第366話 農民、ばらまく
『セージュ、このままだと危険』
『そうですね!』
『障壁を張れないなら、肌の露出を抑える』
横で様子を見ながら待機してくれていたリディアさんから、注意が飛ぶ。
ええ!
わかってます!
明らかなさっきまでの攻撃と質が違いますものね!
俺が『嫌がらせ』を始めた途端。
それまで穏やかだった『泉』の表情が一変した。
水の色が透き通るような透明度だったはずなのに、今では青から赤紫、そして赤紫から青へと変化を繰り返すようになってしまった。
それと同時に。
さっきまではこちらが気付けないレベルでの『精気吸収』でしかなかった攻撃が、その濃度を高めたというか。
前にラルフリーダさんから食らった時よりはマシだけど、時間経過と共に、相応の体力が奪われて、疲労度が増していく感覚がある。
うわあ。
俺、数値化してないから、体力の減少が目に見えないけど、これどんどんヒットポイントが減ってる状態だよな!?
だからこそ、さっきまで助言とか一切なしだったリディアさんが警告してくれたわけだし。
慌てて、ルーガに再度連絡して、能力を切り替える。
『『土人形』を鎧化っ!』
なっちゃんの『土魔法』の魔技なら、身体と密着させる形で土魔法をコントロールできるようになるので、ちょっとした防御手段としても使えるのだ。
変形して身体を覆ったりとかな。
今のリディアさんのヒントで、イズミンの『精気吸収』のからくりに気付けた。
身体と水が接触している部分からしか、精気の吸収はできないらしい。
なので、露出を極力減らせば、体力減少も抑えられるってことだな。
……見た目はたぶん、泥人形というか、全身泥パックみたいになってるだろうけど。
『ん、それでいい』
そう、リディアさんが頷いて。
『で、セージュ、今何したの? 随分、イズミンが動揺してる。毒?』
『毒じゃないです。むしろ、在庫が多かった薬をばらまきました』
『みかんが嫌がったやつねー』
『あ、丸薬』
そう。
リディアさんが指摘した通り、最初は毒でも使おうかな、って思ったんだけど、さすがにそれはまずいって思いとどまったのだ。
一応、さっき大きな毒蛙を倒した時に、猛毒っぽい素材はゲットしてはいたんだけど、それ、自分も泳いでいる水中で使うのか? って話で。
『耐毒』スキルのない俺の場合、自滅するのが目に見えていたので、この選択肢は没にしたというわけ。
そもそも、この『泉』って、洗濯効果の高い泉なわけで、その湧き水はオレストの町の生活必需品みたいになっているので、そんなものを毒の泉化したら、むしろ今のルーガとは関係なく、俺がお尋ね者になっちゃうしな。
さすがにラルさんたちを敵に回すようなことはできないって。
だからこその『嫌がらせ』だ。
サティ婆さん直伝。
水に溶かそうが、そのまま飲もうがとにかく激マズな傷薬。
これを手当たり次第にばらまいてみた。
『一応、回復薬ですから、毒じゃないですよ?』
『うー、でもセージュ、これ目に染みるよー?』
うん。
そこはがまんだよな。
ウルルちゃんの『水中呼吸』特性を得ているとは言え、水中である以上は完全に自らの影響をゼロにはできないので、そういうことが起こる。
痛みを共有しているウルルちゃんが『目から苦いのが入ってくるー』って言ってるけど、いや、そもそも目で苦みは感じないから気のせいだって。
たぶん、メントール系の目薬とかしたことがないせいで、慣れてないだけだろう。
『ん、たぶん、イズミンが溶かすの嫌がってる』
水の色がチカチカしてるもんな。
どちらかと言えば、怒ってるというよりもパニックを起こしているというか。
『樹』の動きとか、周囲のスライムの動きとかがおかしくなってるし。
いや、泉の水が生きてる、ってのもよくわからないし。
そもそも、味覚ってあるのかね? とも思ったけど、まあ、効いているっていうのなら、そのままで良さそうだな。
でも、イズミンってドリアードだよな……?
水系統のドリアードって、こんななのか?
それとも、コッコゴーストみたいに、霊的な感じで水に憑りついてるのか?
正直、どういう生き物なのか、よくわからん。
『どちらかと言えば、精霊種の本体に近いのかな?』
『ん、そんな感じ。レーゼの樹人体もそう』
『樹人体、ですか?』
『そう。領域範囲内なら、どこでも分体を出せる。それ』
ふうん?
リディアさんの言葉を信じるなら、このイズミンってのも『千年樹』の遠隔操作みたいなモンスターってことか?
『領域』ってのは、たぶん『グリーンリーフ』のことだよな?
『操作じゃなく、自操。命令はない』
『……リディアさん、詳しいですね?』
『ん、似てるから』
『え?』
『内緒』
俺が、何に? と聞く前にリディアさんの返事が返ってきてしまった。
似てる……?
どういうことなのか、こちらが戸惑っていると。
『それより、動かないの?』
『そーだよー、セージュー。今がチャンスじゃないのー?』
『あ、ああ……そうだよな』
イズミンがおどろきとまどっている、今のうち、だ。
泉の底めがけて移動。
そのまま、『鑑定眼』の能力を発動したままで移動を続ける。
『セージュー、『精霊眼』とか使うんじゃないのー?』
『お宝探しなら、こっちの方がいいみたいなんだよ。多用すると頭が痛くなるけどな』
素材集めでも効果があったように、隠れているモンスターやアイテムを見つけるのなら、『鑑定眼』こそが威力を発揮する。
問題は、副作用だけど、まあ、さっきの『精霊同調』と比べてしまうと結構がまんできちゃうし。
とはいえ。
『……常に、イズミンとスライムが反応するのは何とかならんかね?』
ああ、もう!
反応が頻繁過ぎて、しんどいわ!
何を見てもイズミンのステータスが同時に反応するし!
だが、それでも。
【素材アイテム:素材/食材】キヨウの実
オレストの町の周辺で採れる水中花の一種、キヨウの木に成っている実。
周辺の水質によって、その質や特性は変化するため、食材として使う時には注意が必要となるだろう。
【素材アイテム:素材/食材?】イズミンスライムの膜
イズミンスライムの溶け残った残留物。
普通は水と同化してしまうので、膜が残るのはめずらしい。
【素材アイテム:素材/食材?】ヴィーネの泉の湧き水(透明)
『ヴィーネの泉』の水。透明なのは正常の証。
この水で洗うと汚れがきれいに分解される。
【素材アイテム:素材/食材?】ヴィーネの泉の湧き水(青)
『ヴィーネの泉』の水。青色は●●●●の証。
透明な湧き水とは違う効果が期待できるかも。
使用の際は使い過ぎに注意! 用法用量を確かめて使うことをおすすめする。
【素材アイテム:素材/食材?】ヴィーネの泉の湧き水(赤紫)
『ヴィーネの泉』の水。赤紫は……取り扱い注意?
透明な湧き水とは違う効果が期待できるかも。
同時ではあるけど、モンスター以外の反応もしっかりある。
採取できそうなものもあれば、水中だと採取が難しいものもあるようだけど。
予想以上に使えそうな素材があるみたいだな。
『これはこれでお宝か?』
『おたからーおたからー♪』
『ん、普通は許可なく潜ると揉めるはず』
なるほど。
ということは、これって、『草冠』だけじゃなくて、レアな素材を採取するチャンスでもあるのかな?
ウルルちゃんも楽しそうだし、イズミンが混乱しているうちに色々と探してみようか。
そんなこんなで、スライムたちを避けながらの探索は続く。




