための能力だったはず』
植物限定のテイミングスキル。
ただし、目の前のイズミンのような強力な存在をテイムできるほどは強くないので、結果的に相手の敵意を奪うくらいに落ち着いている、ってところか。
――――よし!
これでクリア条件が見えてきたぞ!
やるべきことは――――。
『リディアさん、どんどんスライムの動きを封じてください。俺たちはそれを倒しながら、あの『樹』まで一気に距離をつめます』
『ん、了解』
『ウルルちゃんは『水魔法』を後方に使ってくれる? もう一度だけ、『音魔法』から『精霊同調』に切り替えるから』
『うんー、いいよー!』
『それと、ウルルちゃんも『眼』で『草冠』っぽいキーアイテムを探してほしいんだ。もう少しで、場所を絞れそうな気がするんだ』
『わかったー』
スライムを一匹、『緑の手』で無力化するごとに、何となくイズミン本体の意思のようなものが感じられるようになってきたのだ。
おそらく、これも『緑の手』の効果なのだろう。
――――少しずつ距離が近くなっている。
この場合の『距離』は物理的な距離という意味、だけではなく。
なっちゃんなどの意を汲む時の状態に近くなっている、というか。
だからこそ。
イズミンが隠そうとしている場所を狙う!
今、見た感じだと、何か所もそういう場所がある。
なので、もう少し場所を絞る必要がある、というわけだな。
おそらく、このうちのどこかに『草冠』がある。
何となく、ではあるが、ある種の確信を持って、俺は前に進む。
すでに、イズミンは倒すべき相手ではなく――――。
『そうだよな……クリシュナさんやラルさんの話だと、『グリーンリーフ』はルーガの味方になってくれる場所のはず――――!』
だからこそ。
俺がやるべき行動は――――!
『セージュー! 行くよー!』
『頼むっ!』
『うんー! 『大水流』っ!』
ウルルちゃんが使った『水魔法』の魔技の勢いで。
そのまま、俺たちは『樹』に向かって、一気に間合いをつめる――――!
◆◆◆◆◆◆
どうしよう。
こまった。
こまったよ。
クリシュナちゃんのおねがいだから、ちょっとてをかすだけだったのに。
このスキル、みたことがある。
ふるくはすうひゃくねんまえ、いちばんあたらしいのはごねんぐらいまえ。
『グリーンリーフ』にやってきた、うしのこがつかっていたちから。
どうしよう。
どうしよう。
ぼく、ばばさまのぞくせいぶんたいのなかだといちばんおさないから。
けんぞくちゃんたちとのりんくをきって――――だめ。
やっぱり、あのちから、ふれるひつようはないみたい。
というか、ぼく、もうふれちゃってるし。
……なんで、こんなことになってるのかな?
ほんとうは、けんぞくちゃんたちとのりんくをかんぜんにしゃだんすればいいのに。
それができない。
いや、できる。
でも、できない。
だって。
だって。
――――うれしかったから。
ばばさまのぞくせいぶんたいだから、ぼくも、はんりょはいらない。
いくらでも、こどもたちをつくれる。
でも。
でも。
やっぱり、さびしい。
たぶん、ばばさまもそう。
したってくれるこはいる。
かしずいてくれるこもいる。
おせわをしてくれるこもいる。
でも。
でも。
やっぱり、さびしい。
ずっと、ずっと、ずーっと、ながいあいだでわすれてしまったけど。
それと。
たぶん、もうすぐ、ほんとうのばばさまもいなくなるから。
だから。
とっても、とっても、さびしい。
ぼくがうまれてから、ずっとばばさまがいた。
でも、もうすぐ、いなくなる。
だから、クリシュナちゃんもひっしにかんがえてる。
こっちだと、ちからがだせないから、ほとんどやすんでるけど。
ぼくは、ぼくたちはしってる。
クリシュナちゃんがまだあきらめていないことを。
そうだ。
おもいだした。
だから、ぼくらは――――。
こんなもりのあさいところで、しれんをおこなっていたことを。
クリシュナちゃんがみつけたかもしれない。
そのあいてを。
だから。
きっと、うれしい。
そうだね。
ぼく、きっと、だまされたがっているんだ。
すでに、あっちのせかいには、ばばさまをすくえるものはいない。
だから。
そうだ。
あいのことばによろこんでいるばあいじゃない。
おもいだした。
うん。
わかった。
だから、ぼくがとるべきこうどうは――――。




