第368話 農民、緑の手を使ってみる
『へっ!? 『対象を強い感情を込めて撫でる』……って、それだけ!?』
『そうだよー。それだけって言われても、ウルルも困るよー』
ウルルちゃんから教わった『緑の手』の使い方。
一、『対象を強い感情を込めて撫でる』。
――――終わり。
いや、ちょっと待って!?
『終わり』、じゃなくってさ。
『あれー? 俺、たぶん、感情を込めて撫でるぐらいは試したと思うぞ?』
少なくとも、ビーナス相手に『緑の手』を使おうとした時は、何かしら考えて手を動かしていたと思うけど。
もしかして、あれで発動してたのか?
いや、だとしたら、随分と効果が薄い能力だよな?
少なくとも、今の状況を打開できるかどうかは疑問が残るレベルだぞ?
『違う、セージュ』
『え……?』
横からリディアさんが俺の言葉を否定して。
『漠然とじゃなくて、強い感情。たぶん、これ、『慈愛』がらみの能力』
『慈愛……がらみ、ですか?』
ちょっと初めて聞く言葉だ。
スキル関連で『慈愛』がらみってどういうことだ?
『ん、単純。対象をしぼって、強く思いを集中する。慈しむか、愛するか。そこまで強く想って、能力を使おうとしたことは?』
『……それはないですね』
どちらかと言えば、『緑の手』の能力を試みた時は、『能力を使いたい』ということに意識がいってしまっていたように思える。
少なくとも、撫でてはいても、その相手に強い感情を向けることはなかったし。
ましてや、『慈しんだ』り、『愛した』り、だって?
そういう感情で『緑の手』を使おうとすることなんてあるはずがない。
ビーナスとかを撫でる時だって、そういうことを意識しないように、なるべくフラットに思うようにしていた気がするし。
とは言え。
ウルルちゃんとリディアさんの言葉で、何となく『緑の手』の発動条件はわかったような気がする。
ちょっといい機会なので、イズミン相手に試してみるとしよう。
とは言え。
『いきなり、『水』全体だと対象が絞れないような……』
『だったら、セージュー、最初はスライムさんで試してみれば?』
『うん、それがいいかな』
『ん、そういうことなら、動きを止める』
『えっ!? リディアさん、手伝ってくれるんですか?』
『もちろん。最初に言った。露払いはする、って』
言ってくれたら手伝ったのに、とリディアさん。
あっ……!?
そういえば、そんなことも言っていたような。
俺、このクエストに関しては、リディアさんやクリシュナさんに手伝ってもらったら失敗だと勝手に思い込んでいたから、頼むのを完全に忘れていたよ。
助言ぐらいはしてくれると思ったけど。
そうだよな。
『立っているものは親でも使え』の精神だよな。
うん。
そっちの方が何となく、俺らしい気がするし。
――――そういうことなら!
『リディアさん、スライム一匹捕獲お願いします』
『ん。はい、これ』
早っ!?
瞬く間に、一匹のイズミンスライムがリディアさんの近く……というか、俺の近くまで吸い寄せられるように移動させられてきた。
当然、動きも封じられているし。
というか、このリディアさんの能力って、本当にどういうシステムなんだろ?
水の中でも、吸い寄せられる力が不可視なんだよな。
完全に、身体から離れている存在をコントロールしているのは不思議な光景だ。
ともあれ。
手頃なイズミンスライムを一匹捕まえたので。
早速、『緑の手』を試すことにする。
――――と。
ふと、強い感情ってどんな感じなのかで一瞬悩んでしまう。
『慈しむ』って、温かい目で見ればいいのか?
それだったら、『大好き!』って思った方がわかりやすい気がする。
さすがにちょっと照れ臭いけど。
こういう場合は、照れながらやったら負けだ。
能力発動の条件が定まっている以上は、全力を注ぐことが大事だろう。
演劇とかの役にのめり込むのに近い感じで。
――――よしっ!
『大好きだよ――――!』
そう強く想うこと集中して、俺が目の前のイズミンスライムに触れた途端。
『〇☆●▽◆っ!?』
『――――っ!?』
『セージューっ!?』
イズミンスライムが真っ赤に染まって。
その直後、周囲の水がピンク色に変化した。
――――っ!?
うわっ!?
視界がチカチカするぞ?
ピンク色と青色が点滅しているかのように変化しているせいで、目にはあまりよくない現象ではあるけれど。
『……効いてる?』
『ん、たぶん』
『スライムに使ったのに、『水』全体にも影響があるようですね?』
『たぶん、感覚を共有してる』
『……ということは』
そっか。
イズミンスライムはイズミンの単なる擬態かと思ったけど、こと『緑の手』に関しては、スライムをターゲットにしても、本体にも影響があるってことか。
――――よし! だったら、いける!
『そういうことなら、手当たり次第に『緑の手』を使ってみよう!』
『うんうんー、なんだか効果がありそうだもんねー』
『ん、そういうことなら、次』
『はいっ!』
次々と送られてくるスライムたちに、俺は『緑の手』を使い続けた。




