第365話 農民、気付く
『探るのー?』
『そうだ。おかしなところはないか。違和感を探る』
音魔法を駆使して、縦横無尽に動き回りながら、狙うのはイズミンへの攻撃ではない。
倒すことを狙うのは、もう意味がないのだ。
というか、その方法だと時間切れになるのが目に見えている。
狙うのは搦め手。
あるいは、むしろそれが正攻法なのかもしれないが、イズミンが隠し持っているであろう、キーアイテムの『草冠』を見つけるしかない。
なので、距離を置いた場所から。
俯瞰できる場所から。
至近距離から。
それぞれのところから、イズミンの姿をじっと探っていく。
周囲は澄んだ水で包まれている。
その中心部に根を下ろしているのが半透明な水の樹だ。
上から降り注ぐ光を受けて、きらきらとシャボン玉のように樹そのものを輝かせる。
枝葉も幹も、水と同化するように透けているのに、その内側にはしっかりと脈動する何かが流れている。
植物としての生を感じさせる姿。
半透明な樹なんて、今まで見たこともなかったが、確かにこれは『樹』なのだろう。
『いや、ウルルちゃんたちがいた『精霊の森』の樹も変わってたけど、こっちも不思議な樹だよな』
『うんー、水中型なのに、地上とおんなじ樹の形してるもんね』
ちょっと不便だよねー、とウルルちゃん。
……あれ?
そういえば、そうだ。
このイズミンって、海藻類とか水草とは違って、しっかりと水中なのに幹がある。
だが、必ずしも硬いところばかりじゃなくて。
『水魔法』での攻撃に関しては、あっさりと貫通できたところもあった。
『何となく、スライムっぽいような……』
おや?
一瞬、そのことにおかしな感覚を受ける。
延々と生まれ続けるスライム。
それらはイズミンの眷属であり、配下のような存在だと思っていた。
だけど。
『ウルルちゃん、ちょっと『精霊同調』を使わせて』
『うん、いいよー』
『精霊眼』とは別。
こっちの『同調』はウルルちゃんが感じている感覚とシンクロさせることができる能力だった。
ただ、問題も多くて。
精霊種が普段から自然と感じ取っている情報量ってのは半端なくって。
『ちょっと待って、ルーガに切り替えてもらうから』
ウルルちゃんの『精霊同調』は、今の憑依状態でも使えない能力だから。
そのため、ルーガにメッセージを送って、『音魔法』から『精霊同調』に切り替える必要があるのだ。
あ、返事があった。
というか、向こうも戦闘中なんだろうな。
『わかった!』、と一言だけで切られてしまった。
ただ、何となく、ルーガのテンションがいつになく高かったような気はした。
変に興奮してるというか、熱気があるというか。
今まで、引っ込み思案なとこがあったから、そういうのはめずらしいような。
――――と。
ゆっくりしてる場合じゃないので、すぐに能力を発動する。
その刹那。
思わず、発動と同時に全力で悲鳴をあげてしまった。
『あいたたたっ!?』
この『精霊同調』。
使用するだけで、尋常じゃない痛みを伴うのだ。
頭と言わず、目と言わず、耳と言わず。
全身のあちこちが痛むため、普段使いには向かないというか。
『鑑定眼』を使いまくるのとは訳が違う痛みのため、アルルちゃんに憑依してもらった最初の時に試して以来、ほぼ封印状態だった能力でもある。
まあ、実際、『精霊眼』だけでもかなり色々なところまで読み取れたので、苦しんでまで使うスキルじゃないなあ、とも思っていたし。
――――っ!?
あー!? 目の前がチカチカするっ!?
もちろん、その分、いつもより良く見えるぞっ!
スライムたちの輪郭が浮き上がって見える!
弱点らしき、『核』の部分まで透けてはっきりと見える!
と、同時に襲ってくる痛み。
この痛み、『痛覚遮断』が一切効かないみたいだし。
もしかすると、俺の本体の方で、脳が、身体がオーバーヒートを起こしてるのかも。
『大丈夫ー?』
『大丈夫じゃないっ!? ってぇーっ!?』
我慢できずに、いったん解除する。
何となく、脳が焼けるような痛みだよな。
下手をすれば、拷問というか。
なんで、こんなヤバい能力があるんだよ、ほんと。
『……強大な能力を使うには代償が必要、だったか?』
何となく、どこかで聞いたような気がする。
どこで耳にしたかは忘れてるけど。
ユウとの会話中だったっけか?
まあ、それよりも、だ。
今のわずかな時間の『精霊同調』だけで。
十分なきっかけにはなった。
大事なのは『精霊同調』で視て感じた、イズミン本体の感覚だ。
『鑑定』でも『水棲樹』となっていたので、当然、『樹』なんだろうなあ、ぐらいに思っていたんだけど。
『スライムも水から産まれて、倒すと水に帰っていくよな?』
『うんー、そうだねー』
『イズミンへの攻撃でダメージを与えると、すぐに欠けた樹の部分が回復してたよな?』
『うんうん』
だから。
不意に気付いた感覚。
『……もしかして、あの『樹』部分もイズミンの擬態じゃないか?』
さっき、『鑑定眼』で俺はどこを見ていた?
『鑑定眼』はどこに反応した?
そうだ。
『鑑定眼』のスキルは、別にわかりやすくターゲッティングが為されるわけじゃない。
自分が『見た』もの。
それの情報が、ステータス画面に記録されるだけ。
だから。
もう一度、俺はイズミンに向けて、『鑑定眼』を使う。
今度は、『樹』とは反対側を向いて、だ。
名前:イズミン
年齢:◆◆◆
種族:はぐれ樹人種《水棲樹》(ドリアード)
職業:『ヴィーネの泉』の管理者/沈黙の守護者
レベル:◆◆◆
スキル:『水中呼吸』『水魔法』『◆◆召喚』『気配遮断』『隠遁』『水域同調』『泳術』『木魔法』『枝葉乱舞』『精気吸収』『◆◆◆の加護・再生』『源泉との直結』
『やっぱりな』
『どういうことー、セージュー?』
『俺たちは勝手に騙されてた、ってことさ。イズミンの本体はあの樹じゃない』
樹と逆方向を向いても『鑑定眼』が作動したということは――――。
『この『泉の水』そのものがイズミンの正体だ』
『精霊同調』を使っている時。
確かに感じた違和感。
それは、俺の身体自身からかすかな霧のようなものが浮き出て、周囲の水の中へと溶けていたこと。
スライムや『樹』相手ではなく。
痛みの中で気づけたのは、自らの力が奪われていく現象だ。
つまり。
『水中戦が始まってから、ずっと『精気吸収』を受け続けていたってことか』
感じる疲労はほんのわずか。
だからこそ、気付くことができなかった。
あまりにも繊細で静かな攻撃。
それだけに相当にタチが悪い相手だと理解できた。
スライムで疑似的な本体を作り上げ、それを相手に戦わせる隙に、静かに静かに敵の魔力と体力を奪う。
まさしく、隠れボス。
『だが……ということは、だ』
『なになにー?』
『つまり、『草冠』はあの樹が持っているとは限らないってことだ。この泉の範囲なら、どこにでもあり得る』
道理で、『精霊眼』や『精霊同調』でどこをどうやって見ても、あの樹が隠し持っているであろう『草冠』を見つけられなかったわけだ。
最初っから、持っていなければ、見つかるはずがない。
そして、相手が泉そのものということであれば。
『巨大な敵の体内に入っている状態ってことか』
うん。
割と別のゲームとかでもよくあるシチュエーションだよな。
案外、あのスライムたちって、イズミンにとっての白血球なのかもしれないな。
『そういうことなら』
『どうするの、セージュー?』
『やるべきことは簡単だよ』
そう言って、ウルルちゃんには見えないかもしれないけど、俺はものすごくいい笑顔を浮かべて。
『宝探しと嫌がらせ、だ』




